第29話 越智合闇影戦②
「戦闘音が大分近づいてきました……。もう目と鼻の先ですね~」
住宅地の建物に隠れつつ、俺と一志君、香澄さんの三人は戦闘音のする方へと向かっていた。
「くそ、あの時グーを出していれば……」
「まぁ、仕方ないよ」
すると、先頭にいた香澄さんが立ち止まった。
「見えました……」
俺は、頭半分だけ塀から出して、様子を窺う。
「あれは――、術師が二人、いるね」
民家の屋根の上を、二人の術師が走っていた。
「はい……。見える範囲には妙なものはありませんが~」
「やっぱり骨折り損か? これで挟み撃ちにあったり、襲われたんじゃ元も子もないぞ?」
「いえ……。ちょっと待ってください~。一回索敵を試みます~」
すると、香澄さんはびろびろに余った袖から、三枚の折り紙を取り出した。
「鶴の折り紙?」
それは鶴の形に既に折られているもの。香澄さんは、袖の布越しに両手を合わせた。
「術式展壊」
折り紙が風もないのにひとりでに動き出す。
「
やがて自ら羽を広げ、羽ばたかせ、宙へ浮かびあがる。
「
そして、その鶴三羽は、びゅーんともの凄い勢いで空へと羽ばたいていった」
「すごいね、今のが神内の式神術かぁ」
「そんな……。私は術力が少ないので紙製の式神を、同時最大五枚まで、紙としてしか使えませんし~。葵姉様は有機物も式神として扱うことが出来ますし~」
「いやいや。でも俺には出来ないことだから。凄いことだよ」
ドガァアアン‼
突如、爆発音が鼓膜を震わす。
「‼」
「なんだ⁉」
「ちょっと待ってください……。……⁉ これは~」
「どうした!」
「壊獣……。壊獣です~!」
「「⁉」」
壊獣⁉ そんなバカな⁉
「なんで――。この空間は外界とは遮断されているし、そもそもこのファーストラウンドに壊獣が出現するなんて情報は」
「それに、この壊獣もおかしいですよ……! まさかこれ、合成壊獣ってやつじゃないですか~⁉」
「最近神城公園で出てきたっていう新種か!」
「合成壊獣――!」
すると、今度は悲鳴が聞こえる。
「今度はなんだ‼」
「……! さっき逃げてた二人が襲われてます~!」
「――ッ!」
それを聞くと同時に、俺は無我夢中で民家の上へ跳び上がった。
「灯也君⁉」
「香澄さん! 襲われてるのはどっち⁉」
「えーと……。あっちですね~。私の式神がいるところです~」
「わかった!」
「って……。助けに行く気ですか~?」
「当たり前でしょ! 事情は分からないけど、少なくとも壊獣に襲われてるっていう状況はなんかおかしい!」
「確かに……。見習いとはいえ術師の端くれですからね~。それが戦いもせず逃げるだけっていうのは妙です~」
「二人は急いで逃げてくれ。もしかしたら、術を封じてくるのかもしれないし」
「いやいやいや……。私も行きますよ~」
「でも。これは俺のわがままだし。それで二人を危険にさらすわけには――」
「なら……。ついていくっていうのは私のわがままですよ~。それに、私も流石に目の前で人が襲われているのを見てみぬふりなんてできません」
香澄さんは微笑んだ。
「はぁ。君が行くなら俺もいかなくちゃ、灯也君の足を引っ張るだけだろう」
「二人とも」
「そうと決まれば、さっさと行こう。手遅れになると悪い」
壊獣は、俺達の接近を感じたのか、頭をこちらへ向けた。
三つの頭を持つ犬型の壊獣。この間公園で戦った奴よりは小さい。
「うえ……。ケルベロスみたいですね~」
「どんな力を持っているのか分からない。なるべく寄らずに俺がこの距離から攻撃する! 二人は適宜サポートをお願い!」
「了解~」
「任せてくれ」
両手を合わせ、印を組む。相手の力は未知数。なら、やることは一つ。
「壊波掌衝!」
100%の力で。しかし、ずっと放ち続けるのではなく、メリハリをつけて――!
ドン!
まっすぐに放たれたビームは、これまでよりも短く、しかし力強い。
爆発音と共に、合成壊獣が穿たれる。
「あれ? もう終わり?」
先日のよりも弱いし、何より彼らが追われるほどの強みが分からない。
「どうなってんだ?」
すると、香澄さんが声を上げた。
「灯也さん! 右!」
反射的に前転する。転がりながら右からの攻撃を確認すると、黒い顎が民家の屋根ごと俺に喰らいついてきた。
「あっぶね。ナイス香澄さん!」
「まだです! 次は下!」
「下⁉」
とにかく今立っているところから大きく距離を取る。すると、本当に足下から喰いつかれ、民家が半壊した。
「むちゃくちゃだな!」
「敵がどこから攻撃してくるのかわかりません……。私の式神で攻撃を読んではいますが、それでも少しタイムラグがあります~。反応が少し遅れればやられますね~」
「うーん、そんな殺生な」
「申し訳ないですが……。この夜の闇の中、敵がどこから攻撃して来るのかわからないですし~。どうにかしないとジリ貧です~」
「じゃあ、俺がこの辺一帯更地にしたらどう⁉」
「え⁉ え……。いや~。まぁ、出来るなら敵の位置もわかるかもしれません~」
「よぉし、ならちょっと離れてて!」
「え? 離れるってどこに……」
勢いよく両手を合わせ、そして息を吐く。
「壊波掌衝・円舞‼」
勢いよくビームを放ち、そして勢いよく三六〇度回転。俺を中心に、周辺の建物をなぎ倒していく。
そして、周辺を一気に瓦礫の山に変える。
「いてて……。無茶苦茶な力ですね~」
「ごめんごめん。敵は見つかりそう?」
「はいはい……。少々お待ちを~。――、おかしいです~。いませんね~」
「いない?」
「はい……。さっきの広範囲攻撃の時に倒したか、逃げたかですかね~」
あの攻撃で倒せたとは思えない。逃げたのか、それとも……。
「……! 灯也さ~ん。まずいです~」
「どうしたの?」
「一志さんと、さっき逃げてた二人が見えません……。影も形も~」
「まさか瓦礫に?」
「いえ……。術力の反応自体がありませんので、それはないかと~」
「じゃあどこに……」
その時、時計が震えた。
「エリア縮小――⁉」
壊獣の乱入、謎の攻撃を繰り出す敵がいるというのに、ファーストラウンドは継続するってことか⁉
「どっちでしょう……。運営が把握していないのか、壊獣が出現するのは全て故意のものなのか~」
「だとしたら、こんなに派手に暴れちゃマズくない?」
「そうですね……。はい~。二組、計六人ほどがこちらへ向かって来てます~」
「やっぱり!」
「一志さんの行方は気になりますが、反応そのものがないことを考えてもこの辺りにはいないと見ていいでしょう……。ここはひとまず、逃げましょ~」
「わかった!」
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