第27話 幕間:闇影に立つ④
「はぁ、はぁ、はぁ。勝った……」
上手く新技がハマった。私としては、勝った達成感より、安堵感の方が大きかった。
「雪南ちゃん、雪南ちゃん」
愛夢さんは、にこにこ笑顔でハイタッチの構えをしていた。なんだか、久しぶりに曇りのない笑顔を見たような、そんな気がした。
そして、私もつられて笑いながら、軽快にハイタッチを返す。
すると、インカムから、相子さんの声が聞こえてきた。
『雪南! 愛夢! 大丈夫⁉』
「はい! 無事例の男を捕らえました。といっても氷漬けですけど……。あれ?」
通信しながら氷漬けになっているはずの男を確認する。
すると、その氷の中はもぬけの殻。
「あれ⁉ え⁉ うそ! いない!」
「そんな……! 術は完全に決まった。術式を解かない限りここから抜け出すことなんてできないはずなのに――!」
まさか、どこかに逃げた――⁉
すると、インカムにブンさんの声が聞こえてきた。
『こちら索敵の神藤。索敵しても男の反応は完全に消えてる。そりゃ恐らく、丸ごと術力で作られた分身だったんじゃないか?』
続けて碧仁さんも声を上げる。
『結界の小野神。東門の結界に穴が開いた感じもしない。多分、男は本当に分身だったんだろう』
『だからそう俺が言ったろ、って』
「分身……」
仮にそうだとして。分身態で相当強かった。二人がかりでギリギリのレベルだ。
これよりも強い本体がいる、ということ――?
「っていうか。だとしたら本体はどこにいるのさ。そもそも、百鬼夜行のタイミングに合わせてここを攻めてくる理由も分からないよ」
「確かに。そうですね。目的がわからない」
自然発生する壊獣と違い、あの男は明確に意思を持って行動していた。つまり、ここにいる私達を狙って、ここへ来たということ。
でも、もし私達術師を潰すことが目的なら、本部を狙うはず。だというのに、このタイミングで、あえてこちらに来た理由が分からない。
大量発生する壊獣のどさくさに紛れる為か。いや。この男の出現と同時に複数の壊門が確認された。それはつまり、この男は壊門を操れるということじゃないか?
すると、今度は清さんの声が聞こえた。
『まさか、陽動、とか?』
『陽動?』
「陽動、って。じゃあ敵の本当の狙いはどこなんですか?」
愛夢さんの言葉に、私も何となく相槌を打つ。
ここでも本部でもなく、かつ陽動してまで止めるほどの他の目的……。
その時、私の脳裏にとある言葉が浮かんだ。
「――新人戦」
「え?」
「今日。新人戦の日ですよ」
このタイミング。今日でなくては行けなかった理由。そうだ。そうだよ。今日は、新人戦がある。あの会場には、一級の術師は一人もいない。もし、二級以下、見習いの術師を狙っているんだとすれば。
「拓矢さん! お父さんに連絡を! どうにかして越智合の状況を知ることはできませんか⁉」
越智合の付近は、お父さんの術式で空間が反転している。つまり、完全に外界と隔離された状態になっているということ。その中の様子を知ることが出来るのは、本人だけ。
『ダメだ、繋がらない。どうなってやがる!』
『でも、今日作戦開始してから、一回も本部から壊門報告は来てない。つまり、本部が狙いじゃないってことじゃないか? 通信のシステムだけ破壊された、とか』
ブンさんの言葉に、どんどんと血の気が引いていく。
「……灯也……!」
初めて彼が暴走した時のことを思い出す。そして、そのことを糾弾され、私の肩に彼の命が乗った時の感覚を、その重みを思い出す。全身から、冷や汗が吹き出す。
「このままじゃ灯也が――!」
もし、何か起きていて。もし、暴走してしまって。もし、誰かを傷つけたり、その命を奪ったりしたら――!
「雪南ちゃん。落ち着いて」
肩を叩かれ、はっとする。
「愛夢さん……。でも、もし新人戦でなにかあって、灯也に何かあったら――」
「大丈夫。今は灯也君を信じよう。なんやかんや言っても彼は強いし、紫陽が修行を付けたなら、そう簡単に死んだりしない。私達は、全力で越智合に向かおう」
『相子さん。どうしますか?』
ブンさんが指示を仰ぐ。
少し間を開けて、相子さんの声が聞こえてきた。
『愛夢と雪南は、全力で越智合へ。私と清悟郎さんは本部へ向かいます。神城公園は神野山家の二人に任せます。いいですね?』
『松陽、了解しました』
神野山家の
『雷斗を置いていきます。使ってください。神城公園が終わり次第、越智合に増援に行って下さい』
『はい』
『神城公園の指揮は裕也君、キミに任せます。碧仁君は結界に集中してください。拓矢君。君を起点に連絡を取ります。常に連絡を取れるようにしておいてください』
『『『了解』』』
何が起きているのかは分からない。でも、私の勘が強く告げる。
急げ、と。
『今から五秒だけ結界を解く。そのタイミングで外へ』
碧仁さんの合図で、私と愛夢さん、清さんと相子さんは一斉に結界の外へ飛び出した。
しかし、どれだけ急いで行っても三十分はかかる。戦闘が予想される以上、下手に術力を使うことも出来ない。焦る気持ちばかり先行する。
「ふぅー……」
大きく、息を吐いた。
心配な気持ちはなくならない。灯也を守らなくちゃ、という気持ちも、もちろんある。私の心の中にあるのはきっと、焦りの燃料ばかり。
……それでも。
ぴたりと止まった私の顔を、愛夢さんがのぞき込む。
「雪南ちゃん?」
大きく息を吸って、大きく息を吐く。
長く息を吐いてぴたりと止め、それと同時に腹から声を出す。
「よしッ!」
パン! と勢いよく両頬を叩いた。
「おお。大丈夫?」
「はい。急ぎましょう!」
それでも。彼の努力は、私が一番知っている。誰かを守るために、ひたむきに頑張れるヤツだから、私は守りたいと思ったんだ。
どれだけ焦る心でも、それだけは、強く信じられるから。
「雪南ちゃん、いい目になったね」
「そうですか?」
「うん。なんて言うかなぁ、信じる人の目だね」
「信じる」
「愛だね! つまり」
「……変なこと言ってないで。ほら、さっさと行きますよ」
「えー? もっとこう、恥ずかしがるとかないの~?」
何かぼやく愛夢さんを置いて、私は駆け出した。
灯也、待ってて。
すぐに行くから――!
夜の闇を切り裂くように、私は全力で駆けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます