第13話 神城影壊戦線⑩
「――
壊獣が跳び上がって愛夢さんに襲い掛かる。
「愛夢さん!」
間に合わない――!
その時だった。
「――⁉」
ギシギシ、ベキベキと音を立て、公園の木の一本が、壊獣を抑えつけている。
「あれが、木人⁉」
木の人、と書いて木人だと聞いたが。その実態は、大木に腕が生え、まるで式神のように意思を持って戦闘をサポートする、というものだった。
「よぉし、君は
「名前つけるの⁉」
「いっけぇえ!」
愛夢さんが拳を天に突き出す。すると、それに合わせて、樹君と名付けられた木人は、抱えていた壊獣を遠くへとぶん投げた。
「灯也君、どれくらい余力ある?」
「え? あ、まぁ、全力ビームならあの壊獣の腕1本は持っていけるかな、くらい?」
「よし、じゃあビームじゃなくてそれ全部
「了解しました!」
「樹君、あの壊獣、ボッコボコにしちゃえぃ!」
木人は、ズシンズシンと音を立てて、壊獣が落ちたであろう方向へと向かっていった。
「雪南ちゃん。樹君が弱らせて、灯也君が捕らえてくれるから。そしたら決めちゃって」
「わかりました」
愛夢さんは時計で時間を確認する。いつの間にか、丑の刻に入り、もう終わろうというところだった。
「よし、これが大詰めだよ。最後、2人とも、気合入れて行こう!」
「「はい!」」
それから少しして、壊獣が今度はこっちへ降ってきた。
「うぉおおおお⁉」
ズドオオォオオオオオン――……!
俺と雪南さんは、愛夢さんの樹に守られ無事だった。
すると、間髪入れず、樹君が空から降ってきて、壊獣の上に馬乗りになる。そして、ひたすらにその身体をボコボコにぶん殴る。
「大怪獣大戦みたいになってますね」
「あはは、確かに!」
やがて、ボッコボコにされた壊獣がぐったりと抵抗する力を失ってくる。
「よし、ここだ! 灯也君!」
「はい!」
通常の影壊のような小さくてすばしっこい壊獣に縛鎖を当てるのは、コントロールが必要になるから苦手である。しかし、これだけ図体がデカく、かつ術力の温存をしなくていいとなれば話は別だ。
「術式展壊!」
いつもビームを撃っている時の感じで、全ての術力を込める。
「
グワッと、大量の鎖が影壊を取り囲む。
樹君がタイミングよく壊獣から離れた。しかし、間髪入れずに今度は俺の鎖が影壊をぐるぐる巻きにして、地面に縛り付ける。
「雪南ちゃん!」
「はい! 行きます!」
雪南さんの術師装束の胸元が鈍く光る。そして、初夏の夜の空気が、一気に冷え込む。
「
足元の土が凍るほど、雪南さんの周囲に冷気が満ちる。
「
きらきらと、夜の公園に氷の粒が舞う。しかし、次の瞬間、その粒の一つ一つから氷の刃が現れ、その全てが壊獣を斬りつける。突き立てられる。引き裂く。
ガガガガガッ! と、容赦なく繰り出される氷の刃の連撃は、まさに地獄。
「
そして、その声に合わせて、氷の粒と刃は一気に氷の結晶となり、散々攻撃した懐獣を閉じ込める大きな氷の結晶となった。その結晶は、さながら氷の大輪の華。
「
勢いよく左手を握る。すると、バキィン、と高い音を立てて、氷の華は散り、中にいたはずの壊獣と共に塵となって消えて行った。
夜闇の中で、氷の花弁は月光を纏い輝く。
「っっはぁあ~!」
愛夢さんが大きく息を吐いた。
「雪南ちゃん、灯也君、お疲れ!」
「はい、お疲れ様です」
「……助かりました」
満身創痍の俺と、若干バツが悪そうな雪南さんの頭を撫でくりまわす。
「さて、樹君。君もお疲れ!」
木人は、律儀に俺達にお辞儀をしたあと、自分が元居た場所に帰り、そのあとは物言わぬ木に戻ってしまった。
「色々と聞きたいことは沢山あるんですけど」
あの巨大な壊獣のこと。あと、愛夢さんの術のこと。
「でもまぁ、とりあえず今は――」
