第22話 越智合新人戦③

「――いた! 一志君!」

 反対側は、一志君と白い手甲に赤いマフラーの男が戦っている最中だった。

「やっぱりこっちが一号ですか……」

「え?」

「いえなんでも~。ではあの、戦闘の方お任せしてもいいですか~? 理由は後でお話しますんで~」

 先ほどの拘束技、獣縛鎖や穿抗とも違うものだった。神内家の術式だろうか、いずれにしても強力だったのだが。戦闘に消極的な人を無理やり連れだすのは本意じゃない。

「また危なかったら頼むよ!」

「はい~。それはお任せください~」

 俺は、空中で狙いを定める。

壊弾指閃かいだんしせん・炎爆!」

 指先から火球を放つ。それは、真っすぐに飛んでいき、ゴリライダー一号に命中した。

「一志君! ごめん、遅くなった!」

「大丈夫。助かった。でも……」

 土煙をぶおっと払いのけ、二号よりも一回りも二回りも大きな巨漢が現れた。

「こいつ、かったいんだよね……」

「フフフフフフフフ! なるほど! 面白い! 二対一か!」

 ぐ、っと構え、相手の出方を窺う。

「こちらから行くぞ! 神賜壊術式!」

 拳と拳を勢いよく合わせる。すると、二つの手甲の模様がつながり、印を描く。

ばくごうけん!」

 受けちゃいけない。

 瞬間的にそう察知して、間一髪、かわす。しかし、かすってすらいないにも関わらず、俺の頬はピッと切れ、うっすらと血が流れた。

「マジか」

 俺はひとまず一号の間合いの外へ出る。目を離さないようにしながら、一志君に合流。

「正直、あいつを捕らえられる気がしない。何回か縛鎖を使ったけど、すぐ引きちぎられた。バカ力もいいところだ」

「うーん。香澄さんなら……」

「そうだ、彼女はどこへ行ったんだ?」

「わからない」

「まさか逃げたんじゃ?」

「そんなことするような人だとは思わないけどなぁ……」 

 すると、一号が一気に踏み込んで距離を詰めてきた。

 俺は思いきり跳んで間合いの外へと出る。

「甘い! 爆砲拳ばくほうけん!」

 こちらへ突き出された右拳は、その延長線上にいた俺に衝撃波を飛ばしてきた。

「うわっ⁉」

 間一髪、腕から炎を噴出して、身体をひねってかわす。モロに食らっていたら、残りのHP一気に削られていただろう。

「まさか拳飛ばせるとは……」

 近づくのも、離れるのも難しい。こうなったら――。

肢昇限壊ししょうげんかい・炎爆」

 両腕、両脚のリミッターだけを外す。しかし、今の俺じゃ上手く術式をコントロールして、完全に外すことはできない。だから、その補助として、両腕両脚を炎で包む。

「行くぞ」

 移動の補助、攻撃力の補助。

 オーバーヒートすることなく、壊獣術式を使う方法。それが、神山壊術式で使う術に、炎を絡ませることだった。とはいえ、今の出力は本来の二割にも満たないが。

 右足を踏み切ると同時に、足の炎を爆発させる。ぐんっと一気に加速し、その勢いのままに一号へ近づく。

「甘いわ! 爆轟拳!」

 勢いよく繰り出される拳。足の炎の爆発で、それを間一髪でかわす。そして、そのまま身体をひねって、一号の後頭部を思いきり蹴り飛ばした。

「くっ――!」

 しかし、吹き飛ぶどころか、一号の頭はびくともしない。

「フフフフフフ! 効かぬ、効かぬぞ――!」

 だが、ここまでは織り込み済み。

「ならこれは――、どうだ!」

 バンッと大きな音を立てて、もう一度足の炎を爆発させた。

「ぐぁっ! 痛くないけど熱い!」

 一号が初めてよろめいた。

「わざわざ痛くないって言う必要あるか?」

「ぐぅう、痛くはないが、熱いものは熱い!」

 後頭部を押さえながら、一号は訴えた。

「一志君。俺があいつの気を引いて、隙をみて抑えてみる。そしたら、最後トドメをさして欲しいんだ」

「――、わかった」

「よし、やろう!」

 もう一度、一号へ迫る。

「はぁあぁああっ!」

 右足の蹴り。振りぬいて左足の踵。着地して右パンチ。すぐ引いて左パンチ。

「くっそ」

 全部防がれた。

