第45話 越智合闇影戦⑪
越智合総合スポーツセンター。その敷地の中に建設された、まだ真新しい野球スタジアム。その中心に、俺たちは降り立つ。
「強大で、禍々しい……。この気配――」
蒸し暑い空気のような、身体にまとわりつく気配。立っているだけで、少しずつ脳を侵食されてしまいそうだ。
「――‼ 下!」
ドゴァァアアアアアアンッ‼
グラウンドから土を抉って、巨大な闇の顎が現れる。
「なんだ、これ……⁉」
辛うじてかわし、その顎を目の当たりにして、気が付く。
「今までのヤツの比じゃない」
これまで戦ってきたヤツのものも、充分脅威だった。しかし、今目の前にあるこれは、それまでのモノとは非にならない。最早、穴。
しかし。
「はあああぁああッ!」
全身の術力を、右腕に。空を割いて駆ける火炎は、その顎を貫いた。
「どんだけ強くても、俺はもう負けられない」
身体に炎を纏う。
頭の中でイメージした通りに力が使える。
「雪南さん。やりましょう」
「無理はしないでよ」
「はい」
客席の方から、立て続けに轟音。
闇の触手が囲い込まれた。うねうねと蠢き、こちらの様子を窺っている。
「行くよ!」
その声と共に、氷の柱が俺の足元に立ち現れる。
一気に空中へ跳ね上がる。
「はぁッ!」
炎を纏ったまま、空中を飛び回る。
一瞬にして触手へ迫り、全術力と火力を込めた拳を撃つ。
バン!
空気が割れる音と共に、触手が弾けて消えた。
「次!」
そのまま、次々に触手を破壊する。
しかし、破壊すると、そのそばからどんどんと新たな触手が現れてきた。
「クソ、キリがない」
「灯也、上に飛んで!」
「!」
その声に反応し、高く空へ飛び上がる。
「氷剣獄(ひょうけんごく)!」
雪南さんを中心に、氷が広がる。
そして瞬く間に、スタジアム中の闇の触手は氷の剣でめった刺しにされて消えていった。
「ふぅ」
「相変わらずとんでもないですね……。いつもこんな規模で技使わないのに」
「香澄さんの力を借りてるから」
そう言って、雪南さんは自分の手を握った。
すると、どこからともなく拍手が聞こえてくる。続いて、聞いたことのある声。
「いやはやお見事。流石、神山の娘さんというべきかな」
そこに立っていたのは、紳士的な印象を受ける老人。
「――神縣玄導様……⁉」
「神縣……? って、壊術の開祖の?」
この新人戦の開会の時に聞いた声。協会の名誉会長と言っていたか。
「何故こんなところに?」
雪南さんが彼に駆け寄る。
そのとき。
悪寒。痛みのような。電撃と共に身体を駆ける。全身から冷や汗が噴き出す。
何が起きている? なんだこの感覚は。
吐き気に直接叩き込むような。気分の悪さ。
理解より早く、叫ぶ。
「雪南さん‼」
「――え?」
雪南さんの周りを、闇が蔽う。
そして、その姿が見えなくなると同時に。
聞こえてくるのは、叫び声。
苦しみと、悲しみと、怒りと。声がかすれ、気が狂ったように、声を、音を。
「雪南さんッ‼」
何が起こっているのかは分からない。
でも、感覚的に理解できた。
「ふふふ。ハハハ‼」
その声は神縣玄導のもの。
彼から感じた気配は、人間のそれではない。
そして、雪南さんを襲っているのは、その力。
即ち、闇の力。
俺は地面を吹き飛ばして、一気に玄導へ迫る。
「雪南さんを、放せェエッ‼」
しかし、その拳が届く直前。
ほのかな冷気と共に、俺の身体は氷に阻まれる。
「まさ――、か――……‼」
氷を壊して、距離を取る。
「せつな、さん……!」
神縣玄導を守ったのは、他でもない雪南さん。
少しずつ、闇が晴れていく。
「そんな……!」
現れた彼女の見た目は、いつもとなんら変わらない。でも、今の俺ならわかる。間違えようもない。その身に纏う雰囲気は、力は、禍々しく、荒々しいモノ。
「素晴らしい。素晴らしいよ神山雪南君!」
伏せていた顔を上げる。その瞳に光は一筋もない。
「君のお母様も素晴らしかったが……。娘の君はあの空幻君の才能も余すことなく受け継いでいて……。最高だよ!」
玄導は、雪南さんの顔を眺め、そして空にその声を轟かせる。
「ああ、今でも思い出す。君のお母さんを殺した時の、空幻君の顔を」
「……なんだと?」
以前、雪南さんは、お母さんが任務中に妊婦さんを守って死んだ、と言っていた。だから自分はもう誰も死なせないのだと。
「まさか、お前……」
玄導の笑みは、一点の曇りもない。その腕を雪南さんの肩に回し、顎に手を添える。
「そのまさかさ。彼女と同じように闇で侵して、空幻君と殺し合わせた」
今までで一番速く。
背後を取って、玄導を。
ガギィイインッ‼
「――!」
その背を守ったのは、黒く淀んだ、氷の壁。
「クソ……!」
堅い。
「フハハハハ、いいぞ、神山雪南君。さぁ、彼を殺せ」
ザザザザザッ‼
氷の刃が、四方八方から俺に向けて放たれる。全て辛うじてかわすが、即座に氷の槍が飛んできた。体勢が悪くてかわせない。術力を、炎を込めて殴って破壊する。
開けた視界に、雪南さんがいない。
ふわりと舞ったのは氷の花弁。
身体中から熱を放射し、無差別ではあるが周囲の氷の花弁を一気に解かす。
しかし、今度は細い、氷の針が俺の腕に刺さった。
そこから、少しずつ身体が凍っていく。
「くっ!」
炎を放って、氷を解かす。
しかし今度は、脚が凍らされている。身体が動かない。
「しまッ――!」
ガシャアン‼
氷の柱で思いきり突き飛ばされ、脚の氷も砕けたが、身体の骨も砕けてしまった。
「ぐっ、がはッ!」
地面に転がりながら、雪南さんと玄導を見る。
強い。そして、やりにくい。
俺が一点集中の術力の使い方をしていることを知っているからか。
術力が巡っていないところでは炎を放てない。
身体の一部を凍らせ、そこを解かすためにそこに術力を流す。
しかしそっちはブラフであり、その後の攻撃こそ本命。
対応が全て後手に回っているせいで、いつまで経っても対応の対応をされ続けるだけになってしまった。
「どうした? 死んでしまうぞ?」
身体が壊れていく感覚がある。
「クソ。お前、何が目的だ!」
「私か? そうだな、……本物に成り代わること、かな」
「なんだと?」
「松神一志を通して君のことをずっと見ていた。そして、教えたじゃないか。君を殺すためだと。そういうことさ」
バガァアアアアン‼
「‼」
地面から現れた闇の触手が、俺の身体を締め上げ、持ち上げた。
「さらばだ。穢れた血統。神形の血よ」
「ぐっ……、うッ! 何、を……⁉」
「雪南君。やりなさい」
氷の槍が、ゆっくりと形成されていく。
「せつな、さん……! しっかり、しっかりしてください――!」
「フハハ。無駄だよ。もう彼女に何を言っても聞こえない。私の命令を聞くだけの玩具さ」
やがて、その槍が完成し。そして、俺に向けられた。
「やれ」
「雪南さん――‼」
月夜に、肉を貫く音が響く。
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