第42話 幕間:霞に想う➅
雪南さんの壊獣の力を、一時的に解放する。時間は3分。その間に灯也さんを元に戻す。
「一瞬でいいので、隙を下さい。そうすればアイツを凍らせるには充分です」
「わかりました……。ただ、私にはもうほとんど術力がありません~。壊獣術式であれば無限に使えますが、それはあくまでも腕がないといけないので~」
というか、印を結ぶこともできない以上術もほぼ使えないも同じだった。
「囮を頼んでおいてなんですけど、大丈夫ですか?」
「まぁ、なんとかなりますよ~」
心配そうな彼女に、いつも通り気の抜けた笑顔で返す。
うん、調子がいい。いつも通りの自分に戻れた。これならいける気がする。
「じゃあ、行きましょうか」
立ち上がった雪南さんに、私は一つ頼み事をした。
「作戦の成功率を上げるため、ひとつ提案なんですけど~……」
「……?」
空の月は、辺りを煌々と照らしている。強い光は、それだけ濃い影を生む。
私と雪南さんは影に潜み、灯也さんは月明かりの下堂々と姿をさらす。
「こちらの攻撃を誘ってますね……。余程自分の力に自身があるんでしょうけど~」
「あの状態の灯也はもう完全に炎壊に身体を乗っ取られてます。元に戻すには、凍らせて一旦意識を奪う他ないんです」
作戦はシンプル。
私が飛び出して隙を作り、その瞬間に雪南さんが灯也さんを凍らせる。そのあと私が手を加えて、終わり。
「香澄さん。絶対に無茶はしないでください。私たちの問題に巻き込んでしまって、申し訳ないんですけど……」
「あはは、そんなことないです……。私が、やりたくてやってることなので~」
深呼吸をして、覚悟を決める。
「さて。では、行きましょう」
「はい!」
勢いよく、月明かりの方へ飛び込む。
「そこか」
完全に背後を取ったはずなのに、灯也さんの反応は早い。
「炎爆・灰燼ノ風穴!」
両腕を合わせて放たれる、一本の炎熱光線。
これをかわす術を、私は持たない。
しかし。
私と炎の間に、氷の盾が現れる。
「ンだとォ⁉」
そのまま、突っ込んでいく。炎の勢いは、氷越しでもわかるほど強烈だが、『縛り』を壊し、一〇〇パーセントの力が使えるようになった雪南さんの氷の盾は、壊れない。
「クソが!」
その盾を足場にして、私は灯也さんの後ろに回る。
「行きますよ……! 縛壊‼」
凍らせてもらった腕で、灯也さんの身体に触れる。この状態の彼は高熱のバリアに包まれているらしいが、今の私の腕にそんなものは関係ない。
ビシィッ‼
「捕獲完了、です!」
灯也さんの両腕両脚、身体までも、赤黒い縄で縛り付ける。
「ンだコレ……! 動けねぇ……、燃えねぇ⁉」
「無駄ですよ……。それは縛壊の力なので~。どれだけ高熱の炎だろうと、どれだけ鋭い刃だろうと、その縛りから抜けることはできません~」
「これでチェックメイト、ですね~」
辺りに、氷の粒が集まってくる。
「クソ、クソ、クソクソクソォ‼ クソがァアアッ‼」
その叫び声と共に、瞬きのその隙に氷漬けになって、完全に沈黙してしまった。
「は~……。終わりましたぁ~」
「香澄さん! 大丈夫ですか⁉」
「あ、はい……。お陰様で~」
「でも、手が――!」
灯也さんに触れた右手は、もう跡形もない。氷でコーティングされていたとはいえ、焼け焦げ、灰になってしまっていた。
「まぁ仕方ないですよ~。どうせ切断することになってたでしょうし、手間が省けたってもんですね~」
「笑えないですよ、それは……」
「左手があれば、懐獣術式は使えますし……。さて、もう一仕事、やりますか~」
縛壊で壊獣の力との契約に干渉できるのであれば、灯也さんの身体に起きていることにも、何かできることがあるかもしれない。
それは、私にしかできないことだし。
今の私が、私のやりたいことのためにできること。
「雪南さん。申し訳ないんですけど、氷を解いてもらってもいいですか~?」
「わかりました。でも、何があるかわからないので、油断はしないでくださいね」
「はい……。心得てます~」
氷から解放された灯也さんは、本当に死んだように眠っていた。
「大丈夫なんですか、これ……。本当に死んだんじゃ~」
「正直私も、一〇〇パーセントの力でやったことなかったので、多少加減はしたんですけど……」
「まぁ、脈はあるようなので……。いずれ目を覚ますかと~」
そして、残った左手で灯也さんの身体に触れる。
術力を、左手に。
そのとき。
「香澄さん‼」
雪南さんの声と同時に、鮮血が宙に舞う。
「――あ」
私の身体を、灯也さんの腕が貫いた。
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