第44話 越智合闇影戦⑩
霞が晴れた夜空。浮かぶ月の明かりは、彼女の笑顔を美しく照らした。
視界が潤んで、雫が落ちる。
歯を食いしばる。
手に残る温もりの残滓。少しずつ風に流れていく。
「……灯也」
雪南さんの声は、優しくも厳しい。
「まだ終わってないよ」
彼女は最後に言った。運命に負けないで、と。
俺が何を背負っているのか。俺の身体に何が起きたのか。何がいるのか。何故こうなったのか。何故、何故、何故。分からないことだらけだ。
ただ、ここでこうして彼女に出会い、そして彼女を殺めることが俺の運命だったというのなら。出会った友が、俺の命を狙う敵だったのも、運命だったというのなら。
そして、これからもこんなことが続くというのなら。
俺は、なんのために、この力を手に入れたのか。
彼女が、自分の恋人のために戦い続けたように。俺はなんのために戦い続けてきたのか。それを考えれば、答えなんて考えるまでもない。
握っていた手を離す。
「ありがとう。香澄さん」
俺は立ち上がった。
「行きましょう。雪南さん」
「……うん」
どんな運命の果てに、今があるのだろうか。そしてこの先、どんな運命が待っているのか。まだわからない。
でも、俺は負けない。負けるわけにはいかない。
誰かを守るために手に入れた力。その力で奪った命。報いるために。応えるために。抗うために。
戦う。戦い続ける。そして、負けない。
空幻さんが作った空間は破壊され、今戦っているのはいつもの世界。つまり、ここで出た被害はそのまま残る。
「今、愛夢さんが闇の使者と戦ってる。私たちも加勢しよう」
「闇の使者?」
「私と愛夢さんと一緒に、神城公園に現れたアイツ。闇の能力を使う、妙な男」
思い当たる節がある。恐らく一志君も同じ……。
「でも、それは分身。そして恐らく、壊獣の能力は、闇……。闇壊よ」
「闇壊……」
「その分身の仮称、それが闇の使者。こいつらは、闇で喰ってくる。喰った能力は、自分のものとして使える」
「……それ、もしかしたら能力だけじゃないかもしれません」
「どういうこと?」
「俺、棘を出す能力を出す強面の術師と戦ったんです。でも、そいつは闇の攻撃で喰われて死んだ。と、思ったらそのあと、全く同じ見た目で、闇の能力を使って来たんです」
「ってことは、闇壊の能力は、喰らったものを闇で再現すること……。人でも能力でも、関係なく……」
「分身態にもそれが言えるんだとすれば、闇の分身は増殖を続けて、その上で能力も取り込み続ける」
「まさか……。この新人戦を狙ったのは、それが目的……⁉」
確かに、闇の能力を持つ分身は強かった。俺も火力でギリギリ勝てただけ。普通の術師じゃマトモに戦えないかもしれない。
「闇の使者の大量増殖……」
雪南さんがつぶやいた言葉が、いかに恐ろしいのか。考えるだけでぞっとする。
「見えた! 愛夢さん!」
越智合の外の広い道路。闇の攻撃の手が見える。
パパパと雪南さんが印を結んで突っ込む。
「氷飛刃!」
氷の刃で闇の攻撃を一気に両断。
ザッと着地して、愛夢さんに寄る。
「二人とも無事?」
「はい。まぁ、なんとか」
「うむ。よろしいね。灯也くんも少し見ない間に男前になったんじゃない? なんかあった?」
「……負けられなくなりました」
声色と間で、それがいいことではないと察したのか、愛夢さんは「そっか」とだけ返す。そして、肩を叩いた。
「よし、二人とも、行けるね? やるよ!」
目の前にいる男は、見たことのない男。しかし、恰好を見る感じ、彼もきっと、今回の参加者。俺は拳を握る。
「俺が、やります」
「――!」
「大丈夫?」
「……はい」
身体が軽い。力が漲ってくる。
「時間はかけません。すぐ終わらせます」
術力の巡りがいい。今なら、負ける気がしない。
両腕、両脚に力を込める。
ドン!
炎を噴射して、一気に闇の使者に迫る。
その背後の顎が、俺を喰らうより、遥かに早く。触れた右掌に力を込める。
ボォァッ‼
放たれた炎が、その男を焼き尽くす。
灰燼が風に流れていく。
「なんだ、これ……」
自分でも何が起きたのか分からない。身体が勝手に動いた。
身体中に巡る熱が、これが己の力であると思い知らせて来る。
「灯也! 大丈夫⁉」
「あ、はい。なんとか」
これは、こんな力が出せるのは、意識を失う直前。一志君の言うことを信じるのであれば、俺の中の壊獣、炎壊と融合するとき。
「急にパワーアップしてない? これが特訓の成果ってことぉ?」
愛夢さんが俺の周りをくるくると見て回る。
「いえ……。特訓で教えてもらったのは、いかに力を抑えながら力を使うかっていう方で……。こんなことは」
すると、続々と闇の使者が現れる。
「なんだこの数……⁉」
一体、二体じゃない。十、二十はいる。
「どんどん増えてるんじゃないかにゃ、これ。まるでゾンビパニック映画みたい」
「そんなこと言ってる場合ですか」
「多分、本体を叩かなくちゃどうにもならないパターンだろうね」
「本体……、って。どこにいるのかも分からないのに……」
「――いや。俺、わかるかもしれません」
「え?」
鋭くなったのは、術力の巡りだけじゃない。術力を感じる能力も、確実に鋭くなっている。なんとなくだが、感じるのだ。他の闇の使者とは違う、強い力。
「決勝をやる予定だったスタジアムの地下です……」
「って言っても、この数をどうにかしないと……」
「そうだねぇ。二人に行って欲しいのは山々なんだけど。流石にこの数を私ひとりでどうにかするのは……」
そのとき。
「一の型
一陣の風。俺たちを中心に、一気に闇の使者の首が飛ぶ。
「……紫陽さん!」
俺に新人戦での戦い方を教えてくれた、先輩。神賜紫陽。
「道を作る。二人はそこをいくといい。ここは俺たちが受け持つ」
「なんで、ここに?」
「清さんから連絡があってな。力を貸してほしいって」
「清さんが……」
そして、紫陽さんは刀を構える。
「いいか? 一瞬だ。灯也、お前が一気に駆け抜けろ」
頷く。
「よし。……三の型
一気にスタジアムまでの道が開かれる。
「行け!」
雪南さんを抱え、俺は全火力で飛び上がった。
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