第3話 最終選考

「当ギルドの最終選考は、魔物討伐です。蒼の森でゴブリン、ホーンラビット、アルメアボアを、それぞれ1体ずつ討伐して下さい。蒼の森までの道は、今お渡しした地図を見て下さい」


(いきなり、魔物を3体も討伐とか。最後まで鬼畜……。しかもアルメアボアって。生きて帰るコトすら困難だよね、コレ)


 けれどもラステルは、平然とした表情でエイトスに尋ねた。


「承りました。期限はありますか?」


(あれ? あまり驚いていないね。怖くないのかな?)


 ボクはすこし離れた場所から、エイトスとラステルを交互に見ていた。


「期限はありません。討伐が完了したら、魔石を提出して下さい。この最終選考にあたって、仮登録をしました。こちらが仮認識票です。これにあなたの魔力を登録して下さい」


 そう言うとエイトスは、あらかじめ持っていた仮認識票をラステルに差し出した。


 仮認識票は、長方形の小さな薄いミスリル製のプレートだ。プレートの端に小さな穴を空けて、そこにチェーンを通している。

 いわゆるドッグタグだ。


「ありがとうございます。少しの間、お借りいたします」


 ほころんだ顔で仮認識票のプレートを両手で受け取ったラステルは、早速、魔力の登録を始めた。

 すこし顎を引いて、その手を胸元で握っている。


 たとえ仮認識票であっても、嬉しいらしい。

 握られた手のなかの物に、よしやるぞ、と気合いも込めているようだ。


 エイトスはラステルに仮認識票を手渡すと、ボクの方へと歩いて来た。

 そしてボクを抱っこして、彼女の方へと向き直した。


「それから、こちらの黒猫を討伐に連れて行くように」


 そう言うとエイトスは、大切なモノを託すようにして、ラステルにボクを預けた。


「え?」


 ほんのすこし前まで、彼女の手には未来を掴もうという決意が握られていたハズだ。

 彼女の胸は、想いを叶えようと高鳴っていたハズだ。


 けれども、そんな彼女の気持ちは、手のひらに舞い降りる一片ひとひらの雪のように消えた。

 胸の高鳴りは、希望ではなく動揺のそれに変わっていた。


 反射的にエイトスからボクを受けとったラステルは、まるで魂が抜けたような表情になっている。


 腕のなかにいるボクを見詰める目は、焦点が定まっていない。


 ボクは、前足で彼女の頬に触れて、ニィとないた。


(よろしくね)


 はっとして、ラステルは我に返ったようだった。

 すこしだけ、彼女の表情が緩んだのが判った。


 しかし、エイトスの言葉を聞いて、ふたたび固い表情になる。


「捨てたり置き去りにした場合は、失格とします」


(当然だよね。こんなに愛くるしいネコを捨てるなんてあり得ない)


ラステルは、ぱちぱちと瞬きしている。魔物討伐にネコを帯同させる理由が解らないという顔だ。


「魔物に襲われて、死んでしまったりした場合も失格ですか?」


「はははははっ、なかなか面白い冗談を言いますね」


 不安そうに尋ねるラステルをよそに、エイトスは愉快そうに笑った。

 ますます意味が解らないという表情をするラステル。

 

「まず、そのようなことは無いでしょうが、その場合は失格にはなりません」


(ならないんだ……。なんか、へコむ)


「ただ、あなただけ無事に戻ったとしても、その後、このギルドにあなたの居場所は無いでしょうね」


 こてりと首を傾けたまま、ラステルは完全に処理落ちしていた。


 🐈🐈🐈🐈🐈


 最終選考の説明をひととおり受けた後、装備等の確認を終えれば、いよいよ出発だ。


「それでは、行ってまいります」


 ラステルはギルドのロビーでそうエイトスに挨拶すると、荷物を背負いボクを抱っこしてギルドハウスを出た。

 王都の中央を南北に走るカイザーストリートを南へ歩いて行く。


 ときどき、すれ違うヒトがボクたちを見ては目をまあるくして振り返っていた。


 ネコを抱いた冒険者とか、流石にいないからね。


 カイザーストリートは、王都の中心街を貫くメインストリートだ。

 今日も石畳の道は、行き交うヒトで溢れていた。


 カイザーストリートの王城に近い場所には、主に大商会の商館が軒を連ねる。

 王都でも指折りのシャシャ商会や、ノーラ商会もここに商館を構えている。


 ちなみに冒険者御用達の武器、防具、その他装備品を扱う店が立ち並ぶのは、カイザーストリートのひとつ裏に入った通りだ。

「冒険者通り」と呼ばれている。


 カイザーストリートを歩いていくと、大きな広場に出た。


 王都の中心に位置する「建国の広場」。

 初代国王ガイガが、アルメア王国の建国を宣言した場所だ。そのため、この名が付いた。

 広場の中央には、凱旋門を指すように進軍の号令をかける彼の石像が立っている。


 この広場を囲うようにして多くの商会が軒を連ねる。そのなかには商人ギルド協会の建物もあった。

 商会の建物から、人々が入れ替わり立ち替わり出入りしている。


 また広場の一画には、市場が立っていた。

 数多くの露店が立ち並び、新鮮な野菜、果物、食肉、穀類等の食料品、酒、各種雑貨等が売られている。


「朝とれたばかりの野菜だよ。安いよー! 今なら、2つで小銅貨1枚にするよー」


「雷鳥、絞めたばかりの雷鳥はどうだい?」


「姉さん。これさ銅貨5枚にまけてくれ」


「4枚でどう?」


 ……などなど、商人たちや客の話し声で賑わっている。


 王都で、最もヒトが集まる場所だ。


 そんな街の光景に目もくれず、 ラステルは固い表情のまま無言で真っ直ぐ前だけを見て、ヒトを掻き分けるようにして建国の広場を通り抜けた。


(……気負い過ぎじゃないかな)


