第40話 幕間:霞に想う④

「あぁ、あぁあああ……」

 壊獣も、建物も、木や地面も、グラウンドの中央にあったオブジェクトも。そして、私

を救ってくれた影壊も。

 力が抜け、膝をつく。

 頭が真っ白になって行く。

「チッ。面白くねぇ」

 ぼんやりと、声が聞こえることだけを認識できている。

「さて。テメェはどうしてやろうか。手足を先からゆっくりと焼いていくか? それとも、頭のてっぺんから?」

 言葉の意味を理解できない。

「どうやって殺してやろうか」

 私に抵抗する気力も力も残っていない。このまま、死を待つだけ。

 結局、私は何のためにここまで戦い、何のために生き残ったのか。

「とりあえず、片足、貰ってやるぜ――‼」


 しかし、炎の光が私を斬ることはなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 私でもない。灯也さんでもない。慧くんでも……、ない。

「灯也‼ しっかりして‼」

 聞き覚えのない声に、私は顔を上げた。

 すると、腕を振り上げた灯也さんは氷漬けになっていた。

その奥に立っていた黒髪の少女が私に呼びかける。

「あなたも、大丈夫⁉」

「誰、ですか……?」

「私? 私は神山雪南」

 神山雪南……。知っている。術師最強、空壊くうかいを操る術師 神山空幻の一人娘。

 ピキピキ、と氷にヒビが入り、程なく灯也さんはその中から現れる。

「だァクソ‼ 氷女、テメェ、いいところだって言うのに茶々入れやがって。ぶっ殺す」

 灯也さんは、右腕をブン、と振った。同時に私の目の前に氷塊が立ち上がり、何かから私を守った。ふらふらになりながら立ち上がる。溶け焦げたそれを見るに、腕の一振りで私の首を刎ねるつもりだったらしい。それを彼女が守ってくれたのだ。

「いつもより元気みたいね。やれるもんならやってみなさいよ」

 氷塵を纏って、少女は不敵に笑った。

「舐めんなよ、クソ女が。いつもみてェに行くと思ったら大間違いだぜ」

「それはこっちのセリフ。いつも手加減してあげてるわけだし、今回は全力で戦えそうで良かった」

 自信があるのか、彼女は笑顔と軽口を絶やさない。

「ぶっ殺す」

 灯也さんの両腕が光る。

爓燈えんどう――」

氷旋獄ひょうせんごく

 しかし、その光が放たれるより先に、灯也さんの周囲は一瞬にして氷の柱で螺旋状に囲われ、その中に閉じ込められた。

氷結棺ひょうけつかん

 レベルが違う。何が起きているのか全く分からない。

「な、なにを……?」

 思わず口をついて出てしまった。

「凍らせたの」

「えっ……?」

「あの中で灯也のバカを氷漬けにしてやってるってこと」

「えっ、あの……。え? 大丈夫なんですか~?」

「大丈夫……っていうか、多分効いてない」

 その真意を問うより先に、状況が説明してくれた。

 氷を溶かし割って、中から灯也さんが出てきた。

「ほらね」

 しかし彼女は余裕そうだ。

「クソが、これで――ッ」

氷連棺ひょうれんかん

 また。灯也さんが何かやろうと構えると、それを放つより先に彼女が灯也さんを氷に閉じ込める。今度は何重にも重なった氷の棺。

 こういうのをワンサイドゲームというのか。

「ダメだこりゃ」

「え?」

「いや、ちょっとやそっとじゃどうにもなりそうにないなぁって。動ける? 一回離脱しよう。それで作戦を立て直さなくちゃ」

 優勢に見えるがそうではないらしい。私は立ち上がる。

「わかりました……。大丈夫です、走れます~」

「よし。じゃあ私が隙を作るから、そのタイミングで南の野球場の方に行こう」

「了解です~」

 すると、三度氷の中から出てくる。

「クソ女が……。パキパキパキパキ凍らせやがって、うぜぇな」

 明らかにイライラ度が増している。

 こうして見ていれば見ているほど、あの灯也さんとは思えない。一体彼に何が起きているのか、知りたい。

「今度はこっちから行くよ――!」

 雪南さんが素早く印を結び、両手をスケートリンクにつける。

「術式併合! 氷塵獄ひょうじんごくプラス氷旋舞ひょうせんぶ‼」

 凄まじいほどの密度で氷の塵が舞い上がる。そしてそれは徐々に旋回し、やがて氷の塵の竜巻となる。

氷・雪・桜・花ひょうせつおうか‼」

「ぐっ⁉」

 猛烈な勢いで渦を巻くその氷の塵に、灯也さんは完全に捕らえられる。

「行こう! こっち!」

「はい~!」

 その隙を見て、私と雪南さんは全力で球場の方へと駆け出した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「大丈夫?」

 先ほどまで戦闘をしていたにも関わらず、雪南さんは全然平気そうだった。

「すみません、大丈夫です……。ご迷惑おかけします~」

「ううん。えーと、あなたは?」

「私は神内香澄です……」

「神内、ってことは。あれ? もしかして……年上?」

 神内五姉妹の年齢を知っていたのか。彼女はみるみるうちに申し訳なさそうな表情になって行った。

「あ、はい……。一応、二十二歳です~」

「すっ、すみません! 私、そうとは知らずタメ口で!」

「あっいえいえ……。よく間違われるのでお気になさらず~。灯也さんにも間違われましたし~」

「! 灯也を知ってるんですか⁉」

「あ、はい……。別にあの場所にたまたま居合わせたわけではなくて~。今回の新人戦開始時から灯也さんとは行動を共にしてました~」

「そうなんですね……」

「あの、灯也さんは、どうしてしまったんですか~? 今の灯也さんは、灯也さんであって灯也さんでないというか……」

 すると、雪南さんは難しそうな表情をしたあと、灯也さんのことについて、色々と話をしてくれた。

 彼の中にはSSランクの壊獣「炎壊」がいること。そして、力を使いすぎると炎壊に段々と身体を乗っ取られ、神宮灯也としての意識を失い、ああして暴走してしまうこと。そして、今までは暴走の度に雪南さんが氷に閉じ込め、意識を戻していたこと。

「とはいえ、今回みたいに長く暴走したことはないから……」

 それは暗に、どうすれば灯也さんを救えるか分からない、ということだろう。その表情は、先ほどまで悠然と戦っていた彼女の姿とは真逆のもの。震えている。

「あの、つかぬ事をお伺いしますが……。灯也さんと雪南さんはお付き合いなさってるんですか~?」

 彼女の顔は、ボシュッと音がするほど一気に真っ赤になった。

「なっ、なん、なななななにを⁉」

 その初々しい反応に内心癒されつつも、私はとある作戦を彼女に語った。

 慧くんから聞いた話を元に考えると。

 恐らく灯也さんは、神形家の生き残り。その濃い血が、あの炎壊との状態になる原因じゃないか。で、あれば。

「私のこの腕を凍らせてくれませんか~?」

「えっ⁉」

「私なら……、灯也さんを救えるかもしれません~」

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