第14話 幕間:恵みに誓う
私の名前は
母が、愛という字を入れたいと。姉が、夢という字が入れたい、と。そして父が、「めぐむ」という名前がいいと。
人に愛される子に。そして、夢を持つ子に。なにより、夢を愛する子になりますように。愛と夢に恵まれますように。
術師になってから。家族の5回忌の時に、両親の友人から聞いた話だった。
私は、なんて幸せ者なんだろう。
記憶の中では、もうぼんやりとしているけれど。でも、温かな、私の居場所は、確かにそこにあったんだ、と思えた。
「愛夢。この子は雪南ちゃん。今日からここであなたと一緒に修行をするのよ」
5歳の時に家族を殺され、それから術師になるために早織さんの養子となった。そこで、当時3歳だった雪南ちゃんに出会う。
「……」
雪南ちゃんは、3歳とは思えぬほど、哀しい目をしていた。
そして、全然懐いてくれなかった。
姉、というものに憧れていた私は、彼女と出会った時、妹が出来たようで嬉しかった。
しかし、その実態はというと、ろくに会話もしてくれず、ひたすらに避けられる日々。
全くもって上手く行かなかった。
「早織さん。私、雪南ちゃんと仲良くできる気がしないよぅ」
天涯孤独となった私を拾い、私の母となってくれた人。私を家族にしてくれた人。家族を失って悲しみに暮れていた私を救ってくれた人。
早織さんは、私の頭を撫でながら、こう言った。
「誰かと仲良くなりたいなら、その人に寄り添いなさい。話をするの」
「お話?」
「そう。話をするってことは、言葉を交わすってこと。言葉は心、想いがこもってる。つまり、言葉を交わすってことは、想いを交わすってことなの」
「想いを……。じゃあ今も、私と早織さんは想いを交わしてるのかな」
「そうだね。愛夢から、雪南と仲良くなりたい、っていう想いが伝わった。だから、私も仲良くなれるように頑張ってほしいっていう想いを込めて話してる」
私は、仲良くなりたいんだよ、という想いを込めて、雪南ちゃんと積極的に会話をするようになった。
最初の頃はまともに取り合ってくれなかったが、段々と言葉を返してくれるようになった。そんなある日。
「わたしは、おとうさんにすてられたんだ」
彼女の父、神山空幻は壊術師でも1、2を争う実力者。そんな彼が、何故自分の娘を早織さんに預けたのか。その理由を、私は知らなかった。
「……」
きっとまともに言葉を交わすこともなく、ここへ連れてこられたのだろう。
捨てられた。そう感じるのは当然だった。
「おかあさんもしんじゃったし……。……ひぐっ。わたし……、わたし……」
ここに来てから、初めて見せる涙。私は、泣きじゃくる彼女を抱きしめた。
「私が、雪南ちゃんの家族になる」
それは、ここへ来た時、早織さんが同じようにしてくれたこと。
「だから、大丈夫。雪南ちゃんは、私が守るから」
それは、ここへ来る前、姉が、両親が、同じようにしてくれたこと。
「今日から私は、雪南ちゃんのお姉ちゃんです!」
今は、精いっぱいの笑顔で。
それは、私が今まで貰った愛の証。
「――お姉ちゃんは、妹を守るものだからね」
散々雪南ちゃんに言って聞かせた言葉。もう一度自分で復唱して、しかと心に刻む。覚悟を、決める。
目の前にいる男が何者なのかはわからない。どんな力を持っているのかもわからない。加えて、私の右腕はこいつに吹き飛ばされた。
「これじゃ、修復はできない、よねぇ……」
殺気を感じ、2人を突き飛ばした。そして、一瞬で消えた右腕の全感覚。ディレイしてやって来る痛みの片鱗に、咄嗟に痛み止めの術式を施した。危うく可愛い妹弟子とその弟弟子の前で叫ぶところだった。
つぅ、と頬を涙が伝う。
「……そっか」
身体のバランスがとりにくいなぁ、とか、簡易術式でどうにかできるかなぁ、とか、術力の残りが少ないなぁ、とか。強引に思考を巡らせて、考えないようにしたかったけれど、どうやら無理らしい。
「もう、絵、描けないんだ」
