第18話 幕間:細氷に咲く①
新人戦開始。その一か月前。
「件の影壊について、調査結果が出た」
そこは、術師協会の本部。そこに集められたのは、村山地方屈指の術師たち。私も、その末席に座っていた。
私が灯也を気絶させ、合流するまでの間に、愛夢さんはあの壊獣からサンプルを採っていたらしい。
「あれは、影壊三体をベースにして、複数の壊獣の身体を合成したものだった」
父が神妙な顔つきで言う。
「
続けて、父の傍らに立っていたスーツの男性が話し出す。
「手元の資料をご覧ください。これは、例年のこの時期、百鬼夜行の壊獣出現量の比較です。明らかに、壊門数が減り、壊獣の数が減っていることが分かります」
毎年、夏と冬、新人戦の時期には、壊獣が大量発生する。それが、百鬼夜行。新人術師を保護するためにも、新人戦の開催日と併せて、同時に殲滅作戦が取られる。
「例年であれば、神城公園の敷地内に収まりますが……。今年は、総数が減る代わりに、壊獣の個体が強くなり、結果、壊門場所がズレる可能性があります」
二枚目の資料は、神城公園の全体地図。赤色で例年の壊門ポイントが示され、青色で今年の予想ポイントが示されている。確かに、大分ズレている。
「山形県警としては、あまりことを大きくしたくないので、周辺住民の避難などは行いたくない、というのが本音です。もちろん、必要に迫られれば行いますが」
スーツの男性は、山形県警の
そもそも壊術師は壊獣によって起きる被害を未然に防ぐ、もしくは解決することで警察からお金をもらうことで生活している。
「そんなわけで、出来ることなら術師の皆さまだけで対応していただきたい」
しかしこの人は、些か適当。というか投げやりである。
「結界やらなにやらを使えば上手いことどうにかなりませんか?」
「出来なくはない。が、壊門を引き寄せ、かつ外へ出さないようにする為の結界は非常に強固かつ複雑なものになる。そうなれば、人員をそちらへ割かねばならず、戦闘にあたれる人数に限りが出る。ただでさえ不測の事態。術師のリスクは減らしたいところだ」
父の声は冷静だった。
「出来なくないならやってください。こちらとしても、警察側の被害者が出ることは絶対にあってはなりませんので」
「まぁ、まぁ。空幻も田守さんも落ち着いて」
清さんが口を挟む。
「結界はともかく、今回この作戦に参加できるのは八人。そこに、本部で待機している空幻と心さんがいれば、大抵のことは対応できるんじゃないかい?」
私は、無意識に会議机の一番奥に座っている人物に目を向ける。
「私は構わないよ。今回の作戦に参加するのは、皆優秀な術師ばかりだしね。出る幕はないだろうし」
「……会長がそう言うのであれば」
今回の作戦に参加するのは、特別チームとされていた五人に追加で三人。私と清さんもそのメンバーだった。
「結界術式であれば、俺が多少扱えます。どうせ戦闘には参加できないんで、公園の中央にベースを作ってしまえば、治療と同時並行でやりますよ」
そう言ったのは、修術師、安上拓矢さん。非戦闘員ながら、修復術式の腕を買われて、今回のメンバーに加えられていた。
「ただまぁ、もう二人ほど、修術師を追加して欲しいですけど。メンバーは俺が選んでしまっていいですね?」
「構わん。お前のやりたいようにやれ」
父も、彼の実力には全幅の信頼を置いていた。
「では。周辺住民の避難は今回行わない、ということで。もちろん、情報操作はさせて頂きますよ。ご安心を」
田守さんは、そう言って浅く礼をして会議室を後にした。
父は、短く息を吐いた。
「今回の作戦指揮は相子に執ってもらう」
父の隣に座る女性。
「はい。先ほどの拓矢君の提案を踏まえ、中央に作戦本部を設置。そこに修術師を置き、その警護として、清悟郎さんについてもらいます」
