第31話 越智合闇影戦④
男は鼻を鳴らす。
「フン。ザコが! 大人しく帰りやがれ!」
俺は黒い炎に包まれつつも、どうにか頭を働かせる。
今ここで受符を砕かれても、強制的に真ん中へ引き戻されるわけじゃない。この緊急時に進んで真ん中へ戻るわけにはいかない。ルール違反ではあるが、俺がすべきはまだ戦闘姿勢を崩さないことだ。
やがて黒い炎は晴れ、俺は生身のまま臨戦態勢を保っていた。
すると、男が眉を顰め、俺を見ていた。
「テメェ、なんでそこにいる?」
「どういうことだ?」
「どういうことだ? じゃねえだろ。普通、代命受符の命が尽きたら、このエリアを作ってる中央のオブジェクトへ行くはずだ! そのためにグラウンドの中央に置かれてるんだしな」
「⁉」
「いえ……。今回、倒した人は皆、今の灯也さんのように黒い炎で飲まれた後、生身としてそこにいましたよ~?」
「何だと?」
男は、自分の身体についていた受符を引き剥がした。すると、男の身体も同様に黒い炎に包まれ、そしてやはりその場に同じように立ち尽くしていた。
「どうなってやが――」
言うが早いか。
夜の闇に、血潮が煌めく。
「香澄さん‼」
俺は咄嗟に叫び、兎脚で香澄さんを抱えて上へ跳び上がった。
「――あの人――……! 首が!」
「くそっ――!」
ついさっきまで向かい合っていた男の首はどこかへ消え失せ、頭があったところは赤黒い血が湧き、緩く溜まっていた。
「攻撃――、さっきまでと同じ――‼」
周囲を見回す。すると、足元から黒い顎が大口を開けて俺達を喰らわんと迫っていた。
「――ッぶな‼」
間一髪、もう一度兎脚を重ねて空中で身を翻した。
民家の屋根の上に着地する。
「灯也さん、あれ――……! 男の人の身体、失くなってます~!」
指先を見ると、本当に男の身体が消えている。
「くそっ。何がどうなってる!」
「灯也さん……。お気持ちはわかりますが、少し落ち着きましょ~。このままでは敵の思うつぼです~」
「あぁ、うん。ごめん、ありがとう」
頭をぶんぶんと振る。
細々と術を使ってきたことで、大分術力は温存出来ている。しかし、今度は逆に使う回数が増えたことで頭がぼーっとしてくる。こうなると、無意識に口調が荒くなってしまう。
「灯也さん、右!」
今度は、右下から屋根を喰い破って攻撃が飛んでくる。
「敵の位置が分からないと、どうしようもなくない?」
「そうですね……。灯也さん、申し訳ないんですが、こう、火球みたいなのを上に打ち上げることって可能ですか~?」
「火球?」
「花火みたいな~」
「まぁ、そんな綺麗じゃなくてもいいなら」
「大丈夫です……。お願いします~」
何が何やらよくわからないが、香澄さんのことだ、なにか考えあってのことだろう。
俺は、上に向けて火球を放ち、そして空中で爆発させた。
「これでいいの?」
「はい……。少々お待ちください~。次は私が指定した方向へ攻撃を~」
「わかった」
腕を構えておく。
「――見えた……! 灯也さん、あっちです!」
「なんかよくわからないけど、壊波掌衝!」
すると、爆発音と立ち上った土煙の向こうから、さっきまで俺達を攻撃してきたものと同じ黒い顎が飛んできた。
「そこか!」
俺はそれを跳んでかわし、そのままその起点を攻撃した。
「……‼」
ぐぐぐ、と俺の拳を掴んでいるのは、人型の影壊だった。
「人型――!」
蹴りを一撃入れて、緩んだところにもう一撃。そのまま距離を取る。
「あれが人型の影壊ですか?」
「うん。なんか前までのとちょっと違う気がするけど、間違いない」
すると、影壊は踏み込み一つで距離を詰めてくる。
