第22話 兆し①
★残酷なシーンが含まれます。ご注意ください。
🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈
視界の隅に、石やら木の枝やらを投げつけてくるオーガの姿があった。
どうやらボクを狙って、2体のオーガが木の枝や石などを手あたり次第に
空中で彼らに背中を見せたところへ、偶然、投げられた石が命中したようだ。
(うぐっ。痛たたたた。……防御魔法を展開してなかったコトが裏目に出ちゃった)
激痛に堪えて、なんとか起き上がる。
顔を上げると、さらにとんでもないモノが飛んで来るのが見えた。
ラムネ色のぽよぽよしたヤツ。
スライムだ。
木の枝や石なら、「ねこパンチ」で防ぐコトができる。
いまのボクの状態では、それすら可能かも怪しいケド……。
けれども、スライムだけはダメだ。
たとえ万全の状態でも、ボクの「ねこパンチ」や「アルテマクロウ」は、なぜかスライムには効かないからだ。
(ちいっ。こんなときに、なんてモノを投げてくるんだ!)
通常の状態なら、攻撃魔法や防御魔法で対処できる。
けれども、いまはムリそうだ。
さっき受けた攻撃で、魔力の循環が乱れてしまっている。
身体強化も機能していない状況だ。
なんとか動いて回避するしかない。
回避しようとして足に力を入れると、背中に激痛が走った。
身体が動くコトを拒否する。
(ぐっ! マズい……)
高速で飛んできたスライムが命中し、ボクは水晶池の畔まで弾き飛ばされた。
着地できず、身体が毬のように転々と転がる。
「シャノワさんっ!?」
(……ラス……テル?)
動き回って戦っていたせいか、いつの間にかラステルに近づいてしまっていたらしい。
それともラステルが、ボクを探して池の畔を歩いていたのだろうか?
まだ立ち上がれないところを見ると、前者の方だとボクは推測する。
ラステルは、まるで赤ん坊がはいはいするようにしてボクに近づいて来た。
(こないで! ラステル、逃げてっ!)
ガサガサッ、ザザーッ……。
森の茂みのなかから飛び出した5体のゴブリン。
ボクは、もう立ち上がるコトすらできない。
ぐったりと地面に倒れたまま、彼らがこちらに向かって駆けて来るのをただ眺めていた。
グギャ、クギャ、グキキキキッ!
クキャッ、クキャッ、クッキャァァァ‼
ゴブリンがボクを取り囲み、なにやら飛び跳ねながらはしゃいでいる。
ネコ、とったどー‼
とでも言っているのだろうか?
(べつに、キミらにやられたワケじゃないケドね……)
ゴブリンたちに続いて、森のなかから3体のオーガが姿を現した。
オーガたちはラステルの姿を見つけるとボクには目もくれず、彼女の方へ向かって歩き出した。
(……結局、ボクは自分の身もラステルも守れなかったか)
ゴブリンの1体が、トドメを刺すため棍棒をボクに向けて振り下ろす。
ボグッ。
鈍い音がして、身体に激痛が走る。
(あぐっ! …っ、どうせなら一発で仕留めてよね)
ここへきて、魔力の循環がすこしだけ回復したらしい。
棍棒を振り下ろしたゴブリンの打撃は、身体強化のかかったボクの身体にトドメを刺すには至らなかった。
棍棒を持ったゴブリンが、覗き込むようにしてボクの顔を見ている。
まだボクに息のあるコトを確認すると、彼はふたたび棍棒を振り上げた。
その時だった。
「いやっ、シャノワさん! だめ。やめてえっ!」
ラステルの泣き叫ぶような声がした。
その叫び声とともに、びりびりと震える空気。同時にボクを取り囲んでいたゴブリンたちと、彼女に襲いかかろうとしていたオーガたちが吹き飛ばされていた。
(……衝撃波!?)
