第2話 銀髪の少女
エイトスはボクを抱っこして、訓練場へと足を向けた。
総合受付の右側の扉を開けると、東に伸びる渡り廊下がある。その先にあるのが訓練場だ。
ボクは、総合受付に立つミラにニィとなく。
すると、ボクにニコリと微笑み返したミラが、訓練場へと続く扉を開けてくれた。
ゴツゴツと足音を立てて、渡り廊下を歩くエイトス。ボクはエイトスの腕のなかから、ギルドハウスの中庭の方を眺めていた。
渡り廊下から見えるギルドハウスの中庭に、大勢のニンゲンが集まっているのが見える。
「このように、魔力循環は魔力を扱うさいに必ず必要になるものです。魔力を自在に扱うことができれば、おうちのお手伝いはもちろん、みなさんがお仕事をするようになったときにとても役に立ちますよ」
王都在住の子供たちを集めて、講習会がおこなわれていた。商人や職人の子供たちが大勢参加しているようだ。ギルド9625では、こうしたイベントを定期的に開催している。
魔力を扱うには体内の魔力を動かして、一定以上の速さで循環させなければならない。これが「魔力循環」。
アルメア王国では8歳から9歳の子供が魔力の扱いに関する知識を学び、魔力循環を体得するのが一般的だ。
渡り廊下を抜けて訓練場に着くと、その片隅でひとりの少女が所在なさげに立っていた。藍色の長袖シャツの上に真新しいレザーベストを着て、フード付マントを羽織っている。
いかにも新人冒険者らしい装いだ。
エイトスはボクの耳元で、
「彼女が、最終選考に残った資格者です。名はラステル」
と囁いた。
やや小柄な、すらりとした体躯。
艶のあるミルクのような色の肌。
ミディアムストレートの銀髪が、さらさらと揺れている。
小さめの口をきゅっと閉じ、ラピスラズリを嵌め込んだような瑠璃色の瞳をボクたちに向けている。
(……こんなコが、よくエイトスの審査を通過できたね)
ボクは視線を上げて、
「ニンゲン基準で美少女だよね? エイトスの好み?」
と軽く冗談を言ってみた。
エイトスは、凍りつくほど冷たい笑顔を貼り付けて、それをボクに向けてきた。
(はい、ごめんなさい。最終選考でしたね。真面目にやります)
ボクはエイトスの腕から飛び下り、とてとて歩いて、ラステルの足下にちょこんと座った。
そして念入りに毛繕いしてから、ラステルを見上げてニィとなく。
「あ、あの……」
ラステルは、ボクとエイトスを交互に見ている。そして、彼女の正面に立つエイトスの方に不安そうな表情を向けた。
「マスター・エイトス。あのっ、ど……、どうして、わたしが、最終選考に?」
心なしか、彼女の目が潤んでいるように見える。
「当ギルドの審査に、なにか疑問でも?」
ラステルとエイトスのやりとりをよそに、ボクは「鑑定スキル」で彼女の能力を診た。
鑑定スキルは、対象の名前・名称や属性、品質などを把握するコトができるこの世界の「スキル」。対象がニンゲンならば、腕力、知力、魔力といった能力値、保有スキルとそのレベルなどを把握できる。
彼女の肩が、一瞬、びくっと飛び跳ねた。
鑑定スキルで診られると、身体中を舐め回されるような、なでまわされるような感覚に襲われるからだ。
あまりじっくり診ると不審に思われるので、簡単に診るだけのつもりだった。
(……えええっ!? どゆコト?)
信じられないモノを見てしまった。
思わず二度見した。
「わ、わたし、他のギルドの審査は全部落ちて……。そ、その、このギルドは、憧れのギルドだったので……」
ダメもとで、記念に応募してみたらしい。
ところが、憧れのギルドの方は最終選考に残ってしまった。
舞い上がるほど嬉しいハズなのに、ワケがわからず戸惑っているようだ。
(うん、まぁ、そうだろうね)
鑑定スキルで診た彼女の能力値。
知力がすこし高めの895(最高値は1000と言われている)、その他はいたって平凡だ。
魔力属性は、聖、闇、土、水の4つ。スキルは身体強化レベル16、思考加速レベル20。ありきたりでレベルもそれほど高くない。
スキルのレベル評価は、年齢を基準にする。ラステルは16歳なので、スキルのレベルは16が基準値だ。すると身体強化のレベルは標準、思考加速はやや高めというコトになる。
レベルを上げるには、スキルを頻繁に使用するなどの「経験」を積まなければならない。多くの場合、1年間そうした「経験」を積むコトでレベルが1~2上昇する。ちなみに、最高値は100と考えられている。
かつて冒険者ギルドは冒険者が仕事を得る場であり、冒険者を育てる組織だった。
たとえスキルの数がすくない者でも、スキルのレベルやその他の能力値が低い者でも、冒険者ギルドは彼らを育てた。
しかし、能力の低い冒険者を「使える冒険者」に育てるのは、時間も費用もかかる。そうした育成コストは、ギルドの経営を圧迫する。
このため最近は、どこのギルドでも即戦力になるような資格者を採用する傾向が強い。
冒険者資格試験の成績が良くても、いまの彼女を採用する王都内のギルドは無いだろう。
ただし、ボクのいるギルド9625を除いて……。
非常に珍しいコトだが、彼女には未発現の能力がある。いや、珍しいどころじゃない。あってはならないモノだ。
この未発現の能力を見抜くコトができる者は、おそらく王都内ではボクだけだろう。
大手ギルドで鑑定スキルを持つ者は、10人ほどいる。彼らのレベルは、いずれも40から50程度。これに対し、ボクの鑑定スキルはレベル96。
未発現の能力を見抜くには、鑑定レベル70以上は必要だ。
そして、ボクが診たラステルの未発現能力。
――ラムダンジュ。
古代の魔導書に残る儀式によって、天使の魂をその身体に宿した者。
能力が発現すれば、天使の叡智と力を得るという。
しかし魂が身体に適合しない場合、力が暴走し世界に殺戮と破壊をもたらすそうだ。
それゆえ、ラムダンジュを施す儀式は、教会によって禁忌指定されている。
また、ラムダンジュの成否は、能力が発現してはじめて判明する。
天使の魂を宿しながら、能力が発現しないまま生涯を終える場合もあるという。
しかも、能力発現の条件は不明。
禁忌のハズのラムダンジュを、なぜ彼女が持っているのだろう?
いろいろ、ラステルに聞きたいコトがある。
けれども、それは本来、エイトスの仕事。
だから、ボクが彼女に直接尋ねるコトはしないつもりだ。
それに、この国でボクがニンゲンの言葉を話すコトを知るのは、エイトスのほか数人に限られる。
いや、べつに知られても構わない。
騒ぎになると面倒なので、すすんでニンゲンに話しかけるようなコトはしないだけだ。
そして、エイトスにもいろいろ聞きたい。
なぜ、彼女を最終選考まで残したのか?
(まさか、彼女の未発現の能力に気が付いた? ……んなワケないか。う~ん)
やっぱり、ワケは聞かない方がいいかもしれない。
「ラステル。あなたの質問には、採用が決まったときにお答えしましょう」
そう言うとエイトスは、懐から一枚の羊皮紙を取り出して、それをラステルに差し出した。
「これより、当ギルドの最終選考を始めます」
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