第28話 アルメアボア討伐

 ビュゴッ、ヒュゴッ、ブシュルルルゥ……。


 アルメアボアが、巨体を揺らし鼻を鳴らしている。


(うーん。ちょっと厄介だね)


 姿を現したのは、オスの個体だった。


 この時期のアルメアボアは「恋の季節」。

 そう、繁殖期だ。


 この時期、アルメアボアは、メスを争ってオス同士が激しい闘いを繰り広げる。

 ときには、相手の命さえ奪うほどの闘いとなるそうだ。

 このためアルメアボアのオスの個体は、いまの季節だけ背中の脂肪が鉄の鎧のように硬くなる。相手の攻撃から身を守るためだ。


 そうするとクロスボウのように威力が弱い矢は、アルメアボアの背中に当たっても跳ね返されてしまう。

 攻撃が有効となる部位は、著しく限定されるというコトだ。


 仕留めるには、目やお腹の辺りを狙うしかない。


(さて、上手くいくかな……)


 ボクは、まずラステルが設置した仕掛け弓にアルメアボアがかかるかどうか、固唾を呑んで見守っていた。

 無意識に尻尾がくねくねする。


 が……。


 仕掛け弓は作動しない。

 アルメアボアが、仕掛け弓の触り糸を器用に跨いでしまったからだ。


(くっ!)


 思わず、ボクは前足をぺろぺろ舐めて顔を洗った。 


 ラステルの目論見は、あっさりアルメアボアに見破られてしまったようだ。


(一筋縄ではいかないね)


 ボクを抱っこしているスピカも、静かにため息をついて項垂れている。


 仕掛け弓を回避したアルメアボアは、悠々とぬた場にたどり着いた。

 そしてビュゴビュゴと鼻を鳴らしながら、どこか余裕の表情で周りの匂いを嗅いでいるように見えた。


 その時だ。

 それは、一瞬の出来事だった。


 突然なにかを避けるようにして、アルメアボアが後に飛び跳ねた。

 慌てて後に飛び跳ねたため、彼は仕掛け弓の触り糸に触れた。


 ミスリルの矢が、彼に向って放たれる。


 キィン。


 けれどもミスリルの矢は、アルメアボアの腰に当たり跳ね返されてしまった。


 ボクは、この状況を整理する。


 ぬた場の端に、矢が刺さっている。

 どうやら、アルメアボアがぬた場の匂いを嗅いでいるところを狙って、ラステルは矢を放ったようだ。

 けれどもアルメアボアは、この矢を回避。

 そのさい仕掛け弓の触り糸に触れ、矢が射出されたものの硬い鎧に跳ね返された……、というカンジだ。


 アルメアボアを仕留めるには至らなかったけれども、ラステルのプランはかなりハマったと言って良い。


 まず、最初の仕掛け弓。

 コチラは、上手くいっても回避されたとしても構わなかった。


 たとえ回避されたとしても、樹の上から狙って仕留めるチャンスが残っているからだ。


 さらに樹の上から狙って放った矢が回避されていたとしても、まだ仕掛け弓が残っている。

 いま考えると、仕掛け弓は絶妙な位置に設置されていた。


 アルメアボアが、樹の上から放たれた矢を回避しようとすると、ちょうど仕掛け弓の触り糸に触れるようなかたちになっていた。


 つまり回避された場合を想定して、仕掛け弓を設置していたというコトだ。


 けれども運が無かった。


 アルメアボアが繁殖期でなかったら、あるいはメスの個体だったら、討伐できていたハズだった。


(よりによって、繁殖期のオスの個体とはね……)


 これには、苦笑いするしかない。


 アルメアボアは、首を右に左に動かしビュゴビュゴと鼻を鳴らして周りの匂いを嗅いでいるようだ。

 そして、ラステルが潜む樹を見上げる。

 どうやら、感づかれたらしい。


 つぎの瞬間、猛然とその樹に向かって突進した。


 ドオォン……ズウウゥゥン!


 ラステルが潜む大樹に、体当たりを仕掛けたアルメアボア。

 凄まじい衝突によって生じた重低音が森に響き渡る。

 その衝突の振動は、隣の樹に潜んでいたボクたちのところにまで伝わった。


 体当たりを受けた樹から、はらはらと木の葉が雪のように舞い落ちる。


(繁殖期だからかな。ヤケに好戦的だね)


 普通に考えると、仕掛け弓の矢が当たったところで、森の奥へ引き返してしまいそうなモノだ。

 ところが、この個体は引き返すどころか、ラステルが潜む大樹に向かって攻撃してきた。


 ビュゴオオォォ!


