第39話 幕間:霞に想う③

――それは、闇の壊獣、闇壊獅をその身に宿した男――。壊術師協会の名誉会長、神縣玄導だ。

「神縣玄導……」

 ――その目的は、神宮灯也の殺害。

「灯也さんの……?」

 ――そして、神形家の血を完全に断つこと。

「神『形』?」

 神形かみがたという名前は、壊術師の開祖、神形かみがた明曉めいぎょうのもの。開祖への敬意と畏敬を込め、神『縣』と字を改めた、と聞いた。そしてそれからもその血は絶えることなく今に続いている。

「どういうことですか、灯也さんは一体、なんなんですか~?」

 ――彼は、神形家最後の生き残りだ。

「神形家……⁉」

 ――神形明曉には、正妻の他に妾がいた。それが、実の妹であるあかねだ。

「実の妹⁉ それってつまり、近親で――」

 ――そうだ。そうして、表の神縣家の他に、人知れず相続されていたのが、もう一つの神形家。壊術とか関わらないように、普通の人としてずっと続いてきたらしい。

「じゃあ、灯也さんがあんな感じになっちゃうのとも関係が……?」

 ――いや。それは分からない。だが、そうして相続されてきた一族だからこそ、神形家は、表の神縣家よりもずっと開祖の血が濃いんだ。

「なるほど……」

 血の濃さ、強さがほぼ術力や力に直結する。私が他の姉妹に劣るのは、五女であるせいだ、と聞いたこともある。

「じゃあ、神縣玄導は、神縣家の力を示すために、神形家を……?」

 ――そうなる。十五年前、神形家の存在に気付いた玄導は、五年の歳月をかけて本家、分家、関係者を全て抹殺。そして十年前、最後の生き残りだった神宮灯也……、いや、神形かみがたそうの家族を殺した。

「それだけ大きな事件であれば、報道もされているのでは……?」

 ――いや。報道はおろか、一般に知られてもいない。闇の中に取り込んだから、死体も残らない。

「闇の中に取り込むって、慧くんが行方不明になったみたいに?」

 ――あぁ。そして、俺みたいな一般人は人型の影壊に。壊術師の力を持っている人間は、闇の力を使う術師として、使役される。

「……」

 人型の影壊。

 そして、松神一志という男。謎の攻撃。

 仮にあれを闇の攻撃として、松神一志が、かつて闇に飲まれた術師だとすれば。

「今回のこの新人戦そのものが、最初から灯也さんを殺すために動いていたってことになるんじゃ……!」

 慧くんはゆっくりと頷いた。

 全身を悪寒が駆け巡る。

 だというのなら、私含め、関係のない一般術師は。そのことを分かってやったのか、分からないバカなのか。どちらにしても、そんな人物が術師のトップに近い位置にいることが恐ろしい。

「神縣玄導は、影壊や闇の術師を使って灯也さんを殺すつもりなんですか~?」

 ――恐らく。『神宮灯也』であるうちはそれで充分だろう、という腹積もりだ。

「神宮灯也であるうち、って……?」

 ――それは。

 そこまで書いた時だった。

 突然慧くんが私を抱えて、スケートリンクの端から端へ滑る。そしてさっきまで私達がいたところの氷は、溶け、水も蒸発し、ただコンクリートの焦げ跡が残るだけになっていた。

「やァっと見つけたぜ」

「灯也さん……‼」

 紅蓮の炎を纏い、悠然と現れた彼は、最早先刻までの礼儀正しく、正義感にあふれる彼ではない。瞳まで緋色に輝き、私達に向けて確かな殺意を込めた視線を投げてくる。

 硬直。

 一瞬でも気を抜いたら死ぬ。その確かな実感だけが、私の全身を駆け巡る。

 この腕では何もできない。せめて、肉壁になるくらいしか。

「動くな。動いたら殺す」

 私と慧くんを炎の壁が囲う。

「どういうわけか、いつも俺を邪魔する氷女がいないようだしなァ。こんなに長時間自由に動けるのは、目覚めた日以来だ」

 声だけで上機嫌だと分かる。

「久しぶりに自由なんだ……。じっくりといたぶってから殺してやるよ」

 冷や汗が頬を伝う。

 何か、何かないか。打開策は。

 その時、慧くんが私の肩をとんとんと叩いた。

「ど、どうしました……?」

 ちょいちょい、と足下を指さす。そこを見ると、いつの間にか、文字が書いてあった。

「……俺が飛び出て真っすぐオブジェクトを破壊するから、一瞬だけ隙を作ってくれないか――、って」

 慧くんは頷いた。

「だ、ダメですよ……! そんなことしたら、死んじゃいますって!」

 どちらにしても、ここでこのままいたら死ぬ。それはわかっているんだ。

「なにか……。なにかあるはずです。慧くんがそんな危険なことをしなくても、状況を打開できる策が……!」

 口ではそう言うが、頭は上手く回らない。如何にして彼を行かせまいか、とそればかりが頭の中を埋めていく。

 すると、慧くんは私の頭を撫でた。それは彼が、いつも別れ際にやる挨拶のようなもの。渋る私を落ち着けるように、ゆっくりと頭を撫でる。その仕草も、動きも、なにもかつての彼と変わらない。姿が変わっても、やはり彼は鹿角慧なんだ。

「慧くん……!」

 彼の手が離れる。

「待って!」

 ドオオオオンッ‼

 慧くんが思いきり氷の地面を叩く。炎の壁が割れる。

 風が吹いて、目を開くとそこにもう彼の姿はない。

「慧くん‼」

 灯也さんは顔だけ、慧くんの走り去った先へ向けた。

「先に死にてぇようだなァ?」

 左掌を、慧くんの方に向ける。

「灯也さん、やめ――」

爓燈えんどう灰燼ノ覇道かいじんのはどう

 光が破裂する。闇夜を割く。

 一直線に、力強く放たれた炎熱光線は、その左掌の延長線上にあった全てを焼き払い、灰燼に帰した。

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