第16話 ゴブリン討伐①

 ―――アルメア王国の国土の約4分の1を占め、隣国にまで広がる大森林、


 蒼の森。


 様々な種類の樹木が生い茂り、多種多様な草花が森に彩を添える。


 この森の樹木や草花がもたらす恵みは、虫や大小様々な動物達、そして多くの魔物達を育み、学術的にもユニークな生態系を作り出した。


 アルメア王国の民にとっても、この森は彼らの生活や文化を支える重要な場所である。


 彼らは豊かな森から食料や燃料、木材、石材、毛皮、鉱物、魔物素材等の日常生活に欠かせないモノを採取・狩猟して、その恵みを享受してきたからだ。


 そして、この森は多くの冒険者たちにとっても特別な場所。


 彼らに夢と希望を与え、

 彼らに試練と絶望与え、

 彼らに生と死を与えてきた森。


 冒険者たちの多くが、最初に訪れる森。


 ここにもギルドの討伐課題に挑むため、黒猫とともにこの大森林へと向かうひとりの少女がいた。


 ラステル・クィン。


 彼女こそ、後に近隣諸国を震撼させる「アルメアの死天使」である。


 🐈🐈🐈🐈🐈🐈


 いまボクたちは、街道脇の木陰で、芳蓮閣ほうれんかくの女将メイリンから渡された特製弁当を食べている。


 メイリンは、わざわざラステルの弁当とボクの弁当をそれぞれに作ってくれた。


(おおぅ……、ら、雷鳥のソテーが入ってる!)


 ネコというと魚が好きだと思われがちだ。けれども、ボクはあまり好きじゃない。


 はむ、はむ、はむ。

 

(鳥っ、鳥肉、大好きっ! 香ばしくて噛めば噛むほど味が……)


「シャノワさんのお弁当も、美味しそうですね」


 ボクは、雷鳥のソテーに夢中でかぶりついている。


 ボクの頭の上からラステルの声がした。いまは、それどころではない。


 鳥だ。

 しかも雷鳥だ。


 いましばらくは、この素敵なお弁当を味わうコトに全集中したい。


 お弁当を食べた後、ふたたびウォルバンズ街道を西へと歩いた。

 ボクたちが、蒼の森に入ったのは昼過ぎだった。


 ラステルは辺りを警戒しながら、しんと静まり返った薄暗い森の奥へと進んで行く。


 すでに、矢筒と皮のベルトのついたクロスボウが、ラステルの肩から下げられていた。


 木々の間から差す木漏れ日が、落ち葉の積もる地面を所々スポットライトのように照らしている。

 昼間でもひんやりとする空気は、樹の香りがした。


 この森は、アルメアの民に多くの恵みをもたらしてきた。

 けれども、森へ入った者に鋭利な牙を剥くコトもあった。


 深く分け入り迷ってしまうと、森から出るのが困難になる。

 とくに森の奥へ進めば進むほど、討伐ランクの高い魔物が出現する。

 森のなかを彷徨さまよっている間に、手に負えない魔物に襲われるなどして、命を落としかねない。


 それは、ギルド9625の冒険者たちも例外ではなかった。


 昔、ウチのギルドで冒険者登録されたコトに浮かれて、無謀にもこの森の深部へ入った新米冒険者がいた。


 彼の行方は、未だ知れない。


 ギルド9625で尊敬を集めた経験豊富なベテランの冒険者がいた。


 その彼でさえも、この森で命を落とした。


 発見された遺体は、酷い状態だった。

 近くに落ちていた認識票ドッグタグから、彼だと判明した。


 この森は、数多くの冒険者の命を奪ってきた。

 そんな牙を併せ持つ危険な森でもある。


 ラステルは、時折、ギルド「ろうの翼」のマスター・ディエゴから貰った地図で慎重に現在地を確認しながら、討伐ポイントへ向かっている。


 決して向こう見ずな行動をここまではとっていない。


(この慎重さがあれば、命を落とす危険性はすくないかもしれないね)


「この辺りでゴブリンが現れると、マスター・ディエゴに聞きましたが……」


 歩きながら、ラステルは辺りをきょろきょろと見回した。


 彼女は、索敵スキルを使えない。

 だから魔物がどの辺りに潜んでいるかは、視認する以外に方法はない。


 エンチャントのときのように、索敵の魔法陣を用いるコトもできるのかもしれない。けれども、そのような魔法陣を使用している様子はない。

 魔力消費を考慮して、使わなかったのかもしれない。


 森に入ってからボクは、索敵スキルを発動している。


 だから、ボクには判る。


 マスター・ディエゴが言った通りだった。

 ひげが、ぴりりとする。


 近くに、ゴブリンが3体潜んでいる。


 どうやら、こちらの様子を窺っているようだ。


(遠巻きに、こちらを見ているね。いつ、襲ってくるかな?)