オーガとゴブリンたちは、なにが起きたのか分からない様子で尻もちをついたまま目をまあるくして固まっている。
薄く開いているボクの目に飛び込んできたのは、いままでに見たこともないラステルの姿だった。
(こ、これは!?)
彼女の全身から魔力が溢れ出している。
それは、まばゆいばかりの光を放ちながら湧き出しているように見えた。
(全属性の魔力の光!? いや……、違う。アレは、もっと上位のモノだ。なんて神々しい……)
ラステルはおもむろに立ち上がると、吹き飛ばされたゴブリンたちを凍り付くような冷たい表情で睨んだ。
「「あなたたち。シャノワさんから離れて」」
ふたりのニンゲンの声が、重なっているようなカンジがした。
ラステルともうひとり……。
まばゆい魔力を羽衣のように
ボクに視線を向けて顔を歪ませた後、彼女はボクとゴブリンたちの間に立った。
ゴブリンたちはラステルの顔を見るなり、尻もちをついた状態で足をばたばた動かして後退りし始める。
彼らの顔には、恐怖に怯えるような表情が浮かんでいた。
彼女は、いま、どんな顔をしているのだろうか?
「「……許さない」」
そして彼女は、
ボクには、その瞬間を捉えるのがやっとだった。魔力の循環がすこし乱れて動体視力が落ちているコトを差し引いても、寒気がするほどの速さだ。
音もなく、一瞬よりも短い瞬間に抜かれた剣。
魔物たちに、その瞬間は見えなかっただろう。
彼らの目には、いつの間にか剣を抜いていたかのように映ったハズだ。
そして
「「ここから去りなさい」」
凍り付くほど底冷えするような声で、ラステルはそう言った。
ボクの視界に映るゴブリンたちの怯えた顔。
かたかたと身体を震わせて、ずるずると後退りしている。
そしてボクたちに背を向けると、彼らは一目散に森のなかへと駆けて行った。
つぎにラステルが視線を向けたその先には、彼女を襲おうとしていたオーガたち。
彼女のあまりの迫力に怯えたのか、残りのオーガもわたわたと森のなかへと逃げ込んでいく。
魔物たちが森の奥へ消えていくのを見届けたラステルは、ぐったりと倒れるボクを抱き上げて治癒魔法をかけてくれた。
聖属性特有の白い光がボクを包み込み、痛みが消えて身体中の傷を癒していく。
その光のなかでボクは、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる彼女を見ていた。
その表情は、ほんのすこし前になにかのトラウマに苦しんでいたラステルのものとは思えなかった。
姿かたちはラステルなのに、べつのヒトのように見える。
この魔力……、そして圧倒的な存在感。
いったい、彼女の身になにが起きたのだろう?
ボクを包み込んでいた光が静かに消えていく。
どうやら、魔物たちとの戦闘で身体に受けたボクのダメージは回復したようだ。
すると、ラステルから溢れ出していた魔力も静かに消えていく。
ラステルはすこしふらついて、ボクを抱っこしたまま座り込んだ。
そして、しばらくの間ぼんやりとしていた。
彼女自身、自分の身になにが起きたのかよく分かっていないようだった。
やがて、はっとなにかに気が付いたように腕のなかのボクに視線を落とした。
「シャノワさん、シャノワさんっ! ごめんなさい」
彼女はボクをきゅうっと抱きしめて、ボクの頭と首筋をしきりになでなでしている。
ラステルの身体のぬくもりが、ボクの身体にじんわりと伝わってくる。
ボクは、ラステルの頬っぺたをペロッと舐めた。
(もうすこしで死ぬところだったケド、キミのおかげで助かったよ。ありがとう)
ラステルはボクを抱っこしたまま、自力で立ち上がった。
まだ、ふらふらしているものの、なんとか動くコトくらいはできるみたいだ。
そして、そのまま池を眺めていた。
しばらくすると、目を閉じて彼女はひとつ呟いた。
「……あのとき、お母様が言っていたのは、こういう事だったのでしょうか? これが『
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