第11話 クィンの末裔――ラステル視点②
★残酷な描写があります。苦手な方は、ご注意下さい。
🐈🐈🐈🐈🐈
「お嬢様、私とジュストで彼を止めます。その間に外へ逃れて下さい」
フランツが、ディランに向けて剣を構えたまま言いました。
ディランの前に立つフランツとわたしの後ろにいるジュストなら、
けれども、ふたりを置いて逃げることはしたくありません。
わたしが
「お嬢様、いきましょう」
とターニャが、わたしの目を見て言いました。
そして、わたしの手を引いて玄関へ向かおうとしたその時でした。
フランツに背を向け歩き出そうとすると、ジュストがわたし達に向けて剣を突き付けてきたのです。
わたしとターニャは、思わず後退りしました。
「ジュスト?」
切っ先の奥でジュストの底光りする青い双眸が、わたし達を見つめています。
「ラステル様。貴女を処分します。貴女は、ここで死ぬべきだ」
(ジュスト!? ……どうして?)
ジュストは、わたしが8歳になったときから、護衛騎士として側にいてくれた人です。
わたしをいつも守ってくれた人が……、
わたしを守ってくれる筈の剣が……、
わたしを殺そうとしています。
フランツはディランに対峙しています。
こちらを気にしているようですが、相手は
ジュストまで相手にするのは、流石に厳しいでしょう。
ターニャが、わたしの前に出て短剣を構えました。
「ジュスト。貴男が、騎士団庁に密告を?」
ターニャの問いかけに、ジュストは答えません。
剣の切っ先の向こうから、わたしとターニャを感情のない表情でじっと見ています。
ジリジリと焦げ付くような緊迫した空気に包まれました。
先に動いたのは、ジュストでした。
彼は驚いたように目を見開くと、なぜか受身をとるように左後ろに転がりました。
ターニャは、右手に持った短剣を半身の状態で構えたままです。
しかし、いつの間にか左手には筒状の物が握られていました。
「
ターニャは、ジュストが体勢を崩している隙をついて、斬りかかりました。
ジュストは、しばらく防戦一方でした。
ターニャは短剣による攻撃のほかに、蹴りや拳打、魔力弾を織り交ぜて闘っています。
その独特の呼吸と間合いに、ジュストは翻弄されているようでした。
流石に旗色が悪いと考えたのでしょう。
彼は仕切り直すため、いったん大きく後方に飛び退いて、間合いを取りました。
そして、大きく踏み込んで剣を振り下ろします。
ターニャは、顔を歪ませて凄まじい斬撃に耐えていましたが、ついに、短剣を飛ばされてしまいました。
「いやっ。ターニャ、逃げて!」
わたしが叫んでも、ターニャは動こうとしません。
両腕を大きく広げて、わたしの前に立っています。
「やめてっ! ジュスト、殺さないで!」
「これで、終わりです」
ジュストが無表情でターニャに向けて剣を振り下ろそうとした刹那、
ターニャとジュストの間に大きな影が割り込み、ギィンと金属音がしました。
「なっ、なに!? 貴様、何者だ?」
「……」
一体、どこから現れたのか分かりませんが、黒いローブを纏ったとても大きな人です。
腕に金属製の籠手をしているのでしょうか。
両腕を交差して、ジュストが振り下ろした剣を受け止めていました。
ジュストは、大きく目を見開いて
「我ガ名ハ、アモン。我ガ友マリアトノ盟約ヲ果タス」
そう言うと、彼はジュストの顎を蹴り上げました。
暗かったうえに、振りの速い蹴りです。
ジュストといえども、目でとらえることは困難だったでしょう。
ジュストは「うぐっ」と声を上げて仰け反り、たたらを踏んでいます。
その隙にアモンと名乗った男は真っ直ぐ前に踏み込み、手刀でジュストの胸を貫きました。
ぐったりとなったジュストの背中から、アモンの左手が手首の辺りまで突き出ているのが見えました。
「ばっ、がはっ……」
そして、ゆっくりとその手を引き抜いていきます。
