第9話 風狂の吟遊詩人
「蒼の森で、ゴブリン、ホーンラビット、アルメアボアを討伐するのが課題なのです。これらの魔獣の出現ポイントをご教示いただけませんか?」
「……へぇ。黒猫さんトコは、キツイ課題出すね」
ロックオーガの魔石を買い取ってもらった後、ラステルは蒼の森と討伐対象の情報を得ようと「
スピカの膝の上でボクはまあるくなって、ラウンジからラステルとディエゴのやり取りを見ていた。
ラステルは、ディエゴの強面にもだいぶ馴れてきたらしい。話が進むにつれて笑顔も見せるようになった。
「ゴブリンとホーンラビットは、蒼の森だとすぐに遭遇できるよ。アルメアボアは、もう少し深く入らないとダメかな。『
ラステルがなにかを尋ねる度に、マスター・ディエゴは地図で討伐対象の出現ポイントを示したり、討伐方法などについてアドバイスをしている。
その厳つい顔に似合わず、ディエゴは笑顔も見せながら丁寧に説明をしているようだ。
「ご親切に、どうもありがとうございました」
ディエゴにお礼を言ったラステルが、ボクたちのいるテーブルの方へと歩いて来た。
「いろいろ情報を聞けたみたいね」
「ええ、大変助かりました。ゴブリンとホーンラビットは、なんとかなりそうですね。ホーンラビットは、すばしこいので罠を使おうと思います」
そう言って、ディエゴから譲ってもらった括り罠を見せた。
(なるほどね。罠にかかったホーンラビットなら、仕留めやすいね)
「アルメアボアが、問題ですね」
アルメアボアはアルメア固有種の魔物で、農作物を荒らしたり、ニンゲンを襲ったりする。
見た目は、
しかし、普通のイノシンと比べてスピードとパワーが段違い。括り罠などモノともしない。
「とりあえず、お店が開いているうちに、街へ買い出しに行きましょう」
ボクたちは「
「まずは、武器屋へ行きたいです。スピカ、どこか良い店はありますか?」
「武器屋ね。こっちよ」
スピカの案内で、武器屋に向かう。
武器屋へ入ると、ラステルは店内を見回しクロスボウを手に取った。
重量を確かめたり、構えてみたりしている。その後、武器屋の主人に使い方や威力などについて、いろいろ尋ね始めた。
(クロスボウか。ゴブリンやアルメアボア対策としては、悪くないチョイスだね)
先にクロスボウで攻撃してから、近距離戦闘に持ち込むつもりだろう。
ゴブリンなら、かなり安全に討伐できるハズだ。
アルメアボアにしても、見習い冒険者が真正面から剣で戦うのは無謀過ぎる。
先にクロスボウを撃ち込んで弱らせてから剣で戦う、という討伐プランは妥当といえそうだ。
(問題は、威力だよね。どうするつもりだろう?)
クロスボウの矢を1、2本撃ち込んだところで、アルメアボアを弱体化させるコトは不可能だ。
仕留めるとなれば、矢が何十本必要なのか。
見当もつかない。
ロックオーガの討伐報酬と魔石の買い取りで得たお金をはたいて、ラステルはクロスボウと矢50本入りの
「はぁ、ロックオーガ討伐で貰ったお金、ほとんど使ってしまいました」
「ミスリルの矢なんて買って、どうするの?」
怪訝な表情で、スピカがラステルに尋ねた。
「ふふっ。秘密です」
ラステルは、悪戯っぽく笑って見せた。
武器屋での買い物が終わり、ボクたちは
その途中にある「
リズミカルなカポカポという音に合わせて、リュートを弾く吟遊詩人の歌声が聞こえてきた。
「おや、おや、おや、おや♪ Oh yeah!」
歌声のする方を見ると、純白のローブに身を包んだ男がリュートを鳴らしていた。彼と向かい合うようにして置かれた真珠色の
「なんとも~無様な~お姿で♪ wow wow wow~♪」
すると、
純白のローブを着た男は、その炎を顔に受けた。
「アチアチ、ah ah アチチチチ♪」
男はガニ股で足をバタバタさせながら、両手でローブに着いた火を消した。
「ふふっ。それにしても、どうやっているのでしょう?」
男のコミカルなパフォーマンスを見て、ラステルが笑っている。
死霊術ではない。
けれども、魔力操作の技術がムダに高い。
この白いローブを纏う男、名をティカレスト。
元司祭の吟遊詩人だ。
「なんとも~素敵な~お姿で♪ wow wow wow~♪」
ティカレストがリュートを弾きながら、
そしてリズムに合わせて左右に揺れながら、すこしずつ浮かび上がっていく真珠色の
観客から、「おおっ!?」と声が上がった。
ボクは、ティカレストのパフォーマンスに見入っていた。
しっぽがくねくねして、耳もぴこぴこしてしまう。
ラステルとスピカは、目を輝かせて肩を左右に揺らしながら、リズムに合わせて手拍子を打っている。
「病に冒された?