俺は術式を解除する。それと同時に、身体中の全ての力を抜き取られるかのように、その場にぶっ倒れてしまった。
「す、すみません。ちょっと家まで運んでいただけませんかね……」
もう無理だ。指1本、ピクリとも動かない。
「ばーか。だから言ったでしょ、無理やり身体を動かしちゃいけないって」
雪南さんは、ため息をつきながら、俺に肩をかしてくれた。
「め、面目ない」
「もう。あとはゆっくり休みな」
「そうさせてもらいます……」
すると、愛夢さんも肩をかしてくれた。
「お姉さんも混ぜてよ。可愛い妹弟子と、その弟弟子のほほえましいやりとりにさ」
「ほほえましいですかね?」
「だいぶ」
愛夢さんの顔を見ると、本当に心の底から嬉しそうな、そんな笑顔だった。
「とりあえず、はこれにて一件落着。あとは戻って、本部に報告――」
――その時だった。
本当に一瞬の出来事。
突如、愛夢さんが俺を勢いよく突き飛ばした。俺と雪南さんは、力なくその場に倒れ伏す。何が起きたのか分からなかった。
それは、何故愛夢さんが急に俺達を突き飛ばしたのか、ではなく。
「――――愛夢さん‼」
宵闇。月光。
宙を舞う腕。
迸るは鮮血。
……そして、謎の男。
「一級の腕か。まぁ、収穫だな」
男は、そう言うと黒いもやに包まれた触手を伸ばし、宙を躍る腕を回収した。
「満身創痍じゃないか。空幻の娘に、一級、それに――」
俺を見て、口元の三日月を鋭くさせた。
「殺す」
人にその言葉を向けられたのは初めてだった。
「お前を殺せ、と命じられているからな」
ぬるりと、舐めるような気配。怖気しか感じない。
これが、殺気――。
「――させないッ!」
アスファルトを突き破り、大量の樹木が俺たちと男の間に出現する。
「愛夢さん!」
「灯也君、雪南ちゃん! 怪我は⁉」
「私達は大丈夫です! でも、愛夢さんが――!」
傷口は見えない。しかし、術師装束の右肩から真っ赤な液体が、とめどなくあふれている。そして、あるはずの腕がそこにはない。
「ごめん、雪南ちゃん。灯也君を抱えて逃げて。清さんのとこまで行けば大丈夫だから」
「――でも、愛夢さんが――!」
「早く‼」
俺達よりもずっと大怪我をしているはずなのに、俺達の誰よりもしっかりと地に足をつけていた。今までの雰囲気とは違うその声に、俺は完全に動けなくなってしまう。
「――~~……ッ‼」
雪南さんは立ち上がり、俺に肩を貸しながら、全速力で愛夢さんと反対方向へ走った。
「雪南さん‼ 愛夢さんが‼」
「……!」
その表情は見えない。
「腕が――! 助けないと! 俺のことならいいですから! 愛夢さんの加勢に――!」
「……‼」
俺は、雪南さんに引っ張られるがまま。抵抗する力すら残っていない。
「雪南さん‼」
「灯也‼」
「ッ⁉」
聞いたことないような大きな声。そして、雪南さんはその歩を強くする。
「誰よりも――、あの人の、愛夢さんの――。お姉ちゃんの、教えだから――‼」
泣いてる。
その言葉の意味は分からなかったけど。一つだけはっきりと分かったことがあった。
「雪南さん――」
誰よりも、助けに行きたいはずなんだ。誰よりも、引き返したいはずなんだ。
でも、その感情を天秤にかけても、なお強く歩を進ませるだけの想いが、あるんだ。2人の間の、2人だけの絆が。
ギリ、と歯を砕かんばかりに噛む。
――俺は――‼
背後で、大きな爆発音がする。
振り返ると、天を突くほどの大樹があった。
「――愛夢さん‼」
しかし、その少しあと。大樹は、力なく消えて行ってしまう。
「‼」
何がどうなったのか、ここからは何も分からない。
俺は、叫ぶ力すら、残っていない。
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