冒険者ギルド9625
わら けんたろう
第1話 冒険者ギルドの黒猫
ここは、アルメア王国の王都。
その一画に建つ不思議な建物は、この王国の名所のひとつ。
巨大な
折り重なる巨岩。
危うさと怪奇、安定感が同居する神秘的な自然美が見事に表現されている。
名付けるなら「グロッタ様式」と呼ぶことができるだろうか。
「グロッタ」とは、貴族の庭園などで見られる人工洞窟。夏の暑い日に涼をとる場所として造られる。
しかし、この建築物はそのような優雅な施設ではない。
アルメア王国の王都内でも、指折りのギルドの拠点である。
――冒険者ギルド9625、通称「黒猫」。
今日もこのギルドハウスは、多くの冒険者達で賑わっていた。
仕事を求めてやって来た冒険者達。仕事を終えた冒険者達。報酬の受け取りにやって来た冒険者達。
ギルドハウス内にあるラウンジにも、酒を片手に魔物討伐や仕事の話に花を咲かせる冒険者達。
陽あたりの良いテーブルの上では、黒猫がまあるくなっていた。
目を閉じて、三角の両耳をぴこぴこさせている。
まるで、彼らの話に耳を傾けているかのよう。
この黒猫こそ、冒険者ギルド9625の真のギルドマスター。
しかし、その事実をここにいる冒険者達は知らない。
🐈🐈🐈🐈🐈
「最近、オーガの討伐依頼が多いな」
「つい、2、3日前だったか。ノーラ商会の商隊がオーガ5体に襲われたらしいぜ」
ボクは暖かな日差しのなかで、そんな冒険者たちの会話を聞いていた。
ノーラ商会は、アルメア王国内でも5本の指に入る大商会だ。
D~Cランクの冒険者を7、8名ほど、護衛に雇ったと聞いている。
ところが王都へ戻る道中で、オーガに襲撃されたらしい。
最近、アルメア王国内では、魔物の活動が活発になっているようだ。
とくにゴブリン、オーク、オーガの討伐依頼が右肩上がりに増えている。
最近のゴブリン討伐では、50~100体規模の討伐も珍しくない。
近々、王国から大規模な討伐依頼がありそうだ。
早めに派遣する冒険者を選定して、声かけておいた方がいいかもしれない。
冒険者たちの会話を聞きながら、ボクは思考の海のなかで
すると、石の床の上を歩くゴツゴツとした足音が近づいてきた。
ボクは目を薄く開いて、足音のする方へ視線を向けた。
総合受付の方から、燃えるような赤い頭髪をした背の高い男がこちらに向かって歩いて来る。
彼は陽のあたるテーブルの前で足を止めると、まあるくなっているボクをなでた。そして顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
「マスター・シャノワ。当ギルドに登録を希望する資格者が来ました。最終選考に立ち会って下さいませんか?」
ボクは目を閉じて、しっぽの先だけをふりふりした。
シャノワというのは、この世界でのボクの名前だ。
ちょっと、チャラ猫っぽいのが難点かな。
ボクに話しかけてきたこの男の名は、エイトス・レーヴ。
A級冒険者で、表向きはこのギルドのマスターだ。
エイトスは、足を組んで椅子に腰かけた。
そして、ボクの返事を待っている。ゆっくりとボクは目を開く。
「そういえば、今年の冒険者資格試験の受験者は過去最多だったらしいね」
エイトスに視線を向けて、そう言った。
「ええ。そのため合格基準点も、過去最高だったそうです」
この世界で冒険者になるには、まず冒険者ギルド協会が実施する冒険者資格試験に合格する必要がある。
この試験の合格自体は、それほど難関でもない。
武器や基本魔法の扱い、読み書き計算と法令を理解していれば、誰でも合格できる。
合格率は70パーセント弱。
ただ、冒険者資格試験に合格すれば、直ちに冒険者になれるワケではない。
冒険者資格試験の合格者は、たんに「資格者」にすぎない。
資格者が冒険者として活動するまでの流れは、つぎのとおりだ。
①ギルドに所属
↓
②所属ギルドに冒険者登録申請
↓
③所属ギルドから冒険者登録を受ける
つまり、冒険者資格試験に合格しても、ギルドに所属できなければ冒険者として活動できない仕組みだ。
ギルドに所属するコトができるかどうかが、冒険者になるための最大の難関になる。
「……去年までの資格者は、また待機資格者になるかもね」
前足をぺろぺろして顔を洗ったボクは、後ろ足でクビ筋をカリカリ掻いた。
ギルドに所属するためには、所属しようとするギルドの採用審査を受けなければならない。
この審査の内容は、ギルドによってまちまちだ。
いろいろな書類を提出させたり、実技等の試験がおこなわれるコトもある。
このような仕組みになっているのは、冒険者の質を一定水準に保つためだ。
能力が低い者は、ギルドから所属を認められず登録を受けられない。過去に犯罪を犯した者はもちろんだ。
ちなみに、王国は冒険者資格試験や冒険者登録を直接管理しない。これには「冒険者業の自由」を尊重する建前のもと、様々な事務手続きの負担を軽減して役人たちの業務を効率化する狙いがある。
「有能な資格者でなければ、採用する意味がありませんから」
と、エイトスは笑みを浮かべて、勝ち組ギルド発言をした。
(や、やめてっ! なんか、ヘンなフラグが立ちそうだよ)
ギルド9625には、毎年、応募者が殺到する。
高額報酬の依頼が多いコト、高ランクの有名な冒険者および冒険者パーティーが所属しているコト、可愛らしい黒猫をもふもふできるコトなどが人気の理由らしい。
しかし、このギルドに所属を認められるためには、厳正な審査を通過しなければならない。この審査をエイトス自らおこなっている。
あまりに苛烈な審査内容のため、最終選考まで誰ひとり残らなかった年もあった。
「それにしても、キミの審査に耐える資格者がいたんだね」
ボクがそう言うと、エイトスは目を閉じて首を振りながらため息を吐いた。
「今回は、200人の応募がありましたが、最終選考まで残ったのは1人だけでした」
(……199人の応募者に黙祷)
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