私が唯一、人を笑顔に出来る方法。それが、絵を描くことだった。しかし、右腕が無ければ、それも叶わない。
夢が潰えた音と共に、私の中で枷が落ちる。
「絶対にこの先へは行かせない」
もうここで死んでもいい。
でも、絶対、あの2人だけは。あの2人の未来は、守る。私に残された、唯一の――。
「
残った左腕を胸の前に構える。
「壊獣術式」
中指に、人差し指を絡ませる。
「術力壊放」
残った術力と、推定される相手の実力から、導かれる最適解は、全力ブッパ。
「――
私の左太ももにある獣印が、砕ける。
獣印とは即ち、壊獣をその身に宿し、留める楔。それを壊すということは、己の心身全てを、壊獣に委ねるということを意味する。
視界が暗転する。
そして、光のない空間で、私は己の力と対峙する。
「樹壊。久しぶり」
『メグム。まさか二回目が死に際とはね』
大樹から、四方八方、無数に樹が生えている。それが、樹壊の姿だった。
「片腕欠損で悪いけど、私の身体をあなたにあげる。だから、絶対にあいつを雪南ちゃんと灯也君のところに行かせないで」
己が精神世界で、壊獣と対話し、契約を交わす。私が樹壊の力を手に入れるとき、最初に交わした契約は、「私のイメージについて来ること。その代わり、壊獣の意識を残すこと」。樹壊は、私の記憶、感情、思考の全てを知っている。
『……誓おう』
「さすが。話が早い」
時間にして刹那。私の身体を、膨大な量の樹が包む。その木々は、私の身体から直接生えている。やがて、失った右腕を木で再生した。目の光は、赤黒い。
「獣印壊放するとは! 本気だね」
「『お前が何者なのかは知らないが、私達は、全力を以てお前を殺す』」
視界はもう澄み切っている。身体が軽い。内から無限に力が湧いてくる。
「『負ける気がしない』」
強く地面を蹴って、男に一気に迫る。吹き飛ばされた右腕で、拳を繰り出す。木製の義手は、同時に術式を施すことで自由に変形できる。触れた瞬間、男の身体を貫く槍だ。
瞬時にそれを感じ取ったのか、男はかわそうとする。
しかし、私の片足が地についている。瞬間的に術式を発動し、男の身体を樹で抑えつける。両脚、両腕、ついでに首。
「――‼」
「『貰った』」
身体を貫く右腕。そして、右腕から四方八方へ一気に木の棘を放つ。身体の内側から、ずたずたにする。これだけでは終わらない。
抑えつけている樹に力を籠める。両足首と、両手首を砕く。そして、首も折る。
骨が潰れ、肉が破裂する感触。鮮血とともに、骨が皮膚を突き破る。
「『まだだ』」
右腕を引き抜いて、手の平を当てる。
「『
相手の術力を吸い取り、枯れさせる技。それだけでなく、吸い取った術力は自分のものとして使うことが出来る。
ぱきぱき、と音を立てながら、男の身体が枯れていく。
「『トドメだ』」
全身全霊。これが、最後の。
「『
ぐるぐると渦を巻き、螺旋を描きながら、何本もの大樹が男を捕らえる。そのまま潰すだけでなく、大樹に触れたもの全てから術力を吸収する。私の、最大の奥義。
夜の神城公園に、大樹が姿を現した。
これで――!
その時だった。木々の隙間から、黒いもやが漏れ出ている。やがて、そのもやは人の形を取り、その中から男が姿を現した。
「いやぁ、危なかった」
木枯獄が朽ちて崩れていく。
「『そんな……』」
術力を使い果たし、私は膝から崩れ落ちる。
「惜しかった。けど、相性が悪かった」
男は、腕を黒いもやに変えてみせる。
「安心してよ。君の肉は俺達で有効活用させてもらうから」
死を覚悟した、その瞬間。男の身体が突如四散した。
「⁉」
「愛夢。大丈夫か」
声の方向を見やると、そこには神山空幻が立っていた。
「一級術師が追い詰められている、となれば相当な強敵。私が出ない訳には行くまい」
彼が来たのなら、もう大丈夫――。
そう思うが早いか。私の意識は途絶えた。
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