 ボクは、時折、ラステルを見上げながら彼女の側をとてとて歩いていた。


(ゴブリンが、すこしずつ接近してきている。彼女は、どこで気が付くかな?)


 魔物の接近に気付くのが遅れると、当然ながら、準備していた対策などは無意味になる。

 場合によっては致命的だ。


 後方から飛び立つ鳥の鳴き声がする。


 するとラステルは立ち止まり、振り返って鳥の鳴き声がした方向をじっと見つめていた。

 身体強化をして、視力と聴力を高めているようだ。


「……いました」


 そう言うと、なぜか荷物をその場に置いた。


 そしてボクを抱っこして、すぐさま近くの大樹の陰に身を隠した。


 グギャ、クギャ、グガッ……。


 すこし離れたところから、ゴブリンたちの声が聞こえる。


 落葉や枯れ枝をぱきぱきと踏みしめながら、こちらへ向かっている。


 ラステルは右腕を身体強化すると、ナイフを大樹に突き刺した。


 そして突き刺したナイフを足場にして、彼女は大樹から延びる太い枝へとボクを片腕に抱えて跳躍する。


「ちょっと窮屈な所ですが、少しの間だけ、ここにいて下さい」


 大樹の太い枝に跨がったラステルは、そう囁くとボクをひとつ上の太い枝に乗せた。


 そして、肩から皮のベルトで下げていたクロスボウに矢をセットして構える。


 やがて3体のゴブリンが姿をあらわし、ラステルの荷物を見つけて騒ぎだした。


 ゴブリンたちは、荷物を囲むように周りに立っている。

 そして荷物を覗き込んだり、叩いたりしていた。


 ボクはその様子を見て、ラステルの行動を理解した。


(そういうコトか。ゴブリンたちの注意を引くために、その場に荷物を置いたんだね)


 ラステルは、どうやら1体のゴブリンに照準を合わせたようだ。


 シュッという音とともに放たれた矢。

 ゴブリンの眉間に命中した。


 矢を受けたゴブリンは、そのまま仰向けに倒れている。


 突然のコトに、残りのゴブリンたちは固まっていた。


 なにが起きたのか?

 なぜアイツは、倒れているのか?


 そんな表情をしているように見える。


 が、それはゴブリンたちにとって、命取りでしかない。


 倒れている仲間を呆然と眺めている間に、2本の矢が彼らの頭部を貫通していた。


 声もなく、ばたばたと倒れる2体のゴブリン。


(おお、コレ、結構スゴくない?)


 いきなり、ゴブリン3体を瞬殺。

 いいカンジだ。


 ラステルはゴブリンたちが動かなくなったのを確認すると、ボクを抱っこして枝から飛び降りた。

 大樹に刺したナイフを抜いて、先ほど射貫いたゴブリンたちの方へ歩く。


 あとは手早く解体して魔石を取り出し、残りの課題を片付けるだけだ。


 ……が、ふいにラステルの足が止まった。


(ん? なんだか顔色が良くないね)


 青ざめた顔で、彼女はゴブリンの死体を眺めている。

 手足も震えている。


 ほどなく、彼女は目を閉じて首を左右に振った。まるで、なにかを振り払うかのように。

 そして、ナイフの切先を見る。

 それから意を決したように、ゴブリンの身体にナイフを入れて解体作業を始めた。


(……すこし気になるね。ロックオーガのときは、自分からすすんで解体を買って出たよね? まぁ、手間取っているなとは思ったケド……)


 あのときは、たんに魔物の解体に慣れていないだけだと思っていた。

 けれども、いまラステルが見せた挙動は、慣れとは質が異なるモノに思えた。

 魔物の死体が気持ち悪いとか、そういう理由でもない気がする。


 なんだろう?

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