清さんは頷いた。
「次。残る六人は、ペアで戦闘にあたってもらいます。私と雷斗。愛夢さんと雪南。神野山家の二人」
すると、金髪の青年が不満そうな声を出した。
「なんだ。雷斗」
父に当てられ、青年は立ち上がった。
「いや、どうせなら雪南ちゃんとが良かったな、と」
「この人選は、能力の相性を考えてのことです。それに、あなたを鍛えたのは私です。連携も取りやすい。そうでしょう?」
「……まぁ、そっすね。お師匠に従いマース」
気だるそうに着席して、私に向かってウインクを飛ばす。私は舌を出して返した。
「他に。異議や質問のある者は? なければこのまま決定したいと思いますが」
そこで手を挙げるものはいなかった。
「よし。では一か月後、作戦を開始する。各々準備をしておけ」
「やぁ、雪南ちゃん。久しぶり」
「……何か用?」
会議が終わるや否や、雷斗は私のところへ歩いてきた。なんとなく予測できたからさっさと帰りたかったが、愛夢さんに話があった為帰るに帰れずにいた。
「随分な言い草だね。許嫁に」
私はこいつが嫌いだった。
「今日はあの化物はいないのかい? と、そういえばまだ見習いだったっけ? ははは」
嫌いポイント一。灯也をひたすらに化物呼ばわりする。
「あんたには関係ないでしょ。用がないなら帰ってよ」
「そう言う君は何か用があって残っているのかい?」
「愛夢さんに用があるの。いいからさっさと帰れ」
「バカ女に? なんの?」
嫌いポイント二。昔から愛夢さんをバカ呼ばわりする。
「うるっさいなぁ。あんたこそ何なの?」
すると、雷斗は私の肩に腕を回してきた。
「もちろん、雪南ちゃんとスキンシップを取るために」
その腕を荒っぽく振りほどくと、雷斗の腕の範囲より外に距離を取る。
「やめてよ。前から嫌だって言ってんでしょ」
「照れるなって」
嫌いポイント三。しつこい。馴れ馴れしい。嫌だと言ったことをしてくる。
総じてこいつは、他人に対する敬意というものが微塵もないのだ。
「雷斗。何をしているんですか。帰りますよ」
「げ。お師匠」
殺気を込めて雷斗を睨んでいたら、相子さんが雷斗の肩を掴んだ。
「何が「げ」なんですか?」
「いーえ。なんでも」
傍若無人な雷斗だが、相子さんにボッコボコにされて以降、彼女にはまともに逆らえずにいるらしい。
「じゃ、雪南ちゃん。また会おう」
「二度と会いたくないね!」
雷斗が投げてきたキッスを手で払った。
「ごめんね、雪南。雷斗には私がきつく言っておくから」
そう言うと、相子さんは雷斗の首根っこを掴んで会議室を後にした。
「あの。愛夢さん」
会議の後、私は愛夢さんにとあるお願いをした。
「私に修行つけてくれませんか?」
愛夢さんは一瞬きょとんとした顔をした。
「あ、いや。その。作戦の準備で清さんは忙しいだろうし。灯也は紫陽さんに修行を付けてもらってるっていうし。あれです、あれ! 連携の確認というか!」
恥ずかしくてなんだかまくし立ててしまった。
冷静に考えれば、準備のために少しでも感覚を取り戻しておきたいのは愛夢さんの方だろうに。そこまで考えが至っていなかった。慌ててなかったことにしようとしたら、愛夢さんはあっさりと「いいよ」と言った。
「え?」
「って言っても、正直もう雪南ちゃんに教えることなんてないから、ひたすら戦うだけになると思うけど。お互いのクセを知って連携に役立てる。ついでに私もこの腕の感覚を掴む。それでどうかな」
「っはい! お願いします」
「よっしゃ。じゃあ、本部に泊まり込みでやろう」
「泊まり込みですか? ご飯とかは……」
「一人暮らしをしていた大学生をなめるな?」
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