第17話 ゴブリン討伐②――ラステル視点

★気分の悪くなる場面があります。とくに食事のあとに読むことをお勧めします。


🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈


 ラステルです。

 わたしは、いま、シャノワさんと蒼の森にいます。


 まず、ゴブリンが出現するというポイントへ向かことにしました。

 不慣れな森なので、迷わないように「ろうの翼」のマスター・ディエゴが下さった地図を確認しながら進みます。


 蒼の森にきたのは、これが初めてではありません。

 ヴィラ・ドスト王国からアルメア王国へ亡命するさい、この蒼の森を抜けました。

 といっても、ほとんど竜車のなかから街道の左右に広がるこの森を眺めていただけですが。


 こうして森のなかに分け入ってみると、この森の壮観な光景に圧倒されます。


 樹齢何百年なのかも判らない大樹が、立ち並んでいます。

 それらの木々は、大きく腕を広げるかのように枝を伸ばしていました。

 また既に森で役目を終えた大木が折り重なるように倒れ朽ちて、きれいな緑の苔がそれをふんわりと包み込むように生えています。


 森のなかは薄暗くシンと静まり返っていて、ときどき鳥や獣の声がするくらいです。

 わたしやシャノワさんが歩を進めるたびに、落葉や枯枝を踏みしめる音が、はっきりと聞こえるほどでした。


 そして、なんだか、とてもほっとするような香りがしますね。

 これが木の香り、森の香りなのですね。


 アルメア王国へ向かっているときは、肉体的にも精神的にも疲れきっていました。

 このような香りを感じる余裕など、まったくありませんでした。


(……ああ、少し喉が渇きましたね)


 腰に下げていた水筒から、ひとくち水を口に含みました。


 ふふっ。ただの水でも、森のなかにいるだけで美味しく感じます。


 そして、わたしは立ち並ぶ大樹を見上げながら、ひとつ深呼吸をしました。


 もういちど、地図で現在地とゴブリンの出現ポイントを確認します。

 ……ゴブリンの出現ポイントは、ここからそう遠くはないようです。


 シャノワさんは、時折、わたしの方を見上げながら、ぴんと尻尾を立てて私の傍をとてとて歩いています。

 そんな仕草が可愛らしくて、これから魔物の討伐課題に挑む筈なのに、目が合うたび思わず笑みがこぼれてしまいます。


 しばらく歩いていくと、岩や茂みの多い場所に辿り着きました。

 マスタ―・ディエゴが話して下さったゴブリンの出現ポイントは、確かこのような場所だったと思います。


 この森では、ゴブリンは弱い魔物であることから、岩場や茂みに潜んで不意討ちをかけて来ることが多いそうです。


「この辺りでゴブリンが現れると、マスター・ディエゴに聞きましたが……」


 辺りを見回してみました。しかし、ゴブリンらしき姿は見当りません。


 わたしは「索敵スキル」を使えません。

 索敵用の魔法陣は知っています。エンチャントするか魔法陣を額帯に書き込むなどすれば、索敵も可能なのですが……。


 魔力の消費が激しいのが難点です。


 スキルを持たない者が魔法陣を用いて同じことをする場合、スキルを持つ者よりも多くの魔力を消費するのです。


 索敵の場合、索敵範囲を広げれば広げるほど多くの魔力を消費します。

 便利なのですが、いざというときのことを考えると、索敵に魔力を使うのは得策とは思えません。


 遠くのものを視認したり、小さな音を聞き取るだけなら身体強化を使えば可能です。


 身体強化なら、わたしにも使えます。

 

 なにか異変を感じたときには、身体強化で対応することにしましょう。

 

 そんなことを考えていると、後ろの方から飛び立つ鳥の鳴き声がしました。


 ヴィラ・ドストにいるとき、兵法学で勉強しました。

 戦場で鳥が一斉に飛び立ったときは、敵が近づいている可能性を考慮せよと。


 ここは戦場ではありませんが、少なくとも近くになにかがいる可能性があります。


 わたしは振り返って、身体強化を使い視力と聴力を高めていきました。


 じっと注意深く見つめていると、子供くらいの身長をしたモノが茂みに隠れてこちらを窺っているのが見えました。


「……いました」


 わたしは、咄嗟に荷物をその場に置きました。


 そしてシャノワさんを抱っこして、すぐさま近くの大樹の陰に飛び込み、身を隠します。


 グギャ、クギャ、グガッ……。


 少し離れたところから、ゴブリン達の声が聞こえます。


 わたしは右腕を身体強化して、ナイフを大樹に突き刺しました。


 そして突き刺したナイフを足場にして、大樹から延びる太い枝へとシャノワさんを抱え跳躍します。


 ……この木登りの方法は、ヴィラ・ドストで暮らしているときにジュストから教わったものです。

 思い出して、胸の奥がきゅっと痛みました。


「ちょっと窮屈な所ですが、少しの間だけ、ここにいて下さい」


 わたしは大樹の太い枝に跨がりそう囁くと、シャノワさんをひとつ上の太い枝に乗せました。


 クロスボウに矢をセットして構えます。


 現れたのは、3体のゴブリン。


 わたしの荷物を見つけて騒いでいます。

 そして荷物を覗き込んだり、叩いたりしていました。


(……あまり荷物を荒らさないで下さいね)


