第17話 越智合新人戦⓪

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「よし! お疲れ。今日はこの辺にしとこうか」

「はぁ、はぁ、はい……。ありがとう、ございました……」

 新人戦まで一か月しかない。その為、紫陽さんとの修行は死ぬほどきつかった。というか、シンプルに最大出力で放つだけでも、そのビームを絞ったり、溜めたり、緩急をつけることがここまで難しいとは。

「よし。飯でもどう? 灯也君。おごるよ」

「はい! 行きます。ちょっと待っててください、着替えてくるんで!」

 修行を初めて二週間。紫陽さんは凄く面倒見のいい人だった。兄弟がいない俺にとっては、兄のような存在になっていった。


 修行終わりに何度か来る、家の近くのラーメン屋、翔ちゃんラーメン。夜遅くまでやってくれているおかげで、俺達はいつも助かっている。

「いつも通り、メンマラーメン大盛りで!」

「じゃあ俺は……、今日は五目野菜ラーメンをお願いします」

 注文を済ませ、運ばれてくるまでの間、いつも決まって話すことがあった。

「さて。じゃあ反省会を始めよう」

「はい」

 紫陽さんの修行スタイルは、俺に考えさせるやり方。始める前に問題点を書き出し、終わった後にその反省をする。それを繰り返すことで、自分の弱点をはっきりと認識させるのが目的、だとか。

「ここまで二週間。最初はできなかった放出する術力の照準を絞ることも、大分出来るようになってきた。でも、まだ実践で使えるレベルにはなってないっていうのが正直なところだよね」

「はい」

「で、灯也君が自分で考えたその原因は二つ。一つは、慣れ。今まで考えなしに撃つ事しかしてこなかったせいで、いざコントロールするとなると、出来ない、と」

「正直、それに関しては絞ることに慣れていくしかないと思います。少しずつ出来るようになっているのも、やっぱり慣れだと思いますし」

「うん。そうだね。じゃあ、二つ目。目下こっちが最大の問題だと思うけど」

「術力を長時間放出し続けると、オーバーヒートしてしまう……」

 紫陽さんとの修行は基本的に、術力を高出力で長時間保つ必要がある。そうすると、俺は段々と意識が遠のいてきてしまう。

「原因に関しては、正直わかりません。記憶を失って目覚めた時から、こうだったので」

「まぁ、それならそれでやりようはある。だろ?」

「今考えられるのは、連射する方法です。クールダウンを挟めば大分安定して攻撃が出来ると思うので」

 ビームのように放ち続けるのではなく、撃つ、止める、撃つ、止めるを繰り返す。

「でも、連射だといまいち一発一発の出力が安定しないのと、リズムが保てないんです」

「うむ。で、ここ数日はその改善法を考えているわけだけど。どう? 何か掴めそうかい?」

「うーん。難しいですかね……」

 そんな話をしていると、注文していたラーメンが運ばれてきた。

「とりあえず熱いうちにいただこう」

「はい。いただきます」

 ラーメンをすする。いつ食べても美味い。

「そういえば、紫陽さんはなんで術師に?」

「んー。まぁ、生まれた時から決まってたから。神賜家の術師になることは」

「……なるほど」

「それこそ愛夢ちゃんみたいに、親を殺された、とかそういうのもない。仕事だから、というか。義務感……みたいな」

 義務感。四家のいがみ合いや、跡取りに興味がないと言っていた紫陽さんは、もっと他に、別の目的があるものだと勝手に思っていたから、意外だった。

「その、紫陽さんは神賜家が嫌い、とかそういうことじゃないんですね」

「はは。まぁそう思うのもわかるけどね。俺は別に、親父や、一族のみんなが嫌いなわけじゃないよ。そうだな、強いて術師を続ける理由を言うなら、出会いかな」

「出会い」

「そう。灯也君とこうして出会ったように。壊術師という役目を通して、色々な人に出会った。俺はさ、出会った人の数だけ世界が広がるものだと思ってる。でもって、そうやって自分の世界を広げていくのが楽しいから、かな」

 雪南さんの「守りたい」、愛夢さんの「笑顔にしたい」、にあたるところが、「世界を広げたい」、ということか。

「他の地方にも沢山お知り合いが?」

「あぁ。それこそ、家関係なしにね。だから俺は、四家の争いなんてどうでもいいし、興味もない。というか、早くやめてほしいと思うね」

「それ、なんの争いなんです?」

「どの家が開祖の意思に最も近いか、みたいな話だったような」

「へぇ」

 開祖に関して、少しだけだけど清さんから聞いたことがある。壊術師としてその力に目覚めた後は、沢山の子供を残し、一気に家を広げた。それが今の四家になり、やがて分裂してしまった、と。

「どの地方にも、個性的な術師が沢山いるんだよね」

「俺、清さんや雪南さん以外の術師の人、あんまりあったことないんですよね」

「そう? 面白い人が沢山いるよ。それに、年齢も性別もバラバラ」

「性別……?」

「庄内の神田かんだ恋帝れんていさんっていう術師がいるんだけど。もう四十くらいのおっさんで、オカマなんだよね」

「オカマ……。実在するんですね……」

「変な経歴の人でさ。海好きで、最初は海の仕事をしていたらしいんだけど。曰く気づいたらオカマになっていたらしい」

「⁉」

「まぁ、術師やってりゃそのうち会う機会はあるだろうし。本人に聞くといいよ。あとはそうだな、鮫のおばさんとか」

「鮫……⁉」

「蛇坊主とか」

「蛇坊主……⁉ 妖怪の話ですか……?」

「ははは! いや、最上地方の神上こうがみ正太しょうたって坊主頭の術師がいてな。岩壊蛇がんかいじゃを使うんだよ。すげー素直なやつで、術もすごい素直なんだよね」

「へー!」

「俺はさ。灯也君にも色々な術師に会ってほしいと思うよ。あと、友達も増やして欲しいと思う。少なからず、見える世界が変わって来るはずだからさ。そういう意味で、是非、新人戦頑張ってほしいね」

「はい! ちょっと楽しみになってきました!」

 今までは、早く強くなるっていう焦りばかりがあった。けれど、確かに、俺の知らない術師に会えると思えば、それは凄く貴重な経験になるだろうし、凄く楽しみなことだ。

「もっと修行頑張らないと、ですね!」

「修行頑張る理由が、少しでも増えたなら、まぁ、俺が話した甲斐もあるってもんだよ」


 そうして、俺の夏休みは過ぎて行った。

 強くなる。そして、見習いから二級の術師になる為に。

 それに、まだ見ぬ仲間たちへ会うために。


 そして。新人戦を明日に控えた俺は、紫陽さん相手に、十本中一本とれるかとれないか、くらいには成長していた。

「――成長してるんですかね」

 確かに、一か月前と比べれば新技もいくつか完成したし、術の使い方もわかってきたような気がしたけれど。

「間違いなく成長してるよ。俺と戦って、百本中六本取れれば大したもんだし」

 どうにも素直に喜べない。

「まぁ、比較対象が俺だけだとそうだろうね。でも、大会に出たら見違えるほど強くなってるって、わかるはずだよ」

 妙に自信ありげな紫陽さんを見ていると、確かになんだか出来るような気がしてきた。

 根拠はないけれど、なら今は、この人の自信に乗っからせてもらおう。

「……やれるだけ、やってみます!」

「うん。頑張れ!」

 

 そして、新人戦が開幕する。

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