 距離を取る。

「フフフ! まだ甘いなぁ!」

 一瞬の隙。一瞬崩せれば、拘束へ持っていける。

 普通に打ち合っても、勝てない。相手の方がパワーも何もかも遥かに上だ。今はまだギリギリ、速度で勝っているが。

「このままじゃジリ貧だ」

 対応されたらおしまいだ。

 紫陽さんに言われたことを思い出す。

「相手に勝ってるところが一つでもあるなら、そこで勝負する――」

 なら、今の俺が取るべき戦法は一つ。

「火力を上げて、スピードで翻弄する!」

 バランスを調節することができない俺は、四つ全ての火力を同時に上げ下げするか、一部をゼロか百にすることしかできない。

「足――、百!」

 腕をゼロにする。身体が吹き飛ぶ。一瞬、自分でも自分がどうなっているのかわからなくなるから、あまり効率のいい方法ではないが。

「消えた!」

 一瞬にして、相手の背後を取れる。

 空中での不安定な姿勢だが、やるしかない。

 足をゼロに。今度は、右腕のみを百に。

「壊波掌衝・炎爆!」

 素早く、高出力の炎のビーム。従来の俺の壊波掌衝の炎バージョンだ。

「ぬぅ!」

 手甲で受けられる。

「反応が早いな……」

「甘い! 甘すぎる! その程度の攻撃で我が甲壊こうかいの防御を破れると思うな!」

 甲壊。大体予想通りの壊獣だ。異常な打たれ強さ、それは恐らく壊獣の力で底上げされているからだったんだろう。

 しかし、であればそれはそれで別の問題が発生する。

「攻撃力は自前かよ……」

 手甲の術式で多少は強化してあるとはいえ、あの筋肉は見掛け倒しじゃないらしい。

「なら……」

 両腕を背後へ構える。

 両腕、両脚全ての出力を瞬間的に百にする。さっき以上の速度で相手の裏を取れる。問題はそこからだ。反応速度的に、裏をとっても次の攻撃へ移行するまでに反応される。

「確かに速度は大したものだ! だがまだ甘い! 攻撃へ移行するまでに反応できてしまうからな!」

 ご丁寧に解説してくださった。

「わかってるよそんなことは」

 両脚を折って、相手へ狙いを定める。そして、四肢へ術力を溜め、一気に放つ。

 ドンッ!

「――! 消えた……! が! もうそこにいるのは読めている! 爆轟――」

「そっちじゃねぇよ」

 裏を取るのがダメなら、取らなきゃいい。

 さっきの二倍の速度で、俺は一号と距離を詰めた。視界から俺が消え、一号は背後にパンチを撃つ。だが、そっちに俺はいない。

 スッと、掌を当てる。

 甲壊の力で、身体を固くしている。なら、俺の最大火力で。

 髪の毛が一気に半分まで紅くなる。

「真・壊波掌衝――、焔獄えんごく

 二号を倒した時よりも遥かに大きい爆発。赤黒い焔。

「ぐぁあああああああッ!」

 効いている。一瞬、ガードが崩れた。

「貰ったァ‼ 獣縛鎖・炎爆‼」

 炎を貫き、これまた炎を纏った鎖が、一号の身体を縛る。

「ぐぅッ! あっっっつい!」

「今だ! 一志君‼」

 髪色が落ち、また毛先だけが紅い状態に戻った。

「あぁ‼」

 一志君が飛び上がり、印を結ぶ。

「神山壊術式」

「くそぉおおおおおおお!」

百穿抗びゃくせんこう‼」

 百本の杭が、一号の身体を貫き。やがて、一号の身体は黒い炎で燃え上がった。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 そして、そのなかから、倒れ伏した一号が姿を現した。符は燃えている。

「ぶはー! これで終わりかぁ!」

「ありがとう、灯也君。お疲れ」

「あぁ、一志君もありがとう。とりあえず危機は去ったかな――」

「まだです~! 今の戦闘音を聞いて近づいてくる人たちが何人か~。急いで川の方へ逃げましょう~!」

 どこかへ行っていた香澄さんは、どうやら周囲の索敵をしてくれていたらしい。

「マジかぁ!」

 俺は重い腰を上げて、とりあえずその場から離脱するのだった。

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