第46話 越智合闇影戦⑫
咳き込むのと同時に、口から血が零れていく。
ゆっくり、指の先から死に向かっていく感覚。
「フハハハハハハハハハハハハハハハッ‼」
神縣玄導は、月下に嗤う。
「……」
「ぐっ、うぅッ‼」
俺の身体を貫いた氷の槍は、弾けて消えた。そしてそこには到底人智では残るはずのない傷跡。傷口はゆっくりと凍っている。
「愚かだな、君は。今の君であればあの攻撃をかわすことなど容易かっただろうに。何故そうしなかった?」
遠くから耳鳴りが聞こえる。ノイズに阻まれながら聞こえてくる神縣玄導の声に、俺は笑って返す。
「何故、だと……? 当たり前のこと、聞くんじゃねぇよ……。俺が苦しんでるときに助けてくれた人が苦しんでたら、助けんのが当たり前だろうが……!」
「フハハ。下らん、実に下らないな。君は何のためにその力を手に入れたんだ? こんなところで死ぬためじゃないだろう?」
「そう……、だな。……ふっ、ああ、こんなところで死にゃしねぇよ……!」
「何を言っている? その傷じゃ――」
胸の奥で鼓動が聞こえる。鼓動ごしに声が聞こえる。
――貴様は愚か者だな。
ずっとしっかり、はっきり。ぼやけた視界のピントが合うように。すぐ近くで囁かれるように。
――力を貸して欲しいのなら、貴様の身体を寄越せ。
身体を共有しているからなのか。その声の真意を体感的に察知する。
俺は目を閉じた。
闇――、否、黒の空間。禍々しさもないが、かといって穏やかさもない。虚無の空間。そしてそこに鎮座するそれを見て、俺は改めて実感するのだ。
自分の中に何がいるのかを。
「お前が炎壊か」
炎が意思を持ったように、身をよじらせ、黒の空間の中で燃え盛っていた。炎壊、炎懐龍。俺の中にいる、力。
――貴様と出会うのは、2度目だな。
「そうなのか? 俺は初めてだと思ったんだけど」
――まぁいいだろう。それで? 何を考えている?
「力を寄越せ」
――何?
「ちなみに身体は渡さない」
――貴様はやはり愚か者だな。人間のくせに、交換条件というものを知らないのか。
「お前人間じゃないじゃん」
――口は達者なようだが。
「俺はこのままじゃ死ぬ。でもここで死ぬわけにはいかない。だから力を寄越せ、っていうか助けろ」
――何故私がそんなことを言われて助けると思った? 貴様が死ねばそれまで。私は再び壊獣としてそちらの世界へ行くだけだ。
「いや。そうはならないよ」
――なんだと?
「多分、俺は凍る。氷漬けだ。壊獣が術師から出るのは、その死体が大地に返ったとき。氷漬けのままだったら俺もお前もずっとそのままだ」
――……。
「ついでに、壊術師は術師としての血の濃さがそのまま契約できる壊獣の強さに直結する。俺はよく分かんねぇけど、俺の中の血が普通と違うなら、お前が再封印されても他の奴の中にいるのと俺の中にいるのとじゃ、違うんじゃないか?」
――何が言いたい?
「力を寄越せって、言ってんだ。俺は雪南さんを助けたい」
――確かに、お前の傷を治すことは出来る。だが、あの小娘を救う術など私は知らないぞ。
「俺も分からない」
――じゃあ……。
「でも、お前の力があれば、神縣玄導をぶっ飛ばせる」
――は?
「そうすれば、何とかなるかもしれない。少なくとも、このまま放っておくよりもずっとマシだ」
――それでも助からなかったら?
「助けられる人を探す。でも、だとしても神縣玄導はぶっ飛ばす」
――何故?
「雪南さん、そのお母さん……。詳しいことはわからないけど、アイツはきっと他にも似たようなことをしてる。放っておいたら、これからも同じような目に合う人が出てくる。それは止めなくちゃいけない。それに、愛夢さんの腕を奪ったのも、大元はアイツだろうし。借りも返す。あとは――」
――あとは?
「単純に腹が立つ」
胸の内にたぎるこの炎。炎壊がより一層、激しく燃え盛っている。
これ以上同じような目に合う人を出さないためにも。
借りを返すためにも。
何より、俺はもう頭に来てるんだ。
「だから、炎壊。力を寄越せ」
炎壊を睨みつける。炎の龍は、しばし俺を見つめたあと、吹き出すように笑いだした。
――ハハハハハ! なるほどな。いい怒りだ。私に力を寄越せと言い放つのも面白い。やはり貴様は愚か者だ。愚か者だが、面白いな。
炎壊が顔をぐいと近づけてくる。
――いいだろう。力を貸してやる。ただし……、加減はしない。貴様が扱いきれなければ、力が暴走して壊物となる。共倒れだ。私も貴様もな。その覚悟はあるか?
にやりと笑うその顔に、俺は負けじとにやりと笑って返す。
「上等だ」
――いい返事だ。
「――何が、何が起きている⁉」
神縣玄導の声が聞こえる。
「傷がふさがっていくだと――⁉」
全身に、燃えるように力が巡っていく。
「貴様、それは――、その姿は――‼」
目を開く。
視界は明瞭。状況は何一つとして好転していない。乗っ取られたままの雪南さんと、元凶である神縣玄導は無傷。
「まさか、炎壊の、壊獣神装(かいじゅうじんそう)――⁉」
腹部を見ると、身体の穴は消えていた。代わりに、金色と白色の燃える装飾が。
「うぉお⁉ なにこれなにこれ⁉」
よく見れば両腕も、両脚も、ぺたぺた身体を触ってみたら、あちこちにつけた覚えのない武装や装飾が。頭にも。しかし、身体は全く重くなく、むしろ今までで一番軽い、絶好調だった。
――狼狽えるな。
炎壊の声が頭の中からはっきりと響いてくる。
「炎壊⁉」
――これは、壊獣神装。壊獣の力をすべて受け入れ、その上でそれ以上を引き出すことが出来る、血の濃い術師と強力な壊獣のみが可能な術だ。
「だからこんなに力が溢れてくるのか……」
――だが不完全かつ未熟な貴様では長くは持たない。加えて反動も大きい。三分だ。それ以上戦えば壊物になると思え。
手を握ったり開いたりして、感覚を確かめる。
――私は貴様の怒りの炎になってやろう。それを絶やすな。さすれば私の力は無限に向上し続ける。
「なるほど……」
――覚悟はよいか?
キッと目の前の神縣玄導を睨みつける。
「絶対にぶっ飛ばす」
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