 ボクはラステルを見上げて、ニィとないた。


 けれども彼女は、ボクの鳴き声も耳に入っていないようだ。


 てしっ。


 ラステルの顎に軽く触れてみた。

 彼女はボクを見ない。

 相変わらず、真っ直ぐ前を見たままだ。


 てし、てしっ。


 ラステルは、ボクにチラッと視線を落とした。

 しかし、すぐにその視線は戻されてしまった。


 てし、てし、てしっ。


「んっ……。な、なんですか?」


 ようやく、立ち止まってボクを見たラステル。


 ニィ。


「……お腹空きましたか?」


(いや、ちがうよ。固くなり過ぎだよ。あ、でも、市場で見た雷鳥の肉は美味しそうだった)


 ほわほわと、店に並んでいた雷鳥の姿を思い浮かべた。


(あぁ、お腹が鳴りそうだよ)


 ボクは、ペロリと舌で口の周りを舐めた。


「はぁ。それにしても、このギルドの最終選考って変わっていますね。魔物の討伐課題は他のギルドでもありましたが、猫を帯同するというのは初めてです」


(それはね、ボクが最終選考の審査をするからだよ)


 王都にある冒険者ギルドでも、魔物の討伐課題を課す場合がある。もっとも、その日のうちに討伐できるような魔物を対象にするようだ。

 たとえばアスラバード、マグラータのように王都近郊に生息する魔物を指定する場合が多い。前者は真っ黒な鳥型の魔獣、後者はデカいネズミのような魔獣だ。


「あなたも大変ですね。魔物討伐なんて未熟な冒険者では、自分の身を守るので一杯でしょう? それなのに、あなたを連れて行けなんて。こんなに可愛らしいギルドのマスコットに、何かあったら可哀想……」


 彼女は、そう言ってボクをきゅっと抱きしめて顔をスリスリしてきた。


(ううん、こんな鬼畜内容の審査を平然と受けるキミも心配だよ)


「あの方も、このような審査を受けたのでしょうか?」


(……あの方? ウチのギルドに、知り合いでもいるのかな?)


 すこしだけ緊張が融けたのだろうか、彼女の顔から先程までの固い表情は消えていた。


 しばらく歩くと、王都の凱旋門が見えてきた。


 歴代の王が親征して帰城するさい、南門から凱旋したコトからこの名で呼ばれている。

 白を基調とした石造りの門は、全体に彫刻が施されている。

 門の上は望楼となっていて、平時は衛兵が監視していた。


 凱旋門の前では、検問がおこなわれている。

 多くのヒトが、王都を出るための手続き待ちで並んでいた。


 王都や領都を出入するさい、認識票か通行証を衛兵に提示して本人確認をしなければならない。

 商人や冒険者等なら、衛兵にギルドが発行した認識票を提示する。

 貴族の場合は国王の名で発行された通行証を、平民の場合は各都市が発行した通行証を提示する。


 王都のようにヒトの出入りが多い都市では、本人確認の手続だけでも行列ができてしまう。


「結構、並んでいますね。整理番号札をもらったら、先に食事を済ませましょう」


 ラステルは96番の整理番号札を衛兵から受け取ると、検問所の隣にある待合所の長椅子に腰を下ろした。


 そして荷物のなかから干し肉を一切れ取り出して、検問所の様子を眺めながらそれを口へと運んだ。


 ボクがその様子をじっと見ていると、ラステルは干し肉をすこし千切ってボクに差し出した。


「固いので、よく噛んで下さいね」


(ありがとう。んぐ、むぐ)


 ボクは、もらった干し肉を一生懸命噛んで呑み込んだ。


 しばらくすると、衛兵が待合所へとやって来て、ラステルの持つ番号を呼んだ。


「次、96番いるか?」


「はい」


 ラステルは返事をすると、立ち上がって荷物を背負った。ボクを抱っこして、検問所へと足を進める。


「お願いします」


 ラステルが仮認識票を提示すると、衛兵はそれを魔道具に差し込んだ。


 仮認識票には所持者の魔力のほか、国籍、住所、氏名、生年月日、性別、身分、職業、所属ギルド名、登録番号(仮登録である旨)等が魔力によって記録されている。


 この記録を魔道具で読み取って、本人確認をおこなう。


 こうして、敵対国の工作員の潜入や犯罪者の侵入逃亡を防いでいる。


「ほぉ、『黒猫』の仮登録者か。頑張れよ」


 ラステルの情報を確認した衛兵は、愛想のよい笑みを浮かべて仮認識票を彼女に返した。


「ありがとうございます」


 ラステルは衛兵に微笑み返して、門の外へ向かう。


 凱旋門を抜けると、外では王都に入る者たちが手続き待ちをしていた。

 腰を下ろして休んでいる人、馬の世話をするヒト、情報交換をする商人たち、冒険者たちがいる。


 ラステルは、凱旋門から南へ伸びる建国街道を歩き始めた。


 目指すは、蒼の森。


 建国街道を南下していくと、王国を東西に走るウォルバンズ街道に出る。

 この街道を西へ進み、マイステルシュタットという街へ向かう。


 王都から片道徒歩で、2日から3日ほどの行程だ。

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