第25話 幕間:闇影に立つ②

 東門広場。中央にかつてのこの城の主、最神もがみ義光よしあきの像がある。その像の向こう側。悠々と闊歩する男の姿。私と愛夢さんは、その姿を遠目から観察していた。

「あいつは――!」

 その姿は、やはり以前ここで愛夢さんの腕を吹っ飛ばしたヤツ。報告では、お父さんが倒した、と聞いていたが。

「やっぱり生きてたか」

「愛夢さん、あいつって……」

「うん。空幻さんが倒したはずなんだけど……。多分、あれも本体じゃない」

「え?」

「私が木で押しつぶしても、空幻さんの力でつぶしても、なんか、黒いもやみたいなのになられた。多分、影壊か……。もしかしたらもっと強いかもだけど。分身態だと思う」

「それ、物理攻撃が効かないってことですか?」

「多分」

「なるほど。厄介ですね」

 厄介。ではあるけど。

「でも、私なら――」

「うん。相子さんが来られるか分からない以上、雪南ちゃんが切り札だよ」

 その責任は、重い。前は、逃げることしかできなかった。一人じゃきっと、背負いきれない。けど、今は一人じゃない。

「さぁ、雪南ちゃん。私達で、あいつに一泡吹かせてやろう」

「――はい! 行きましょう!」

 息を合わせ、飛び出す。

相手がこちらに気づくより先に、決めてやる!

「壊獣術式」

 左胸の獣印が光る。

氷奔塊ひょうほんかい

 踏み込んだ右足。そこから真っすぐ、男へ向かって地面が凍り付いていく。

「お」

 男は私達に気が付いた。でも、もう遅い。氷の轍は、男の足へ到達し、足元から急速に氷塊へ閉じ込めようとする。

 しかし、ふっと男が消えた。黒いもやになって凍るのをかわした。

「危ない危ない。危うく初手で詰むところだった」

 もやは、やがて同じような人の形を取った。

「やぁ、また会ったね」

 男は相変わらず飄々としている。全身黒づくめの、細身の男。

「その節はどーも。お陰様で私はこんな腕になっちゃったよ」

 愛夢さんは右腕を前に突き出した。

「可哀そうに……。せっかく女の子なのに。右腕が――っ」

 突き出した右腕から、直接細長い木を素早く伸ばし、男の胸を貫いた。

「確かに最初はちょっとへこんだけどね。まぁ、もう立ち直ったよ」

 そう言い放つと、男の胸を貫いている木から次々に同じように棘を生やし、男の身体を内側から四方八方に貫いた。

 しかし、やはりふわりともやになって、男は何事もなかったかのように無傷で再び須賀らを現した。

「二人揃って殺意高くない?」

「当たり前でしょ。こっちはあんたをぶっ殺すつもりで来てるんだよ」

「愛夢さんの腕の借り、返させてもらう」

「そうかぁ。残念だなぁ……」

 はぁー、という大きなため息。そして。

「じゃあ、殺すしかないか」

 ドガァアアン‼

 殺気を感じて、咄嗟に跳んだ。さっきまで立っていたところの地面が派手に抉れている。男に視線を移すと、身体の一部が変化して、大きな顎が地面を喰らっていた。

「最初からトバしてくよ! 木人‼」

 広場の大小様々な木々が、一斉に男に襲い掛かる。

 私は、それに合わせて一緒に男へ突っ込む。

氷飛刃ひょうひじん!」

 両手を前で重ねる。身体の周囲に刃状の氷が次々と現れ、木人と共に男へ打ち込む。

闇顎あんがく

 男が掌を天へ向け右腕を上へ掲げる。すると、男の周辺の地面が闇に飲まれたように黒く染まる。

燦燦堕羅喰さんさんだらじき

 ぐっと拳を握る。

 すると、黒が細い線を描き、木人や刃も巻き込んで、籠を編むように男を包んでいく。次の瞬間。ゴッと音を立て、男の周辺を一気に飲み込んだ。そして、一瞬にして木人と氷の刃を消して見せた。