引き抜いたその手には、ジュストの心臓が握られていました。
ジュストの亡骸が床にベシャッと崩れ落ち、貫かれた胸の傷口から出た血が床に拡がっていきます。
アモンはジュストの心臓を眺めていましたが、やがてそれを片手で上に掲げました。
そして、ぎゅうっと果実を搾るようにして心臓を握り、仮面から長い舌を伸ばして滴る血を飲み始めたのです。
あまりに凄惨な光景に、わたし達は戦慄しました。
手で口を塞いで、喉の奥から酸っぱいモノがせり上がるのを必死に堪えました。
「……うわぁ、ヤバいヒトが来ましたね」
なおも剣を構えたままディランは、なぜか笑みを浮かべています。
「コノ娘ヲ処分スルトイウナラバ、同ジ運命ヲ辿ルコトニナロウ」
仮面を被っているので、アモンの表情は判りません。
しかし、その奥で酷薄な目が鋭く光っています。
血に飢えた怪物を、間近に見た思いです。
ディランは、ため息をつくと、一歩後ろに下がって剣を鞘に収めました。
しかし今も浮かべている笑みは、少しひきつっています。
「王家の守護様に剣を向けるほど、傲慢じゃあないですよ」
そう言って、両腕を少し広げ肩を竦めました。
フランツは警戒を解いていませんが、どうやらディランは、わたしの処分を諦めたようです。
「守護……さま?」
ターニャの方を見ると、彼女は目を閉じて頷きました。
「王宮に住まうと言われる王家の守護者と聞いています。実際にお会いしたのは、私も初めてです」
「でも、どうして、王家の守護様がわたしを?」
「王妃イザベラ様は、マリア様とは王立学院時代のご学友でした。おそらくマリア様が、イザベラ様を介してお願いしたのでしょう」
わたしは首を傾げました。
(アモンはお母様を「友」と呼んでいました……。一体、アモンはお母様を、どのような経緯で友と呼ぶようになったのでしょうか?)
そんな事を考えていると、アモンはわたし達に背中を向けて歩き始めました。
アモンが玄関の扉を開けると、外にはディランの命令で館に配置されていた兵が、クロスボウや剣を構えています。
「やめろ! そいつに手を出すな。森の外へ引け!」
ディランの指示に兵士達は顔を見合せていましたが、すぐに森の外へと引いて行きました。
「ふぅ、すっかり忘れていた」
そう言って、ディランは胸をなで下ろしています。
おそらく戦闘になっても、アモンの手によって瞬時に
ディランは、仮にわたし達を討ち取ることができたとしても被害が大きすぎると判断したようです。
周囲を見回してから、アモンはわたし達に振り返って言いました。
「行クガイイ。我ガ友ノ娘ヨ。
そして高く飛び上がったかと思うと、すうっと暗闇のなかへ溶けるように消えて行きました。
もう、どこにも彼の姿はありません。
「……お嬢様、私達もいきましょう」
後ろに立つディランの動きを警戒しながら、フランツがわたしに言いました。
「ああっと、ちょっと待って。みなさん、どちらへ向かうおつもりですか?」
走り出そうとするわたし達に、ディランが声をかけてきました。
「それを、お前に話すと思うのか?」
フランツが、ディランを睨みながら言いました。
「まぁ、そうでしょうけど。オルトナ方面はオススメしません。テスラン方面にしていただけませんか」
なぜ、テスラン方面なのでしょうか?
先ほどまで、わたし達の命を狙っていた男の言うことです。
信用できる筈がありません。
わたし達は、怪訝な顔でディランを見ました。
「オルトナ方面は、僕の捜索担当なのです。貴方達がこちらへ来ると、また、アノ怖いヒトが来そうです。というワケで、あちらへ行ってください」
そう言うと、シッシッと追い払うような仕草をしています。
「……」
どうやら、ここは見逃してくれるようです。
わたし達は顔を見合せ、半信半疑ながら森のなかへ駆け込んだのでした。
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