第15話 神城影壊戦線⑪
それから、2日が経って。俺と雪南さんは、重い気分のまま月曜日を迎えた。
「愛夢ちゃん、今日戻って来るっていうから。ごちそう作って待ってるから、早く帰って来るんだよ?」
「はい……」
清さんにそう言われて送り出された。
先日の事件以降。愛夢さんは一命をとりとめたものの、右腕を失った。それから、術力の使い過ぎと獣印壊放の影響で、ずっと意識不明だった。昨日の昼頃にやっと目覚めたらしい。
「雪南さん。愛夢さん、大丈夫ですかね」
「どうだろ。獣印壊放したけど、意識は愛夢さんのままだって聞いたけど」
壊獣次第では、獣印壊放したとしても、身体を乗っ取られることなく生活することは可能らしい。今回の愛夢さんはその例だった、と。
「あとは、右腕」
「……」
破損した部分の修復を行う修復の壊術式、それが修術。拓矢さんをはじめとした修術師の人達は、ある程度であれば怪我も直せるという。
しかし、今回の愛夢さんに関しては、右腕が奪われてしまっている関係上、修復そのものが不可能だったらしい。
「……」
俺と雪南さんは、命からがら逃げだして、清さんに保護された。それから、1日休んだ後、日曜日には回復していた。
「俺が、もっと強ければ……」
今回、あいつの先制攻撃を愛夢さんが受けてしまったのは、動けなくなっていた俺にかまっていたからだろう。そもそも、俺がオーバーヒートすることなく南門の壊獣を片付けられていれば、もっと早くに駆け付けられて。そうすれば愛夢さんが術力を無駄遣いすることもなくて――。
「……私の方こそ、だよ」
雪南さんの声や表情からも、悔しさが見える。
「……」
「……」
結局その日学校へ行って帰るまで、俺の気分が明るくなることはなかった。
「「ただいま」」
雪南さんと2人、朝と同じようにとぼとぼと帰ってきた。すると、玄関に愛夢さんの靴があったのが目に入った。
俺と雪南さんは顔を見合わせ、客間の扉を開いた」
「「愛夢さん‼」」
「おっ。二人そろってご帰宅? 相変わらずおアツいねぇ~」
2日ぶりに見た愛夢さんは、ついこの間と何も変わらないように見えた。
「愛夢さん、大丈夫なんですか、その、色々と……」
雪南さんが尋ねた。
「ん、ほら、見ての通り元気!」
腕を曲げて、力こぶを見せるような動作を取る。上から羽織った長袖越しでは、普通に右腕があるように見える。けれど。
「……!」
右手には、手袋をしていた。
「腕――」
雪南さんが思わず尋ねる。当人もしまった、という風に口を塞いで、不安そうに愛夢さんを見ていた。
「あぁ。これ? ほら、みてみて。すごくない、私」
愛夢さんの右腕は、木製の義手になっていた。
「獣印壊放したから、いちいち術式展壊しなくても術を行使できるようになったんだよね。その影響で、術で作った木の義手を、まるで自分の腕のように器用に使えるわけです! 怪我の功名ってやつ?」
えっへん、と胸を張ってみせた。
「私……。ずっと……、心配で――。目が覚めないって聞いてたから――!」
すると、雪南さんの目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちていった。
「あの日、何も。出来なくて。私、私――!」
守りたい、と言っていたあの目には、愛夢さんへの尊敬と愛情がこもっていた。過ごしていた時間も、雪南さんの方が俺よりずっと長い。俺の何倍も、心配だったし、後悔していたに違いないのだ。
「よしよし。大丈夫、大丈夫だよ。お姉さんはこの通り元気だから。ね? 雪南ちゃん」
雪南さんはしばらく、声を上げて泣いた。
こんなにも弱々しい彼女を見たのは、初めてだった。
「術師協会は、謎の男、そして巨大な影壊について更に調査を進めていくらしい。それにあたって、特別チームを編成することを決めたらしい」
特別チーム。
「それって、俺や雪南さんも?」
すると、清さんが首を横に振った。
「仮にも一級の有望株だった愛夢ちゃんがやられたんだ。今回は一級でAランク以上の壊獣の力を持っている術師、及びそれに匹敵する術師のみが選ばれた」
「――。そう、ですか」
すると、愛夢さんは俺の頭を撫でた。
「借りを返したいって気持ちは一緒だけどさ。焦っても仕方ないよ。起きたことを嘆いてても仕方ない。今しかないし、未来しかないんだから」
愛夢さんの左手の柔らかな感触が、俺にはなんだかとても苦しかった。
それから、愛夢さんは清さんと話があるから、と俺達は席を外した。
内容は恐らく、愛夢さんの今後について。俺と雪南さん的にはやはり気になるところだった。2人で顔を見合わせ、息を殺しながら、部屋の中の会話に耳を澄ませた。
「それで、愛夢ちゃん。これからだけど。本部からはなにか言われているのかい?」
「術師協会にはいてくれ、と。ただ、後輩の育成に専念するもいいし、修術師に転向するのもいい。もちろん、前線に立って戦い続けるのも……、と」
「……そうか。で、どうするのかは決めているの?」
「――戦い続けるつもりです」
俺と雪南さんは驚いて声を上げそうになって、すんでのところでこらえた。
「私に残されたのは、もうこれしかないので」
「これしかない?」
「この右腕、確かに器用に動かすことはできます。でも、やっぱり違うんです、本物の腕の感覚とは」
「……」
「絵を描くときの微妙な力加減や、感覚を伝って得られる情報、それに何より、命を吹き込めている感じがしない」
愛夢さんの声が、少しずつ潤んでいるのが分かった。
「私の腕だけど、私の腕じゃないんです。これはもう。道具になってしまった。こんな状態じゃ、満足な絵なんて描けない」
絵を描く、そしてそれで人を笑顔にする。楽しそうに語っていた彼女の表情がフラッシュバックして、俺は拳を強く握りしめた。
「――私の夢が、1つ、潰えました。だから、あと私に残されたのは、戦うことだけなんです。戦って、誰かの笑顔を守ること――。この夢まで、誰かに託したくはない。失いたくないんです――!」
涙ながらに語る彼女の声は、俺と、雪南さんの胸を確かに強く打った。
「ごめんなさい、2人には泣いてるの見られたくないんです。お姉ちゃんでいたいので」
「そっか。……君は、強いね」
「えへへ、そんなことないですよ。私が強がれたり、こうやって無理やり前向きになれたりするのは、あの2人がいてくれるおかげなので」
「灯也君たちの?」
「はい。私を心配してくれる。私を守ろうとしてくれる。そういう、彼女たちの優しさに救われてるので。私もずっと泣いてられないな、って」
雪南さんが立ち上がる。
「灯也。準備して。修行しよう」
「――はい!」
俺も後に続いて、道場へと向かった。
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