第27話 仕掛け弓
「わたしは、あの樹の上から『ぬた場』にやって来たアルメアボアを狙おうと思います」
そう言いながらラステルは、ぬた場近くに立つ1本の大樹を指さした。
木の上に潜みアルメアボアが現れたところを、クロスボウで狙い撃ちするつもりらしい。
ちなみに「落とし穴」を掘って捉える方法も、考えられないワケではない。
しかし、その手段は相手が普通のイノシシであっても、上手くいかないだろう。
彼らは、土の匂いに敏感だ。
掘り起こすコトで、周りの土の匂いと異なる部分ができる。このため罠を避けられてしまう。
では、土属性魔法で「落とし穴」を作成するのはどうか?
普通のイノシシが相手なら、イケるかもしれない。
しかし、アルメアボアには通用しない。
理由はふたつある。
ひとつは、魔法使用を感知されるコトだ。
どういうワケか判っていないが、罠を設置するさいに魔法を使用すると、警戒して彼らは近寄って来ない。
ふたつ目は、意外にもアルメアボアが土属性魔法を使うコトだ。
仮に落とし穴に落ちても、土属性魔法で自分の足下の土をかさ上げするなどして脱出されてしまう。
アルメアボアの討伐が、見習い冒険者に荷が重いとされるのはこのためだ。
アルメアボアはパワーも防御力もあるだけでなく、土属性魔法を使用するコトができるからだ。
そういうワケで、木の上に潜んでアルメアボアがやって来たところを狙うのは、妥当な手段といえる。
「それから……、これを使おうと思います!」
そう言うとラステルは、荷物から
ちょっとドヤ顔だ。
「
首をこてりと傾けるスピカ。
(そうだよね。その
ヴァイスケルウスは、雪のように真っ白な毛並みを持つ鹿のような魔獣だ。
通常の鹿よりも、ひとまわりくらい大きい。
オスには、大きくて立派な角が頭から伸びている。
非常に商品価値の高い魔獣で、主に肉、毛皮、骨、そして角が高額で取引される。
毛皮に穴や傷をつけないように、ヴァイスケルウスを討伐するときは
アルメアボアは、ヴァイスケルウスよりもさらに大きい魔獣だ。
パワーもある。
「ふふ。これを使って『仕掛け弓』を設置します」
(仕掛け弓!?)
どうやらラステルは、木の上と仕掛け弓の2方向からアルメアボアを狙うつもりらしい。
「ラステル。あなた『仕掛け弓』なんて作れるの?」
「ええ。冒険者資格試験対策のために、王都近くの森で試してみました」
ラステルはスピカの方に顔を向けて、にこりと微笑んだ。
ボクとスピカは、
(……いや、試験でそんな問題は出題されないからね?)
出題されても、せいぜい「構造と使い方を説明せよ」くらいだろう。
試験対策のために自分で制作して試すとか……。そこまでする受験者はあまりいないと思う。
「まずは、材料を集めます。触り糸はこの
そう言ってラステルは、仕掛け弓に必要な材料を指折り挙げていった。
二股に分かれた太めの木の枝、
ボクたちは森のなかをうろうろとしながら、仕掛け弓に必要な材料を集めていく。
順調に材料集めが終わり「ぬた場」へ戻ると、ラステルはその周りを歩きながら、なにかを探しているようだった。
それは一目で大体判るため、すぐに見つかった。
「どうやら、ここですね」
森のさらに奥へと続く
おそらく、頻繁にアルメアボアが通ったものと思われる。
「ここに、仕掛け弓を設置します」
森の奥から「ぬた場」へと続く
具合の良いことに、細い樹が2本並んで生えている。
ラステルはこれらの樹のすぐ背後に二股になった木を打ち込み、二股の間に
ここから発射した矢は、アルメアボアの側から見ると、ちょうど2本の樹の間から飛んでくるカンジになる。
そして、クロスボウの
ミスリルの矢には、ラステルがエンチャントした「ケフィク」(
この矢がアルメアボアに命中すると、アルメアボアの体内を循環する魔力がミスリルの矢に流れ込み「ケフィク」が発動する。
「ケフィク」の効果は、アルメアボアが魔力切れを起こすか矢か抜けるまで持続する。
矢が抜け落ちなければ、水球に包まれたアルメアボアは魔力切れを起こす前に溺死するというワケだ。
「では、スピカ。シャノワさんをお願いしますね」
「はーい。さ、シャノワ。あたしたちは、あの樹の上から様子を見ることにしましょ」
持参してきたローブを羽織るラステル。当初の予定通り、ぬた場近くに生えている大樹の枝の上に身を潜めた。
スピカもボクを抱っこすると、身体強化をして手頃な樹の枝の上へと跳躍した。
そして隠密スキルを発動して身を潜める。
(ここからが、長そうだね)
アルメアボアが姿を見せるまで、基本的に木の上で過ごすコトになる。
せいぜい、水の補給などの場合に降りる程度だろう。
一般的に、アルメアボアの討伐は長期戦だ。
通常の罠をモノともしない魔獣なので、今回は姿を見せるまで出現ポイントで待機しなければならない。
大規模な罠の設置すれば、出現ポイントに待機する必要はないかもしれない。
しかし、ラステルひとりで大規模な罠の設置をするのは、さすがに困難だろう。
ちなみに、「罠の制作・設置」にスピカの協力を得るコトは許されない。
ラステルがスピカにアルメアボア討伐の「協力依頼」をしていないからだ。
だから仕掛け弓の材料集めでも、スピカ自身は材料を採取していない。
それからボクたちは、ぬた場をひたすら眺めるという時を過ごすコトになった。
1日目。
アルメアボアどころか、鹿やイノシシといった獣すら姿を見せるコトはなかった。
2日目。
仕掛け弓を設置した獣道とはべつの道から、鹿が姿を見せた。
鹿は、ぬた場でごろごろした後、水晶池の方へと駆けていった。
3日目昼頃。
……あきてきた。
ボクは、くあっと欠伸をして口の周りをぺろっと舐める。
そして、後ろ足で首筋をかりかり掻いた。
なにしろ、大きな水たまりを眺めているだけだ。さすがに3日目ともなると辛い。
下に降りるのは、仕掛け弓の状態を確認したり、水晶池へ水を汲みに行くときなど。
1日のほとんどの時間を、木の上に潜みながら干し肉と水だけで過ごしている。
いったん拠点に戻って、出直した方がいいかもしれないね。
そんなコトを考えていると、森の奥の方から大きな獣か魔獣がこちらへ向かって歩いて来る足音がした。
ラステルが仕掛け弓を設置した獣道から、それは姿を見せた。
アルメアボアだ。
ラステルの身長の2、3倍はあろうかという巨体を揺らしながら、ぬた場の方へのしのしと歩いてくる。
そしてアルメアボアが、仕掛け弓の触り糸を張った地点に差しかかった。
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