「‼」
真っすぐに放たれた拳を、俺は両腕で受ける。
びりびりと骨まで衝撃が伝わる。吹き飛ばされる衝撃に逆らわず、そのまま後ろへ距離を取る。
「いってぇ」
踏み込み一発でこの攻撃。やはり今までの影壊とは違う。
「あの黒い顎みたいなの、使ってきませんね……」
「いや。なんかおかしい」
「どういうことですか~?」
「今まで戦ってきた人型影壊はさっきみたいな黒い顎は使ってこなかった。基本肉弾戦、俺が見たのは影潜りくらいだった」
「なるほど……。仕組みはわかりませんが、もしかしたら、黒い顎の使い手は別にいるのかもしれませんね~」
「別に?」
「はい……。さっき灯也さんに撃ってもらった火球は、この辺にいるであろう人影をいぶりだす為に照らして貰ったんですが~」
「人影の方に攻撃したら、こいつだった、と」
「そうです……。少なくとも、一撃したあと、反撃にもう一度あの技を使ってきたので、その瞬間までは使い手がいたはずですが~」
影壊はゆらりと揺れて、そしてまた踏み込み一つで距離を一気に詰められる。
「ぐっ‼」
間一髪、拳を避ける。
「やられっぱなしで――、たまるかよ!」
左足を軸にして、そのまま右足で後ろ回し蹴り。しかし、それは空を切る。
「ヒット&アウェイだとぉ?」
影壊のくせに、攻撃してすぐ引く、ということを心得ているらしい。
「なら、こっちから行くぜ!」
走って迫っていく。影壊は、腰を落として、待ち構えている。
ぐっ、と右足を踏み切る。
それに反応して、影壊は俺がジャンプすると思ったらしい。身体が少しだけ浮つく。その隙を見て、スライディング。股を抜けて背後を取った。
「貰った!」
しかし。フェイントまで想定済みだったのか、影壊は体勢を崩すことなく、右腕を振りかぶった。
この距離はマズい。完全に相手の間合いだ――ッ‼
攻撃に移行していた俺は防御姿勢が間に合わない。
ドガァアアン‼
ボディーにモロに一撃貰ってしまう。
「げほっ。ごほっ」
胸のところが熱い。熱が液体になって流れる感覚。肺に上手く空気が入らない。
「骨が――」
くそ。やられた。
「灯也さん!」
「だいッ、じょうぶ!」
じゃないけど。そんな弱音を吐いている場合じゃない。
「こいつ、強い」
このまま開けた道路で戦っていたらやられる。お店の上に引き、様子を窺う。
とんとん、とジャンプをしながら、影壊も様子を窺っていた。
「おかしい。動きが完全に戦い慣れてる人の動きだ。しかも、簡単に間合いを詰めてこない」
「ちょっ、灯也さん! 怪我!」
「あ、うん。ごめん、ちょっと上手いこと行かなかった」
唾液じゃない液体が口の中に溜まる。飲み込むと同時にむせ返して、口周りが赤くなる。
「ここは一旦引きましょう……。このままここでやり合ってちゃ分が悪いですし~。死んじゃいますよ~」
「逃げるって言っても、どこに?」
「エリアが狭まる以上、越智合方面へ行くほかないかと~」
「じゃあどっちにしても、戦闘は避けられなさそうだね……」
「そうですね……。こうなれば、もうなりふり構ってられませんね~」
「え?」
そう言うと、香澄さんは袖を捲り上げて、両手を出した。
「灯也さんはここで待っててください~」
「え⁉ いや、危ないよ!」
「あはは……。まぁ、私もこれでも一応壊術師ですし~。それに、私にだって戦う理由があるんですよ~」
香澄さんは影壊の前に立ちふさがる。
「さて……。速攻で終わらせますよ~」
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