第21話 シャノワの選択 

 水晶池にやって来た。

 その畔を歩いて下見している途中、ラステルの身に異変が生じた。

 これ以上は、おそらくムリだろう。

 今日の討伐は、これまでだ。けれども、ひとつ問題がある。


 (どうやって、拠点に戻ればいいかな?)


 ラステルは、トラウマ発動中のようだ。

 しゃがみこんで、身体を震わせている。

 しばらくは、移動できる状態ではない。

 落ち着く気配も見えない。


 ニィ。


 ラステルを見上げて、ないてみる。

 彼女の視線は、地面に落とされたままだ。


 ボクは彼女の膝に左前足を乗せて、もう一度、


 ニィ


 とないてみた。

 すると苦しみで歪んだラステルの顔が、ボクに向けられた。


「シャノワさん……。そうですね。アルメアボアが、出現しそうなポイントを探さないと……」


 そう言って、彼女は無理やり作り笑いを浮かべた。


 そして、かたかたと震える身体で無理やり立ち上がろうとするラステル。

 すこしふらついているが、なんとか立ち上がるコトだけはできた。

 けれども、足が震えて前に出ない。


 彼女は、そんな自分の姿に苛立ち始めたようだ。

 やがて、自分の足に言い聞かせるように言った。


「動いて、わたしの足。動け……」


 足は、ほとんど前に出なかった。


「動いてよおっ! お願い、動いてえっ!」


 顔を歪ませ、太ももに拳を叩きつけている。

 それでも足の震えは止まらず、一歩も前に出ない。

 力が入らないのか、ふたたびしゃがみこんでしまった。


(……だめか。困ったね)


 ラステルが落ち着くのを待つほかない。けれども、この状態で水晶池周辺に長時間過ごすのは危険だ。

 森のなかの水場には、いろいろな魔物が集まって来るからだ。

 まぁ、集まって来るのは魔物だけではないケドね。


 ボクはネコの頭で、ラステルを移動させるコトができる手段は無いものかと考えた。


(重力操作でラステルを移動……、ムリか。重力操作は、ニンゲンや動物・魔物に使えないや……)


 重力操作は重力を操作して物を動かしたりする魔法だ。けれども、なぜかイキモノには効かない。

 また物の大きさ重さに応じて、消費する魔力量も異なる。

 物が大きければ大きいほど、重ければ重いほど魔力を消費する。


 いろいろ思案してみたけれど、良い解決策が思い浮かばない。

 ラステルの方はというと、


「ち、違います。わたしは強くなるために、強くなって、守られるのではなく誰かを守る側になりたいの」


 などと、座り込んでなにやら独り言を呟いていた。

 いまだ立ち直る気配は見えない。


(……っ! くっ、こんなときに)


 ひげが、ぴりりっとした。

 ボクは森の方に顔を向け、索敵スキルでさらに詳しい状況を探る。


(ゴブリン……10体と、べつ方向から、……オーガが5体か)


 どちらも、ややゆっくりとした速度で水晶池に向かっている。


 移動速度や動きから推測すると、どうやら水場を求めてやって来たようだ。

 ボクたちの存在を見つけて、こちらに向かって来ているワケではないらしい。


 問題は、こちらが発見されたとき。

 ここにいるのがボクだけなら、襲撃されてもすべて討ち果たすコトはできる。

 

 けれども、いまはラステルがいる。


 そして、向こうの数がすこし多い。

 ボクがなんとか抑えるとしても、討ち漏らした魔物がラステルに襲いかかるかもしれない。


 彼女は、ご覧の通りの状態だ。

 とても、逃げられる状態ではない。


 戦うなど、もってのほか。

 剣もクロスボウも待つコトができないような状態だ。

 そもそも、オーガに対抗できるだけの実力があるかも微妙なところ。

 

 いま彼女が襲われたら、ひとたまりもないだろう。

 

 どう戦うかな?

