第36話 越智合闇影戦⑧

「俺が、壊獣だと?」

 にやりと嗤うその表情に殺気を感じた。反射的に、炎を放つ。

「おっと」

 彼はあっさりと俺から離れて、その攻撃をかわした。

 激しい頭痛と、遠のく意識。しかし、まただんだんと術力を上手く使えるようになってきた。

「その症状。それが人間ではないことの何よりの証拠だよ」

「じゃあ、俺を殺そうとするのは……。俺が壊獣だからなのか?」

「いや。それとこれとは関係ない。というか――。、殺さない方がいいんだけれどね」

「どういう――」

 彼が消える。俺は考えるより先に、体育館の二階を吹き飛ばした。

 ドゴォオオオオンッ‼

「ぐゥゥッ……!」

 ダメだ。頭が割れそうだ。

 ――――。

 抑えろ、抑えろ抑えろ抑えろ!

「やはり凄まじい力だ。これで炎壊の力の半分にも満たないとは」

 瓦礫の中から、やはり無傷で彼は現れた。

 息が切れる。視界も歪んでいく。身体のバランスが取れない。でも、それでも負けるわけにはいかない!

「オォォラアァッ‼」

 右腕の一振りに合わせて大火を放つ。狙って術式を組んで術を発動する余裕などない。しかし逆に、身体に力が満ちている今なら、純粋な力押しでもそれ相応の威力があるはずだ。

 ――――――。

 ノイズを絡ませ頭に響く声を無視しながら、戦闘を続行する。

「ハァアアッ!」

 左腕で真っすぐに炎を放つ。

「闇顎」

「‼」 

 声に反応して後ろに飛び退く。

 炎の向こうから、黒い顎が口を開けて迫り、俺が放った炎ごと瓦礫を喰らった。

「くっそ」

 ――だ――。そ――ゃ、――――ぞ?

 強くなる頭痛と、併せて少しずつ鮮明になって行く声。

闇刃あんじん

 響く声に気を取られ、反応が遅れる。素早く踏み切って上へ跳ぶ。しかし、今度は俺が跳んだのに合わせて刃が曲がって追って来た。

「ぐっ⁉」

 脇腹を斬られる。深くはないが、決して看過出来るほど浅くもない。

 代命受符の残りは少ない。

「こんなところで……」

 彼が今回の事件の首謀者なのか。それとも、他にいるのか。どちらにしても、オブジェクトを破壊するためには大量の壊獣を相手にする必要がある。ここで受符を使い切ってしまうことは避けたいが。

「あれ? 君の代命受符はあの棘壊きょくかいの術師に削られたと思ったけど」

「なんでそんなこと――」

「だって、俺もあの場にいたし」

「じゃあ、あの術師を殺したのは――」

「そう。俺だよ」

「……!」

 火が猛る音がした。

「逃げていた二人の術師はどうした?」

「彼らも殺したよ。カスみたいな術師だったけど――、まぁ、腹の足しにくらいはなったかな」

「……‼」

 火が猛る音がする。

「ははは。凄い殺気だ。これも炎壊の影響かな? それとも、君自身の怒りかな?」

 ――せ。――こ――せ。ころせ。

「もう一つ、いいことを教えてやろう。最初に戦ったあのゴリラ。俺がトドメをさした方は、百穿抗で死んでるよ。すぐにあそこから離脱したから気づかなかっただろうけど」

 思い返せばあの後、男は動かなかった。

「君は俺が人を殺したことに怒っているのだろうけど……。知らなかったとはいえ、君の目の前でも堂々と行われていたんだよ。それは」

 パチン、と火の粉が弾けた。

「お前だけは、絶対に許さない」

 全身に術力を巡らせる。

「さて。お遊びはこのくらいにしようか」

 彼は右腕を上に掲げる。

「闇刃」

 またあの闇の刃。さっきよりも多い。

「死ね」

 無数の闇の刃が、正面から俺目掛けて襲い掛かる。

 高く跳ぶ。やはり、刃は一斉に方向を変え、俺を追ってくる。だが、構うものか。ドカン、と爆発を起こして加速。一気に彼に迫る。刃は俺の挙動についてこれなかったのか、追って来ていない。

「ハァアアアアアアアアアアアアッ‼」

 炎を纏って突撃。しかし手応えはなく、彼は俺の背後に無傷で立っていた。

「髪の色を見る限り、まだ辛うじて灯也君のままらしい。修行の成果かな?」

「黙れ」

「だがそのせいで、力を使いこなせていない。ははは、滑稽だな」

「黙れっつってんだよ」

 高出力の炎を使った高速機動。一瞬にして背後を取って、そのままフルパワーで蹴りを入れる。しかしやはり手応えがない。

「無駄だよ」

 身体の自由はだんだん効かなくなってくる。しかし、逆にどんどんと感覚は鋭くなって行く。身体中から訴えられる。このままでは死ぬ、と。

「――くそッ‼」

 頭痛は強くなる。また同じように力を使ったら、今度は意識を保っていられないかもしれない。でも、このままじゃ勝てないのも明白だった。

 一つだけ、作戦を思いついた。しかしそれには――。

「これで終わりにしよう」

 彼は、もっと高く右腕を掲げる。

「闇刃」

 今までの非にならないほどの数の刃。

 これをすべてかわし、その懐に潜り込む必要がある。冷静に考えて無謀。だが、だからといって諦めるわけにはいかない。諦められない。

これまでの刃は俺を追って来た。でも、さっき爆風で動いた時は、追えていなかった。じゃあ、ギリギリまで引きつけたあとに普通に跳ぶのではなく、爆発の不規則な跳び方ならかわせるんじゃないか。上手く行かなかったり、タイミングを間違ったりしたら、その瞬間に死ぬけれど。

骸骸盛屍斬がいがいしょうしざん

右腕を振り下ろす。無数の刃が勢いよく向かってくる。

 イチかバチか――!

 一斉に襲い掛かる闇の刃をギリギリまで引きつける。まだ、まだまだ――。

「――今!」

一発、足元で炎を爆発させる。ふわりと身体が衝撃で浮き上がる。

「‼」

 刃は、俺の動きについてこれていない。今しかない。

炎を噴射して、間合いを詰める。そして、彼の身体をしっかりと掴んで、俺は全力で上に跳び上がった。屋根を突き破って、夜空へ身を投げ出す。

「何を――」

 あと少し。一度でも術を使えば、もう戻れないだろう。それは、感覚的に理解できた。

 意識を失った後の俺がどうなるのか分からない。そもそも、彼の言うことを鵜呑みにしてもいいのか。

 でも、一つだけ確かなのは。

「関係のない人を巻き込んだお前を! 俺は絶対に許せない‼」

 身体中の力を総動員して、自爆。自分を焼くつもりで炎を放つ。

 これまでどういう理屈で攻撃をかわしていたのか分からない。しかし仮に、影壊の影潜りのように闇に隠れたんだとしたら。空中では、かわすことは出来ないんじゃないか。

 身体を掴む力を強める。何があっても、この腕だけは絶対に離さない‼

「――ッ‼ ――まさか、自分ごと――ッ⁉」

「くらえぇええええええええええッ‼」

 闇夜の空に、紅蓮の星が輝いた。

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