「こっちの番かな?」

 ゆらりと右腕を前に出す。

闇濁あんだく

 指先から、闇の雫が地面に落ちる。そこから風船が割れるような勢いで闇が広がっていく。少し残っていた木人も、それに飲まれてしまう。触れたそばから、黒い闇に囚われていく。

冥冥裡拡呑めいめいりかくてん

 とぷん、と音を立てて、木人たちは闇になった地面に飲まれていった。

「木人は全滅かぁ」

「近づけませんね」

 影の能力にしては色々と規格外が過ぎる。清さんでもあんなことはできない。だとすれば、こいつの能力は恐らく。

闇壊あんかい――」

「だろうね」

 ほぼ伝説上の壊獣、闇壊。闇壊獅あんかいし。闇を司る壊獣。その存在は書物などでしか知らなかった。お父さんの昔話で、一度だけ聞いたことがある。現実にいる、ということを人伝に知っているくらいの、レベル。影を司る影壊の上位互換であり、その力は全てを飲み込む永遠の闇。ありとあらゆるものを飲み込み、そして自分の力にする。

「まぁ、でも、だからって私達のやることは変わらない。だよね? 雪南ちゃん」

「はい。もちろん」

 目の前のこいつをぶっ倒す。

 私は、足元に氷柱を出現させ、大きく跳び上がった。

「闇顎」

 男は、こちらを見ずに、背中からさっきの大きな顎を出現させる。そして顎は一直線にこちらへ向かってくる。

氷連樹ひょうれんじゅ‼」

 氷を連鎖的に繋ぎ、大きな樹のような形状にする。その氷の連鎖は、突撃してくる闇の顎を砕き、真っすぐ男の方へと突き進む。

木羅槍ぼくらそう

 無数の木が、捻じり合い、絡み合い、男の身体を貫かんとドリルのように回転しながら襲い掛かる。

 挟み撃ちだ。しかし男は、特に慌てるでもなく、愛夢さんの槍を身体で受ける。身体は黒いもやとなり、穴が開き、貫かれたままになる。

「闇顎」

 すると、右腕を私の方に向けた。掌をこちらへかざし、そしてくるっとひっくり返す。

漠漠芥裏喰ばくばくかいりじき

 瞬間、肌でヤバイ、と感じた。何かを考えるよりも先に、自分の身体を瞬間的に氷塊で包む。

 すると、強く火花が散るような、バチバチという音が聞こえた。

「雪南ちゃん!」

 何が起きているのかは分からない。愛夢さんの声が聞こえた。

 私は自分を包んでいた氷塊を足場にして、男から大きく距離を取る。

「‼」

 すると、さっきまで身を包んでいた氷塊が黒い粒に侵されて喰われていく。男の頭へと真っすぐに伸びていた氷連樹も、同じように黒い粒に喰いつくされ、やがて折れ、消滅してしまう。

「雪南ちゃん、大丈夫⁉」

 素早く愛夢さんが私のカバーに入る。

「はい。何とか。あと少し抜け出すのが遅かったらヤバかったかもしれない」

 そうなっていたら、と想像して冷や汗が頬を伝う。

「いやぁ。流石の身のこなしだなぁ」

 槍が貫いたはずの大穴は、もう塞がっていた。

「さて。じゃあもう少しギアを上げようかな」

 すると、男は地面へ右手を当てる。

闇剥あんばく

 右手に、闇がまとわりついていく。

滔滔縁貪狩とうとうえんどんしゅ

 そして、男の両隣に、闇がどんどんと人の形を作っていく。

闇木人こびと

「愛夢さん、あれって、まさか――」

 その人の形は、やがて完全に男の手を離れ、自立した。

「木人……⁉」

 男は、ペロリと舌を出す。

「さて。君たちはどうする?」

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