第8話  ガールズトーク?

 ラステルは肩を落として、俯き加減にぽてぽてと歩いている。


 ボクは、時折、ラステルを見上げながらとてとて歩く。


 芳蓮閣ほうれんかくに着くと、ラステルは自分の部屋へ引き籠った。


「うっ、う……っ、ぐすっ……」


 うつ伏せでベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めシーツを握り締めて嗚咽した。


(スピカに敵わなくて悔しい? 自分の弱さに腹が立つ? べつの理由もあるのかな)


 そんなラステルの様子を、ボクはベッドの前にちょこんと座って眺めていた。


 しばらくすると、コンコンとドアをノックする音がした。


「ラステルー、居る?」


 ラステルは、枕に顔を埋めたまま動かない。

 無視するつもりのようだ。


 けれども、声の主は遠慮してくれない。


「ラステルー、入るね」


「入らないで!」


「お邪魔しまーす」


(空気……読まないで、ぶった斬った!)


 ラステルの声に構わず、スピカはドアを開けて部屋に入って来た。


「入らないでって、言ったでしょう! 帰って」


「ん? どうして泣いてるの?」


 きょとんとした表情で、首を傾げているスピカ。


 微塵も遠慮なく部屋に入って来た彼女を、ラステルは枕を抱き締めて睨み付けている。


 すぐにラステルの目から、じわっと涙が溢れてきた。


「な、泣いでなどいばぜん。ぐすっ……。うっ、……う」


 ボクの横を通って、スピカがベッドに腰を下ろす。

 微笑みを浮かべてラステルの頬に右手を伸ばすと、親指で彼女の頬を伝う涙を拭った。


 そして涙を拭ったその指を、スピカはぺろっと舐めた。


「ふふっ。しょっぱい」


 ラステルが、抱き締めたままの枕に顔を埋める。


「あたしに、まったく敵わなくて悔しい? それだけ?」


「………」


「いまのあなたが、あたしに敵うワケないのは分かっていたでしょう?」


 ラステルは、枕からすこし顔を離すと視線を落としたまま頷いた。

 ロックオーガと戦ったときに、スピカがただの遊女でないコトを知った。


「でも、こんなに実力差があるとは思いませんでした……」


 見た目だけならスピカは、庇護欲を誘うような美少女だ。

 とても、ロックオーガ3体を瞬殺するような剣豪には見えない。


 実際にスピカの腕を目の当たりにしていても、実力差があるとは思っていなかったようだ。


「ふふっ。残念でした。見習いの冒険者に一本取られるほど、あたしは弱くアリマセン」


 ラステルの鼻先で人差し指を立てて、スピカは悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。


「む~」


 ラステルは鼻から下を枕で隠し、上目遣いでスピカを睨んでいる。


「スピカさんは……」


 と、ラステルがなにかを言いかけた。それを遮るように、ラステルに手のひらを見せるスピカ。


「はい、ストッープ。『さん』は、要りません」


 そう言って、スピカは目を閉じてゆっくりと首を振った。


「え?」


「お友だちに『さん』付けで呼ばれたくアリマセン」


「お友だち?」


 2、3回ぱちぱちと瞬きして首を傾げるラステル。


「お友だちデス」


 そう言って、スピカが大きく頷く。


「えと……、昨日、出会ったばかりですよ?」


 突然の「お友だち」宣言に、ラステルは戸惑うような表情を見せている。

 目を開いたスピカは、構わず畳みかける。


「ん? ねぇ、ラステルは男を愛するのに時間が必要な女なの?」


(……ソレとコレとは、べつじゃないかな? いや、ネコのボクにはわからないケド)


 いきなり振られた恋バナ(?)にラステルは、すこし驚いた様子だ。


「だ、男性ですか? ……お付き合いしてみて、素敵だなって思えたら……」

 

 もじもじしながら胸の前で指を組み、うっすらと頬を染めてそう答えた。


「一目惚れしたことないの?」


「一目惚れ、ですか?」


「そうよ。ビビビッ、てくるでしょ? ない?」


 スピカとラステルが「お友だち」という話しと男性に一目惚れする話との間に、いったいどんな関係があるのだろう?


 ラステルも同じ疑問を持ったようだ。


「……わたし達が、お友だちかどうかのお話でしたよね?」


「そうよ」


「男性を愛する話とは、別ではないですか?」


「は? なに言ってんのよ。同じよ」


(へぇ。同じなんだね。ネコのボクには、わかんないケド)


「あたしは、あなたに出会った瞬間に、ビビビッってきたの。『我、終生の友を得たり』って」


 なにやら、乙女チックでオトコマエな話になった。


「だから、あたしとラステルは、お友だちなの」


(そうなの?)


「………」


 有無を言わせないようなキラキラしたスピカの眼差しに、ラステルが気圧されている。

 きっと、ラステルはこの「押しかけ終生の友」に押し切られるだろう。


 ボクは、ベッドの上に飛び乗った。

 そしてスピカの隣でまあるくなった。


「わ、わかりました。スピカさ……、スピカ」


 とうとう、押し切られたらしい。


「なに? ラステル」


 嬉しそうにスピカは、ラステルに微笑みを向けた。


「どのような鍛錬をしたら、そんなに強くなれるのですか?」


「鍛練ねぇ……。ひたすら剣を振るしかないと思うわ」


「……」


(……まぁ、そうなんだろうケド。もうちょっと、なんかないの?)


「わたしの剣を『お貴族様の剣みたい』って言いましたね? どういう意味ですか?」


「……その意味の半分は、あなたが一番よく知ってるんじゃない? もう半分は、実戦経験が少ないってことよ」


「……」


 目を細めてスピカは、ボクの頭をなでなでした。


「本気で人と勝負したことも少なければ、命の取り合いをしたこともないでしょ?」


「はい」


「とくに命の取り合いをする場合、負けたら死んで終わり。次は無いの。だから、どんなに汚い手を使っても、生き残らなければダメ」


「……」


「けれども、あなたの剣は誰かに教えられたことをなぞっているだけで、なにがなんでも勝とうとする泥臭さがない。それは、自分の命を掛けてまで斬り合う必要が無い人の剣。だから『お貴族様の剣』って言ったの」


 ラステルには、なにか思い当たるフシがあるようだ。

 視線を落として考え込んでいる。


「そうそう。昨日、ロックオーガを討伐したでしょ? 冒険者ギルドに報告しに行こ」


 そう言って立ち上がると、スピカはボクを抱き上げた。


「そうですね。ついでに買い出しもしたいです」


 ラステルは涙を拭いて、ようやく笑顔を見せた。

 そして、ベッドから滑るように出ると、荷物のなかからロックオーガの魔石が入っている革袋を取り出した。

 

 ボクたちは芳蓮閣ほうれんかくを出て、冒険者ギルドへ向かう。


 マイステルシュタットのメインストリートを横切って、武器屋、防具屋、薬屋、アイテムなどを取り扱う店が立ち並ぶ通りを抜けると、冒険者ギルド「蝋の翼ろうのつばさ」のギルドハウスがあった。


 このギルド名は、勇気と傲慢を教訓とする某世界の神話に由来するという。

 ギルマスの座右の銘は、「勇気を持て。ただし傲慢になるな」だそうだ。


 スピカがギルドハウスの扉を開けると、カラン、カランとドアベルが鳴った。


「こんにちわー」


 なかにいた冒険者たちの視線が、ボクたちに集まる。そして、


「お、おい、あの女……」


「バカ、見るな。絶対、目を合わせるんじゃねェ」


「ね、スピカ様よ」


「いつ見ても、カッコ可愛いー!」


 などと、コソコソ話が聞こえてきた。


 沢山の冒険者たちの視線を感じながら、ボクたちは奥のカウンターへと進む。


「……」


 カウンターには、強面の厳つい男性が立っていた。

 黒髪を丸刈りにした髪型に太い眉。肉食獣のような鋭い目と筋の通った高い鼻。

 そして、目頭から頬にかけて斜めに伸びるゴルゴライン。


「あれ? 今日って、マスター・ディエゴがカウンター番だった?」


 どうやらこの男性が、ギルドマスターらしい。


「……」


 マスター・ディエゴは、無言のまま鋭い目つきでボクたちを見ている。


「ベティは、どうしたの?」


「……」


(絶対、窓口に立っちゃダメなヒトだよね)


「まぁ、いいわ。今日は、ロックオーガを討伐したから、その報告に来たの」


 その言葉を聞いて、冒険者たちがざわめく。


「ロックオーガをヤったのかよ……」


「ヤバいな」


「流石ね」


 そんな話声も聞こえた。


 すると、マスター・ディエゴは、カウンターの下から報告書と書かれた羊皮紙を取り出した。

 そして、なにも言わずにスピカにそれをスッと差し出す。


 スピカの腕から飛び降りて、ボクはラステルの隣にちょこんと座った。


 スピカは、さらさらっと報告書を作成すると、認識票を懷から出してディエゴに差し出した。


 報告書とスピカの認識票を受け取ると、ディエゴは感情の見えない表情でラステルの方に顔を向けた。

 絶対零度の視線が、彼女に突き刺さる。


「きゅっ」


 びくっとして、悲鳴すらも噛んだラステルは、蛇に睨まれたように固まった。

 しかし、決して目を逸らすまいと膝をふるふるさせながら踏ん張っている。


「ラステル、認識票……じゃなかったわね。仮認識票とロックオーガの魔石を5体分出して」


 彼女は、なおもディエゴから目を逸らさずに、仮認識票とロックオーガの魔石が入った革袋をぎこちない動作でスピカに渡した。


 ディエゴは無言でラステルの仮認識票と革袋をスピカから受け取ると、革袋のなかを覗き込んだ。

 そして、仮認識票を読み取り用の魔導具に差し込んで本人確認をする。


 最後に、くわっと、ボクたちに視線を向けると、


「ハーイ、オッケーでーす。お疲れさーん!」


 と大きな声で労いの言葉をかけた。その顔からは想像もできないほど、とびっきりの笑顔を見せている。


「きゃー‼ ごめんなさい、ごめんなさい!」


 驚きのあまり錯乱し、頭を抱えて座り込むラステル。


「ふふっ。あははははは」


 笑うスピカを見上げて、「う~」と涙目で睨むラステル。


「ごめん、ごめん。マスター・ディエゴはね、初対面の人がいると、ああなるの」


(ファーストインプレッション最悪だよね)


「だけど、ウデは確かだし、この街のことや蒼の森のことなら、彼に聞くといいわ。とっても頼りになるから」

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