 アルメアボアは大きくひとついななくと、ふたたびラステルが潜む大樹に突進した。


 ズドオオオォォン……。


 アルメアボアの巨大な体躯が、大樹に激突する。

 大きく広がった樹の枝が、わさわさと揺れた。


 激突の瞬間、樹の上から降りてきた黒い影。アルメアボアの背中を蹴って、反対側の樹の上に跳躍するのが見えた。


 ラステルだ。


 舞い落ちる木の葉とともに、樹の上からアルメアボアの背に飛び降りた彼女。そこから、ぬた場の端へ飛んで、先ほど外したミスリルの矢を回収。向かいの樹の枝に飛び乗った。


 鉄の鎧のように硬くなった背中には、神経が通っていないのだろうか。

 アルメアボアの方は、ラステルの動きに気付いていないようだった。


 激突した大樹の前で、ぶるるっと首を振ってすでにラステルが去った樹の上を凝視している。


 さて、どうするのかな?


 本来なら、そろそろ魔法攻撃を織り交ぜたいところだ。

 ラステルが持つ属性は、聖、闇、土、水。


(うーん。微妙?)


 どちらかというと、生活便利魔法とか防御魔法等に向いた属性だ。


 聖、闇、土の攻撃魔法でボクが思い付くのは……、

 フォトン・バースト、アトミック・コラプス、グラビティ・ヴォルテクス、ディヴェルト・クエイク……。 


(って、全部、禁忌魔法だ! ……あれ?)


 ラステルが、なにかを投擲とうてきしようとしている。

 クロスボウの矢をその手に持っている。


(なにをするつもりだろう?)


 そして、アルメアボアに向けてその矢を投げた。


 矢はくるくると回転しながら弧を描いて、アルメアボアの腰に当たる。


 キィンという音がして矢は跳ね返され、地面に落ちた。


 樹の上を凝視していたアルメアボアが、その金属音に気付いて振り向いた。


 その視線の先には、ラステルが立っている。

 彼女は、アルメアボアにその姿を見せた。


 アルメアボアは、ぐるりとラステルのいる方へ方向転換する。

 ラステルに向かって体当たりを仕掛けるつもりらしい。


 ところが、なぜかアルメアボアが静止した。

 その顔を漆黒の布が覆っているように見える。


(……あれは?)


 つぎの瞬間、アルメアボアの目の辺りにミスリル製のクロスボウの矢が突き刺さった。


 そして、その矢にエンチャントされたケフィク(水檻)が発動する。

 アルメアボアの巨大な体躯が、みるみるうちに巨大な水球に包まれていった。


 ボクとスピカは、思わず顔を見合わせた。

 いったい、なにが起きたのか、さっぱり解らない。


 ラステルが、アルメアボアを包み込む水球へと近づいて行く。


 そして童子切安綱どうじぎりやすつなを抜き、その切先でアルメアボアの頸動脈を突いた。

 なるべく苦しませないようにしたかったのだろう。

 アルメアボアが溺死する前に止めを刺した。


 ボクたちも樹から下りて、アルメアボアの前で目を閉じているラステルの方へ駆け寄った。


「ねえ! あれは、どういうコト!? 一体、何したの?」


 スピカは驚きを隠しきれないようだ。

 ラステルは、スピカに顔を向けて微笑んだ。


「闇属性魔法『シャテルス』でアルメアボアの目と耳を塞いでから、目の辺りを狙ってミスリルの矢を撃ち込みました」


 シャテルスは、目隠しをしたり遮音したりするときに用いる闇属性魔法のひとつ。

 闇属性を持つニンゲンなら、子供でも扱える基本魔法だ。


(まさか闇属性の基本魔法に、そんな使い方があるなんて。……物騒な攻撃魔法しか思い付かなかった自分が、ちょっと恥ずかしくなってきたよ)


「アルメアボアが、急に動かなくなったのは『シャテルス』をかけたからなの?」


「ええ。冒険者資格試験対策のために罠猟を実際にやってみました。そのさい、あるヒトから教えてもらったんです。多くの魔獣は、目や耳を塞ぐとおとなしくなるんですよ」


(……あるヒトが誰か気になるケド、それは知らなかったよ)


 アルメアボアが静止したワケは解った。

 けれども、スピカは首をこてりと傾けている。


「あれ? だったら、ぬた場のところで『シャテルス』を使っていれば良かったんじゃない?」


 するとラステルは、てへっとした表情をして、すこし恥ずかしそうに答えた。


「じつは、アルメアボアがあらわれたときに、少し舞い上がってしまって……トリガーの方を先に引いてしまいました」


 スピカは、きょとんとした顔でラステルを見ている。ボクがスピカを見上げると、彼女もボクの方に顔を向けた。


「………」 


 ………。


 結果オーライ?

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