 まずは一番手前の右端にいる、あのゴブリンを狙いましょう。


 照準をそのゴブリンに合わせます。


(いやっ、あの時の記憶が蘇りそう……。だめ、集中しなきゃ)


 棒立ちになったゴブリンの頭部を狙い、少し震える指でトリガーを引きました。


(お願い、当たって!)


 シュッという音とともに放たれた矢は、ゴブリンの頭部に命中してくれました。

 矢の音に気が付いたのか、トリガーを引いた瞬間こちらに顔を向けたため、矢は眉間を射貫いていました。


 矢を受けたゴブリンは、そのまま仰向けに倒れています。

 残りのゴブリン達は、呆然と倒れた仲間を眺めています。


 チャンスです。

 彼らが動き出す前に、残り2体も討伐してしまいましょう。


 わたしは、すぐさま矢筒から2本の矢を抜いて、そのうちの一本をセットしました。

 そしてクロスボウを構え、2体のうち左側にいるゴブリンに照準を合わせます。


 トリガーを引いて、すぐに2本目の矢をセットし、右側に立っていたゴブリンを狙って矢を放ちました。


 2本とも、彼らの頭部を貫通しています。


 わたしは、ほっと胸をなで下ろしました。


 列流道場で練習させてもらったおかげです。こんなふうに、連射もできるようになりました。けれども初めての実戦で、ここまで上手くいくとは思いませんでした。


 ほかのゴブリンや魔物が現れないうちに、魔石を取り出してしまいましょう。


 わたしは、一応、ゴブリン達が動かなくなったのを確認し、シャノワさんを抱っこして枝から飛び降りました。


 さきほど大樹に刺したナイフを抜いて、頭部を射貫いたゴブリン達の方へ歩いているときでした。


 脳裏にあのときの記憶が蘇ってきたのです。


 アルメアへ亡命するさいに起きた出来事。

 ジュストのこと、ホブゴブリン達に襲われたときのこと……。


 あのときの悲しみと恐怖が、わたしの身体を支配していきます。

 顔から血の気が引いていくのを感じました。

 手足の震えも止まりません。


 しばらくゴブリンの死体を前にして、立ちすくんでいました。


(だめ、しっかりしなきゃ。強く、強くならなきゃ……)


 わたしは目を閉じて首を左右に振り、ナイフを見つめます。

 なんとか気持ちを落ち着かせようと、じっとナイフの切先を見つめます。


 そして震える手でゴブリンの身体にナイフを入れて、解体作業に取りかかりました。


 なんとか3体のゴブリンを解体して、魔石を摘出することができました。

  

 土属性魔法でゴブリンの死体を埋設した後になっても、わたしの身体の震えは止まりませんでした。


 その様子をシャノワさんは、ちょこんと座って見ていました。


 わたしは、思わずシャノワさんをきゅっと抱きしめました。

 あたたかくて、もふもふの毛並みです。

 ふわぁと胸のなかに安堵感が広がっていきました。 


 つぎは、ホーンラビットの討伐ですね。


 地図を確認しながら、今度はホーンラビットの出現ポイントへ向かいます。

 森のなかを慎重に進んで行くと、少し開けた場所に出ました。


「ホーンラビットの出現ポイントは、この辺りということでしたね」


 ホーンラビットは、臆病で警戒心の強い魔物です。


 自分よりも強い魔物に襲われたりしないよう、草むらや茂みに身を隠して安全を確認してから行動するそうです。

 また強い魔物や人間に出会うと、一目散にぴょんぴょん跳ねて逃げてしまいます。

 しかし追いつめられると、頭頂部から生えた鋭い角を立てて捨て身の特攻をしかけてくるそうです。


 わたしはシャノワさんを抱っこしながら、草むらや茂みのなかにホーンラビットのアレが落ちていないか見て回りました。

 黒くて、ウサギのモノよりも二回りほど大きな丸い形をしていると聞きました。


 しばらく探し回っていると、茂みのなかにアレらしき黒いモノを発見しました。


「ここにしましょう」


 茂みの近くに「ろうの翼」で譲っていただいたくくり罠を仕掛けます。

 そして、近くの木に目印をつけました。


 明日、仕掛けた罠を見に来ましょう。

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