第34話 越智合闇影戦➅
姿勢を低くして、木々の間、建物の影から影を縫うように進む。
香澄さんと弓道場で別れ、越智合スポーツセンターの東側を走っていた。
「敵も、壊獣もいない……」
仮に、俺と香澄さん以外の参加者が皆死んでいたとして。であれば、四人になった時点で終了の合図があるはず。しかし、時計に表示される参加者は、まだ二十人弱いる。
「何がどうなってるんだ」
円は着々と縮小し、現在は、第四円。〇・三キロメートル範囲に、二十人弱もの参加者が本当にいるのであれば、いつ接敵してもおかしくないのだが。
「あ、そう言えば香澄さんに聞けばよかったな。なんで戦っているのか」
彼女は年上だという。二十二歳だとか。彼女が、術力の少ない自分でも戦える方法を模索し、そして今の形にたどり着くまでに何があったのか。それに興味があった。
「全部終わったら、聞いてみよう」
柵を飛び越えて、屋外プールエリアに入る。このまま真っすぐに突っ切って、テニスコートのところまで行った後、合図を待つ算段だ。
しかし、そう簡単には行かないらしい。
「人型の……、影壊か……?」
そこにいたのは、今までの人型や影壊、どの壊獣とも違う、歪な影。
腕の一振り。
「‼」
すんでのところでかわす。それは、闇の向こうから放たれた、大地を喰らうあの攻撃。
「お前だったのか――!」
月明かりに照らされて、全貌が晒される。右腕が、拍動する巨大な黒い顎と一体になっている。それに伴って、全身の右側だけが不自然に肥大化し、あの歪なシルエットを作っていたらしい。
影壊は、もう一度右腕を振り回す。
「うぉッ!」
大地を抉りながら、右腕の攻撃は適確に俺を狙ってきた。
このまま相手の間合いで戦うんじゃジリ貧だ。
「神山壊術式」
クラウチングスタートの構えを取る。
俺が微動だにしないのを見ると、影壊は案の定、黒い顎で喰らいつきに来る。それを待っていた。ギリギリまで引きつけてから――。
「兎脚」
ドンッ!
一瞬で影壊の懐へ入る。そしてその勢いのまま、手刀で胸を刺し貫いた。
音も声もなく、影壊は霧散する。
「よし、今のうちに――」
そのままの勢いで一気にテニスコートを目指す。
「闇顎・
一歩目を踏み出すと同時。目の前が急に闇に覆われる。
状況を理解するより早く、がむしゃらに身を投げ出す。
「うぉおおおおっ⁉」
バクン、と口が閉じられ、さっきまで立っていた地面が黒い口に飲み込まれる。その大きさは、さっきまで戦っていたヤツの比ではなく大きい。
「なんッ、だよこれ――ッ‼」
「あぁ? 死んでねぇのかよ。クソ」
表皮を、悪寒が撫ぜる。
「あんたは――」
月明かりを背に、闇を纏って現れた男は、ついさっき殺されたはずの、一般参加者。
金色の短髪に、ピアス。強面で、口が悪い。
「まぁいい。ぶっ殺してやんよ」
男は、にやりと笑う。
なんだ、何が起きてる。どういうことだ。この人はさっき死んだはず――。
「くそッ」
混乱する頭を叩いて、無理やり戦闘に意識を引き戻す。
「今は集中しないと……」
普通に戦っても強かった。そして今も、放つ雰囲気で何となく察せる。
この人は、俺よりも強い。
「香澄さん! 接敵した! よくわかんないけど、さっき死んだはずの金髪の怖いお兄さんだ!」
鶴の折り紙に向かって叫ぶ。すると、向こうの羽に文字として写るらしい。
返事を見ている余裕はない。
「オラ、行くぜ‼」
「っ!」
「闇顎」
男が言うと、無数の黒い顎が、俺の四方八方を包んだ。
「
直感で死を悟る。中途半端な出力じゃ勝てない。全力でぶつからなくちゃならない。今の俺のままじゃ、勝てない。
「こうなりゃ、イチかバチかだ――‼」
ドクン、と鼓動を打って、髪の毛が紅蓮に燃える。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ‼
無数の顎は、一斉に一点に喰らいつき、動きを止めた。
「クソが。ザコの分際で手間取らせやがって」
その瞬間である。
刹那、熱風が駆ける。プールの水は全て蒸発し、草木は燃え焦げる。
「だァれが、ザコだと?」
無数の顎の中心から声がする。やがてその顎は、ボロボロと崩れ始めた。
「ぶち殺してやるよ、クソザコ金髪野郎」
紅蓮に燃える髪の毛を風になびかせて、龍の瞳は闇の化身を見据える。
「闇顎!」
迫るそれを、左手で払う。払われた顎は、まるで砂の塊のように、易々と霧散してしまう。
「
俺の周囲に、闇が籠を編むようにドームを作っていく。やがて、地面を喰らいながら、その形を徐々に狭めていく。
しかし。俺の身体に触れる直前でその動きはピタリと止まり、音を立てて闇が燃えていく。
「⁉」
「いつまでもテメェに胸を貸してやる義理はねぇ。最近暴れられなくてイライラしてたんだ。付き合ってもらうぜ?」
爆音と共に、アスファルトが焼け焦げる。
「焔獄・灰燼ノ風穴」
両腕を引いて、前に突き出す。両腕から放たれた炎は、真っすぐに男を飲み込む。空気を焼き、夜空に火花が舞う。
「ぐっあぁああああああああッ‼」
「灰になれ」
やがて、声すらも炎に飲み込まれる。
ボロボロと焦げた塊が落ちた。それを踏みつぶし、俺は空を見上げる。その瞬間、頭蓋にヒビが入ったのかと思うほどの激痛が俺を襲う。
「ぐっ、うぅううッ‼」
それは、薄れていく意識を無理やりに繋ぎ止める、修行の成果だった。
紫陽さんとの修行で、自分の力の使い方を何となくつかんだ。とはいえ、せき止めていたものをいきなり解放して戦うと、やはり口調は荒くなり、髪の毛は赤くなる。そして意識は薄れて行ってしまう。
そこから如何に冷静になれるのか。それが課題だった。
「はぁッ、はァ、はッ……」
まだ頭髪は大部分が赤い。意識もグラグラして定まらない。でも、このままここで休んでいるわけにはいかない。
近くから、大軍を成す壊獣の気配。そして、この施設の北側に、術師と壊獣の気配。と、もう一つ妙な気配。今殺した男と同じ気配だ。
「香澄さんが危ない――!」
能力も目的も得体が知れない。
当初の作戦とは変わってしまうが、ここで香澄さんがやられてしまってはどちらにしろ作戦は実行できない。俺は香澄さんの方へ向かうことにした。
普段よりも何故か、敏感に気配を感じられることに一抹の不安を覚えつつ、俺は炎を噴射して夜空へと跳び上がった。
最初に放った熱気で、鶴の折り紙はあっと言う間に灰になった。
直前、羽には文字が現れていた。
『一志さんが、敵だった』と――。
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