第33話 越智合闇影戦⑤

 香澄さんが相手の気を引いている間に、俺はどうにかしてアイツの隙を見つけなくちゃいけない。

「ぐっ……」

 あちこちダメージを受けているが、肋骨に一番ダメージがあるが、逆にそれ以外とのところはそこまで大したことない。と、思える。

 気力を切らすな。切れたら終わりだ。

「術式展壊」

 正直、こんなボロボロの状態で身昇限壊をしたらどうなるのか分からない。

「でも、やるしかない――」

 あとで雪南さんにブチ切れられる未来が見えた。

「神山壊術式。身昇限壊」

 胸の内から、波打つように全身の先まで熱が走る。そして間髪入れずに、意識を刈り落とさんとするような痛みが全身の先まで切り裂く。

「うぁあッッ……‼」

 歯を食いしばる。

「ふーッ、ふぅーッ……」

 ここでやられている場合ではない。身昇限壊の効力で身体は問題なく動く。

 すぅ、と息を吸う。空気が抜けるのを己の身体の内に感じつつも、出来る限り声を張る。

「香澄さん!」

「灯也さん⁉ どうやって――、って、まさか身昇限壊で無理やり~⁉」

「それより、今はそいつを倒すことを考えないと!」

 香澄さんは、ばっと跳び上がり、俺がいる屋根の上に下がった。

「なんでそんな無茶したんですか~?」

「いや、年下の女の子ばっかり、危険な目には合わせらんないよ」

「え?」

「え?」

 すると、香澄さんは「あ~、あ~。なるほど~」と言って小さく笑った。

「え、何? もしかして同い年だった?」

「あ~、いえ。年上ですよ~、私の方が」

「えっ」

「灯也さん、十六、七くらいですよね」

「え、うん。高校二年だけど」

「私は二十二ですよ~?」

「えっ。えええええええ‼」

 すると、ドン‼ という鈍い音が聞こえた。

「灯也さん、伏せて!」

「えっ、えっ⁉」

 香澄さんが愛夢さんよりも年上という事実に困惑して、パニックになっていた。言われるまま頭を抱えて伏せる。

「神内壊術式」

 香澄さんが空中に跳び上がる。つられて見上げると、月を背に、影壊がこちらへ拳を構えて振って来る。

亀甲きっこう敷奉参盾ふぶさんじゅん

 掌を影壊に向ける。すると、亀の折り紙が三つ、その甲羅を影壊に向け、構えた。

 ドガァアアアアン‼

 凄まじい衝撃音。

「香澄さん!」

「大丈夫です~」

 とん、と問題なく着地した。特に大きな怪我をしている様には見えなかった。影壊は、再び俺達と距離を取り、道路を挟んだ反対側の建物の上に着地した。

「まぁ色々と言いたいことはあるでしょうし、私も言いたいことがありますが……。こいつを止めないことにはお話をしている暇はなさそうですよ~」

 影壊は首をくるくると回し、余裕のある態度だった。

「確かに」

「速攻で終わらせましょ~」

 言うが早いか、香澄さんが跳び、影壊へと突撃する。

「亀甲・敷奉弐盾ふぶにじゅん

 今度は二枚の亀を盾に、影壊と距離を詰めた。

「えーと、こうこうこう、ですかね……」

 すると、今度は韻を結ぶ。

「あれは――」

「神山壊術式・兎脚」

 真っすぐに落下してくる香澄さんに、拳を突き出した影壊。しかし、兎脚を使って空中でその身を右に翻した彼女には、当たらない。

「貰いました」

 右手で触れる。

 瞬間、影壊の身体をその場に固定する。

「灯也さん! 今です! 逃げましょ~!」

「え! 逃げるの⁉」

「はい~! ついて来てください!」


 どうにか、その場から離脱し、越智合スポーツセンターの敷地の中、弓道場に隠れた。ここまで、近くに敵の術師の気配はなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ふぅ~。ここならしばらくはどうにかなりそうです~」

「でも、ここまでくれば、あとはここの中心にあるオブジェクトを壊せばいいだけじゃない?」

「そう易々とはいかなそうです……。グラウンドの中央、件のオブジェクトと思しきものの周囲に、壊獣がうようよいます~」

「マジか」

「さっきのアイツは追って来てませんね……。この隙に一息ついて、次の手を考えた方がよさそうです~」

 時計を見ると、参加者は着々と減っている。

「状況の規模が読めません……。一つ一つ整理して考えていきましょ~」

「最初は、減少ペースが異常だったからって、戦闘を確認しに行った」

「はい……。そこで、壊獣に追われている術師二人を発見~。謎の攻撃に見舞われつつも、灯也さんが建物をぶっ壊しまくったわけですが~」

「なんか誤解を招きそうな言い方だなぁ。まぁそうだけどさ。で、謎の攻撃は止んだんだけど、戦闘音を聞いた他の人達が迫ってきて」

「で……。そこで、一志さんとははぐれてしまいました~。更に、逃げていた二人の術師の方も行方不明で~」

「エリアが普通に縮小しているから、越智合を目指さざるを得なくて、こっちに来た。で、よくわからない人に戦闘を吹っ掛けられた。でもその人は謎の攻撃で死んで……」

「そういえば……。その人は、妙なことを言ってましたね~」

「あぁ、うん。代命受符がの命が尽きたやつは、オブジェクトのところへ行く、って」

「ちなみに……。私は新人戦初参加ですが、灯也さんは~?」

「俺も初参加だよ」

「ですよね……。彼の言うことを信じるのであれば、今回の新人戦は最初から何か仕組まれていたのかもしれません~。この受符にも、何か細工がされているのかも~」

 そう言って、香澄さんは自分の受符を剥がした。

「灯也さん、これを使ってください~」

「え?」

「重傷じゃないですか~。戦いがどれくらい長引くかもわからないので、使える延命措置は使っておくべきですよ~」

「いや、それは、まぁ、ありがたいけど。でも、香澄さんは」

「まぁ……。大丈夫です~。代わりと言っては何ですが、灯也さんには今後も沢山働いてもらいますので~」

 あはは~。と気の抜けた笑顔を見せた。

「……じゃあ、ありがたく」

 代命受符を身体に貼ると、身体から痛みがすっと消えた。

「仮初めの命であることをお忘れなく、決して無理はなさらないよう~」

「うん。出来る限り、全力で頑張るよ!」

「はい……。では、早速お願いなのですが~」

 香澄さんが指を立てると、その指先に、鶴の折り紙が一羽止まった。

「この子は私との連絡ツールになります……。ここからは別行動で、灯也さんは回ってオブジェクトの方へ向かって頂きたいんです~」

「でも、周りには壊獣がいるんじゃ?」

「はい……。なので、私が反対から挟みます~。そして、壊獣の気を引くので、灯也さんは纏めて屠っていただければ~」

「なるほど」

「私ではオブジェクトを破壊できません……。これは、灯也さんにかかってます~。申し訳ありませんが、お願いします~」

「任せて。絶対に成功させる」

「頼もしい限り、ですね~」

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