すると、突然、辺りが暗闇に包まれ、
「お? な、なんだ!?」
「どうやって、暗くしたのかしら?」
聴衆のなかから、そんな話声も聞こえてくる。
たぶん、闇属性魔法の応用だろう。
リュートの旋律が物悲しげなモノに変わり、
そしてリュートの旋律を背景に、カポカポと口を開けたり閉じたりしながら語り始める。
それは、アルメア王国から遠く離れた異国の物語。
「私の名は、サンドラ。サンドラ・クィン。ヴィラ・ドスト王国の伯爵家に生を受けました」
ラステルの表情が凍りついた。
口を片手で塞いで、思わず上げそうになった声を飲み込もうとしている。
真珠色の
「私の一族は、代々、天使の魂をその身に宿し、天使から授かる
「私も、天使の魂をその身に宿して生まれました。双子の姉様とともに」
「ある日を境に、姉様は天使から
そして髑髏は、すこし顎を上げた。
まるで、遠くを見るような表情だ。なぜか、そんなふうに見える。
「私も姉様のように、祖国のお役に立てる日がくることを待ち望んでいました」
そして、俯き加減になった。
なんだか悲しげだ。
「しばらくして、ついに、私にもその日が訪れました」
「けれども、それは私の待ち望んだ姿とは、大きく異なるものだったのです」
「私の身体が、私の意思と異なる振る舞いをするのです。私がしたいか、したくないかに関わらず。私の身体が、私のものでなくなってしまったようでした」
「私の身体が、私の目の前の人々を殺めていきます。気が付けば、私の目の前には多くの人の
「私は、怖くて、怖くて、逃げたかった。けれども、身体がそれを拒絶します」
リュートの旋律も緊迫したモノになった。
「騎士を中心にした討伐隊が、まだ少女の私に襲いかかりました」
「それまで武術など、精々、護身術程度しか知りませんでした。その私が、いえ、私の身体はまるで達人のような身のこなしで、騎士をひとり、またひとりと葬っていきます」
「『ダメ、こないで! みんな逃げて! 殺してしまう』そう叫びたくても、私の口は私の意思とは異なる動きをします」
「私は、……笑っていました」
「斬り刻んだ騎士の血を浴びて、微笑みを浮かべていました」
その言葉に聴衆は、思わず息を呑んだ。声を発する者はいない。
みんな、食い入るように
その口が語る凄絶な話に聞き入っている。
「目の前に、無惨な姿で斬り刻まれて転がる肉の塊がありました。私の婚約者でした」
「それを見て、私は笑っていました」
「姉様が、騎士達を掻き分けて私の前に立ちました。怒りの表情を浮かべた頬が涙に濡れ、手には剣が握られていました」
「姉様の婚約者もまた、私に首を
「私は、姉様と斬り合いました」
「私と姉様が、剣を合わせること数十合。ついに私の身体が、悲鳴を上げました」
「姉様の剣が私の心臓を抉り、そして私の首を
「そうして私は、このような姿に成り果てたのです」
遠い昔、ラムダンジュの犠牲となった双子の妹。
その身は、天使の魂に適合せず暴走した。
皮肉にも、天使の魂に適合した姉によって討ち取られた。
国家繁栄の名のもとに、クィンの一族が背負う苛烈な宿業。
この忌まわしい宿業さえなければ、姉妹は仲良く幸せに生きていけたかもしれないのに。
ラステルの頬を涙が伝っている。
語り終えた真珠色の
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