第23話 越智合新人戦④

「…………とりあえず、危機は去ったか……?」

「そうですね……。周辺に敵の気配もないので、ひとまずは安心かと~」

「ぶはぁあー。疲れたぁ!」

 新人戦、ファーストラウンド。俺と一志君、香澄さんの三人は、ゴリライダー一号二号(仮名)との戦闘を終え、その音を聞いて漁夫の利を狙っている他の参加者から身を隠していた。

 川のせせらぎが聞こえる。

「時間的に、そろそろ円が収縮し始める。灯也君には申し訳ないが、さっさと安全圏に行ってしまった方が得策だろう」

「そうですね……。灯也さん、動けますか~?」

「うん。もう大丈夫。行こう」

 さっきの戦闘は、手応えがあった。

 一か月の間に、全く新しい技を覚えるのは難しい。最初から、基本的は神山の術式に、壊獣の力を合わせる方向で調整していたのが功を奏した。

 壊獣の力を百パーセント使えるわけではないが、逆に、オーバーヒートする危険性も低くなっている。また、術力の消費もそこまで大きくない。

 川沿いに走りながら、俺はその手応えを改めてかみしめていた。

「走りながらで申し訳ありませんが……。一志さん、あなたの壊獣の力はなんですか~?」

「……そう言う君は、術式の一つも見せていないようだけど」

「まぁ、そうですね……。では先に私のお話をさせて頂きますね~」

 そう言うと、香澄さんは、あまりまくった袖を手繰って、右手を出した。その甲には、獣印がある。

「獣印……。常に見えているのか」

 獣印は、基本的に術を行使するときに現れるもの。常に見えている人もいる、と話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。

「はい……。私の壊獣は、縛壊ばくかい……、縛りの理を壊す壊獣です~」

 縛壊……。さっきの戦闘で二号を縛ったあの縄のようなものは、つまり壊獣術式だったということか。

「契約において、私と縛壊の目的が一致しました……。即ち、獣印を常に現れた状態にし、この掌で触れるだけで、相手をその場に固定できるようになります~。術式が常に発動された状態、というわけですね~」

 何となく、愛夢さんの右腕を想像した。

「日常生活に微妙に支障をきたすので、こうして大きなサイズの服を着て、袖をあまらせているわけです……。別に、キャラ付けとかそういうのではなく~。手袋、嫌いなので~」

「なるほどね。じゃあ、戦闘に参加しない理由は?」

 一志君がずばずばと聞いていく。

「まぁ単純に私の立ち回りが下手くそ、というのもありますが……。一番の理由を上げるとしたら、私、術力がもの凄く少ないんですよ~」

「なに?」

「戦闘における術式はほとんど使えません……。一度使ったら術力が回復するまで何もできなくなります~。なので、索敵したり、敵の隙をついてこの手で触れたり、ということしかできないんです~。役立たずですみません~」

「……なるほどな。君が俺たちに声をかけたのもそういうことか」

「はい……。ご明察です~」

「え? なに、どういうこと?」

 俺の知らないところで話が進んでいる。

「彼女は、自分で戦闘が出来ない。だから、恐らく壊獣討伐のポイントも稼ぎにくい。かといって、この新人戦もファーストラウンドは一人で生き残ることは難しい。逆にセカンドラウンド、一対一の直接戦闘なら、相手を捕らえて、倒すだけだから勝機がある。そう思ったんだろう」

「あぁ、なるほど」

「大変申し訳ないんですが……。まぁ、私にも二級にならなくちゃならない理由があるので~。そこはこう、黙認と言うか、許していただけると~」

「まぁ、実際今も香澄さんのおかげで助かっているわけだし。俺は全然問題ないよ。実際、香澄さんは術なしでもすごく頼りになるし。あぁ、もちろん縛壊の力もだけど」

「……灯也さん、モテますねさては~」

「えぇ?」

「まぁ、俺は灯也君がいいならいいよ。さっきの戦闘、実際一番活躍していないのは俺だろうしな」

「そんなことないよ。百穿抗を見習いで出来るなんてすごいと思うけどなぁ。俺はまだ頑張って十本とかだし」

 その時、時計がブーッと震えた。

「エリア縮小の合図だ。これから三十分以内に、〇・七キロ圏内に移動しなくちゃいけない」

「では、このまま馬見ヶ崎川沿いを進んで、線路がかかっている辺りで上に上がりましょう……。橋のところなら、上から撃ち下ろされる危険も少ないでしょうし~」

「OK。っていうかあれかな。見えてきた」

「――‼ ストップ!」

 一志君に制される。

「敵ですか……?」

「あぁ、あれ」

 俺達の行く先、橋の下に術師が四人。

「四人……。圧倒的に分が悪いです~。ここは逃げの一手しかないかと~」

「俺もそう思う。けど……」

「どうしたの? 一志君」

「――いや、まずは移動が先だな。土手を登って、その辺の民家から様子を窺おう」

「いえ……。民家に逃げ込むのは少々危険かと~。ここは、住宅地を通りつつ、北に登って行って、スポーツセンターの北西方向を目指すのがいいでしょうね~」

「奴らの近くを通るってことか?反対だ、危険すぎる」

「それはそうなんですけど……。民家に逃げ込んだ結果、後方からの追手と挟み撃ちに遭う危険があります~。住宅地は遮蔽物が多くて戦いづらいですし~。でも逆に、我々が先んじて住宅地を通って行けば、仮にばれてしまったとしても、撒ける可能性があります~」

「じゃあ、このまま真っすぐ北上して、スポーツセンターの南から第三円に入ってしまえばいい」

「それだと、周辺が田んぼなので一番危険です……。こうなったら、灯也さんに委ねます~。どうしたらいいと思いますか~?」

「……俺は、香澄さんの案がいいと思う。確かに危険ではあるけど、後々のことを考えるなら、今は負うべきリスクじゃないかな」

 一志君は、一つ溜息をついた後、「わかった」と言った。

「そうと決まれば、早速行動開始だ」


 俺達三人は、敵の四人の目を盗み、急いで住宅街へと入った。

「大きい道路と、線路を超えたら、真っすぐ北に向かっている道路があります……。それに沿って住宅地を進みましょう~」

「進んだ後はどうする。戦闘を避けるのなら、どこかで身を隠すほうがいいんじゃないか?」

「そうですね……。北上したら、東西に延びる大きな道路があります~。そこを超えて、千歳小学校でギリギリまで隠れてましょう~。この小学校は、ギリ第三円の外ですので、あとは縮小に合わせて東へ行きます~」

「途中の越智合スポーツセンターは超えて行くんだったな」

「はい……。その後、回りつつ身を隠して、第三円に入ります~。最後、スポーツセンターの東側から、入りましょう~」

「了解!」

 ここまで、概ね当初の予定通りに事が運んでいる気がする。このまま上手くことが運べば、ファーストラウンド突破も見えてくる。

 俺の胸は躍っていた。

 後方、川の方で、叫び声と戦闘音がし始めた。

「これは……。私達の追手と、あの四人組がかち合ったんですかね~」

「だとすれば、大分理想の展開だ。先を急ごう」

 一志君が、先頭に立ってスピードを上げる。俺と香澄さんもそれについて、その場から早急に離脱。千歳小学校を目指して、北上を続けるのだった。

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