第20話 越智合新人戦①

俺は、越智合おちあい総合スポーツセンターにいた。そこが新人戦の会場となる。

会場には、結構な人数の参加者がいた。聞くところによると、会場にいる術師は全て参加者であり、一級術師はいないらしい。故に、清さんも雪南さんも、紫陽さんもいない。

「なんか今更緊張してきたな」

 参加者はぞろぞろとグラウンドへと集まった。すると、背後からいきなり声をかけられた。明るく、張りのある元気な声だった。

「やあ、君も参加者だよね?」

 声をかけてきたのは、明るい茶髪にパーマをかけたツーブロックの男。両耳にピアスをしている。今まで会ってきた術師とはちょっとタイプが違う。

「はい」

「俺もなんだ。見習いでね、松神まつがみ一志かずしって言うんだ。よろしく」

「あ、俺は神宮灯也です」

「灯也君か。よろしくね」

 握手を求められて一瞬戸惑った。

 ここにいる人はみんな参加者。つまり、全員、敵。紫陽さんはああ言ってたけど、俺は正直その気持ちが先行してしまい、他人と仲良くなれる気がしていなかったが。

「敵同士だけど、お互い頑張ろう!」

 その晴れやかな笑顔を見ていると、なんだか敵ばかりでない気もしてきて、少し救われた。俺は彼の手を握り返した。

 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

『お集まりの皆さん。こんにちは。私は壊術師協会名誉会長を務めさせていただいております、神縣玄導と申します』

 しわがれた、老いた声。しかし、どこか深い底知れなさがある。井戸の底を覗くような、そんな印象だった。

『これから皆さんには、このスポーツセンターを中心として半径一キロの円の中で競い合っていただきます。ルールは簡単、相手の身体に致命傷を与えること』

「⁉」

『ご安心ください。これから、代命受符だいめいじゅふという、術式を刻んだ札をお配り致します。これは、一度だけ、致命傷を代わりに受けてくれるものです』

「なるほど、要するに本気で戦って、その札が切れたら負けってことか」

 流石に人相手に攻撃を放つのはいささか気が引けるが、一志君はすんなりと受け入れている様だった。

『最後まで生き残った四名の勝利になります。倒した数は関係ありませんので、予めご了承を。そして、円は一定時間ごとに縮小します。残り四名になった時点で終了です』

 ルールは以上らしかった。

『では。皆さんの活躍を期待しています。頑張って下さい』

 そして、機械的な音声で三十分後に開始することと、開始位置に移動する指示が放送された。名誉会長の挨拶とは、なんとも淡泊なものだ。

「それにしても、生き残りが四人か」

「それなら、このファーストラウンドは協力できそうだね」

 すると、今度は近くから暗く、少しかすれた声が聞こえてきた。

「というか……。それを推奨しているのかと~」

「うぉ⁉」

 驚いて飛び退くと、そこにはもじゃもじゃの長い黒髪に、鋭い目つき、丸メガネにそばかすという風貌の少女。身長は俺の胸くらいまでしかない。

「あ……、失礼しました~。私、神内じんだい香澄かすみと申します~」

 妙に間延びした、独特なリズムで話す。

「神内? あの神内家の?」

「はい……。あ、でも私は五人姉妹の末ですし、落ちこぼれなので、あまり期待しないでいてもらえると~」

 へらへらと笑いながら、あまりまくった袖をふらふらと振った。

「そうですね……。頭脳担当でどうでしょうか~」

「どうでしょうか、って。君、俺達と一緒に行動するつもりか?」

「もちろん……。なにか、問題がありましたでしょうか~? もしかして、他にもうお二人お仲間がいらっしゃるとか~?」

「いや、そうではないけど」

「では……。問題ないですね~」

 香澄さんは、翻弄される一志君の言葉に食い気味に答えた。

「それより、私……」

 グイっと腕を引っ張られ、香澄さんの吐息が聞こえるくらいの距離まで接近させられた。俺はあまりに急なことで固まってしまう。

「私、あなたのことが気になるんですよね~。その目、髪の色……。それに」

 パッと手を離された。

「普通の術師とは違う、何かを感じる」

 俺はぎくりとする。

「……ふふ。まぁ、勘ですけど~」

 そして、半身ひねって、一志君の方も見る。

「それに、あなたの方も一筋縄じゃいかないとお見受けしました……。何か目的がおありなんでしょう~。それが何なのかは、まぁ、今はいいです~」

「……何が言いたい?」

 香澄さんはにやりと笑う。

「恐らく、このファーストラウンドは、四人で生き残ることを推奨されています~」

「さっきもそんなこと言ってたね」

「はい……。見習い術師の多くは実践を知りません~。対人戦サバイバルという状況も、術師としてはまずありえない状況です~。それは即ち術師同士で戦うことを意味しますからね~」

 得意げに袖を振りながら、話を続ける。

「即ち、このファーストラウンドで必要なのは、個々の技量の高さよりも、複数で協力して相手を倒すこと……。そうですね~。コンビネーションの瞬発力とでも言いましょうか~。術師になれば、他の術師と急に共闘する展開も大いにありますしね~」

「なるほど」

 俺は感心してしまった。そこまで考えてここに来ていなかった。

 そう言われれば、紫陽さんとの特訓において、被害を大きくする方向よりも、ビームを細くしたり、連射したり、他の人と合わせやすい方向に修行したのも頷ける。

「であれば……。本当はもう一人いた方がいいんですが~。まぁ、時間もありませんし~。ここはこの三人で協力、でどうでしょうか~?」

「うん。俺はいいと思う。香澄さん、凄く頼りになりそうだし」

「まぁ、確かに、作戦を考えてくれる人は必要かもね」

「では……。チーム結成と言うことで~。チーム名何にします~? Basketバスケット blowブロウで略してバスブロとかどうです~?」

「それなら漢字の方がいいかなぁ……。魔天竜まてんりゅうとか」

「いや~。やっぱり英語を略す方がいいと思いますよ~? MAXマックス TRIPLEトリプル CREWクルーでマットリとかどうでしょ~」


 やがて、新人戦ファーストラウンドが開始される。

 しかし、この時俺達はまだ知らなかった。

 この新人戦の裏で蠢く、闇に。

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