 場合によっては、決断しなきゃならないかもね。


 ボクの頭に浮かんだ選択肢は、


 ①ボクが魔物たちを引き付けて、ラステルの方へ向かわせないように抑える。

 ②ラステルの傍で集まってきた魔物と戦う。


 後者がいちばん無難に思える。けれども魔物とラステルの距離が近いぶん、彼女を守りきれない可能性もある。

 前者の場合、討ち漏らしたさいの対処が必要になる。けれども、ラステルとの距離を稼ぐコトができれば可能かもしれない。


 いまなら、まだ魔物たちは茂みの向こう側。

 森のなかで戦えば、魔物たちがラステルを発見して彼女に襲いかかる可能性は低い。


(移動速度はオーガよりもゴブリンンの方が速いから、まずゴブリンたちを引き付けつつオーガたちの進路上に誘い出すかな……。あの状態のラステルから離れるのも、すこし心配ではあるケドね)


 それでなお、彼女が他の魔物に襲われたときは、残念だケド諦めるしかない。


 ボクは、選択した。


 ゴブリンたちがいる方向へ駆け出した。

 ぽよぽよするスライムたちを飛び越えて、樹木の間を縫うように駆ける。


 やがて、こちらに向かって歩いてくるゴブリンたちに遭遇した。


 ボクはゴブリンたちの前にちょこんと座り、毛繕いをして顔を洗う。

 すると、格好の獲物を見つけたとばかりにゴブリンたちが、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。


 数体のゴブリンたちがボクに襲いかかって来るのを確認し、とてててとオーガたちのいる方向へ走る。


 ボクの後を追いかけて来るゴブリンたち。

 どうやら、陽動は上手くいきそうだ。


 振り返って、10体のゴブリンが後を追って来るのを確認する。

 とてててと走る。

 また振り返って、10体のゴブリンが後を追って来るのを確認する。

 とてててと走る。


 そんなことを繰り返しているうちに、森のなかを歩くオーガたちの姿を発見した。


 ゴブリンたちの声が聞こえたのか、彼らもこちらの様子をうかがっている。

 そしてボクを見つけたオーガたちは、獲物を見つけたとばかりにこちらに向かってきた。


 ボクは、ゴブリン10体とオーガ5体にちょうど挟まれるような状況になった。


(うん。ラステルからも離れ過ぎず、茂みの向こう側にいる彼女の存在にも気付かれない、いいカンジの位置だね)


 ゴブリンたちやオーガたちのなかには、棍棒や剣をもっている個体もいる。


(さて、始めますか)


 ボクは、身体強化を発動する。

 相手の数が多いので、素早さで翻弄しつつ討ち取りたい。

 動きが遅くなる防御魔法は展開しなかった。


 まず、正面に立つオーガに向かって跳んだ。右前足を袈裟懸けに振る。

 鉄をも切り裂くネコ爪「アルテマクロウ」の斬撃が、オーガを3つの肉塊に変えていた。

 ボクの周りに、赤い豪雨が降り注ぐ。


 まず、1体。


 後から飛びかかるように襲ってくるゴブリン。その顎を、左後ろ足で跳ね上げる。

 岩をも穿うがつ「ねこキック」。

 ゴブリンの首から上の部分が、爆発したように大小の肉片を撒き散らす。


 2体。


 棍棒を振り上げて、2体のゴブリンが襲いかかって来る。

 ボクは、彼らが振り下ろした武器をひらりと躱す。右側のゴブリンのこめかみ辺りを、左前足でフック気味に「ねこパンチ」。

 岩をも砕く打撃を受けたゴブリンの頭が、粉々に砕け散る。


 そして左回転する勢いを利用して、右後足を回し蹴りするようにアルテマクロウを放った。

 その斬撃を受けた左側にいたゴブリンの頭と胴体が、崩れるようにどさどさとずれ落ちて3つの肉塊が転がる。


 これで、4体。


 すると今度は、2体のオーガがボクに襲いかかって来た。

 一方は刃こぼれの酷いぼろぼろの剣を、もう一方は棍棒を持っている。


 剣を持ったオーガが、ぼろぼろの武器を振り下ろす。

 それをボクはひょいと躱すと、その斬撃がボクの後ろに迫っていたゴブリンを真っ二つにした。

 棍棒を持ったオーガも、手に持つ武器を無造作に振り回した。

 けれども、その打撃もボクにひょひょいと躱された。近くにいたゴブリンを撲殺しただけだった。


 ボクは剣を持つオーガへ飛びかかる。右前足でアルテマクロウを放った。

 そして、右回転しながら左後足でアルテマクロウを放とうとした瞬間、それは起きた。


 空中で、背中に強い打撃を受けた。

 まともに着地できず、身体が2、3回バウンドした。


(がはっ! なっ、なになに!?)

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