第12話 神城影壊戦線⑨

「――ハッ!」

 目が覚める。

 上体を起こして、辺りを見回す。ズキリと痛む頭を押さえ、記憶を辿ろうとする。

「確か――、一気に4つ壊門して……」

 思い出す。

 術力壊放じゅつりょくかいほう――。己の術力のリミッターを解除する技術。印を結び、術を発動するまでのタイムラグを無くし、同時に無意識下でも常に最高出力を維持し続けられるようになる。相手が強敵であれば強敵であるほど、もしくは早急にその場を凌がなければならないときに有効な技。

「~~~っ!」

 しかしそれは、通常の術師が、基本術式で行った場合の話。俺が、壊獣術式で行うこととは意味がまるで違うのだ。

 ベンチから起き上がろうとすると、全身に痛みが走る。そして、体重が一気に何10倍にもなったかのような感覚が襲い掛かる。足腰に力が入らない。公園の野原に倒れ伏す。

「っ! 動け……ッ!」


 辛うじて動く両腕で、全身を引きずる。

 どれだけ寝ていた? わからない。

 分からないけど、早く北門に向かわなければ。気配は弱まるところを知らない。

「雪南さん……!」

 何故雪南さんがいないのかはわからない。

 オーバーヒートして気絶した俺を置いて、北門へ向かったのか。

 それとも、あの4つの壊門で……。

 頭をぶんぶんと横に振る。

「雪南さんが、負けるわけがない」

 術師は死と隣り合わせ。

 そんな言葉が、俺の脳裏をよぎる。

「ぐ……、うッ――!」

 無理やり立ち上がる。しかし、やはり足元が安定しない。地面は変わらないはずなのに、まるでスライムを踏みつけているかのようにぶよぶよとして安定しない。

「術力はまだある……!」

 壊放してから気絶するまで早かったのだろう。余力がある感覚は、確かだった。

「術式、展壊――!」

 深い雪に足を踏み込むような、抵抗なく沼に落ちていくような、そんな感覚と共に襲う、身体の内の熱。

「ぐっ!」

 警告を示すランプのように、頭痛が瞬く。

「はぁぁあ、ふぅぅう……」

 深呼吸。落ち着こう。落ち着け。

 北門へ向かっても、結局ぶっ倒れるのでは意味がない。意識をちゃんと保つんだ。

 ゆっくり、慎重に印を結ぶ。

身昇しんしょう限懐げんかい――ッ!」

 身体が熱くなるのを感じる。でも、大丈夫。視界は明瞭。意識もある。

 軽く身体を動かしてみる。

「あれは……」

 目についたのは、焼け焦げた木々。

「また拓矢さんに怒られるなぁ……」

 何となくこめかみを押さえる。

 しっかりとストレッチをして、もう一度深呼吸をする。そして、勢いよく両頬を叩く。

「よし。行くぞ」

 勢いよく地面を蹴った。

 ここから北門まではそう遠くない。公園の中はアスファルト道路が走っているが、そこを辿っていくよりも、まっすぐ突っ切って行った方が圧倒的に早い。向上した身体能力で全力を出せば、あっという間に到着する。

「――! 見えた!」

 大きな氷の結晶。雪南さんの壊獣の力。俺はほっと胸をなでおろす。

 そして、大きくなってくる爆音。

「あれは――⁉」

 黒いもやの化物。しかしそれは、黒いもやであるということは影壊だろう、と辛うじてわかるような姿。即ち、明らかにおかしい。

「灯也⁉」

「おっ⁉」

 雪南さんと愛夢さんが俺に気が付いた。化物の攻撃を一度いなし、距離を取って、俺のところへ寄って来る。

「大丈夫なの?」

「へ?」

 状況的に大丈夫なのはこちらのセリフだが。

「まぁ。身昇限壊と術力壊放のダブルパンチで死ぬほど身体がだるいですけど。余力があったんでもう一回身昇限壊をかけてます」

 すると、思いきり雪南さんに頭をはたかれた。

「いっって⁉」

「バカ! 術で無理やり身体を動かすのは非効率だからダメって教えたでしょうが!」

「うっ、すみません……」

「あはは。まぁでもここまで来ちゃったなら仕方ない。一緒に戦おうぜ、灯也君」

 愛夢さんは、俺の肩をポンポンと叩いて化物に向かっていった。

「神山壊術式」

 4足のトカゲのような姿をした化物。2本の尾と、至る所にある眼、そして大きな頭部。見た感じ、その体長は5メートルを超える。

化物は、まっすぐ向かってくる愛夢さんに、ものすごい速さで尾をぶつける。

 轟音と共に土煙が舞う。

万穿抗ばんせんこう

 一瞬にして、化物の身体に杭が撃ち込まれる。その数は、先ほどの雪南さんのものを超える。大きな体躯に合わせ、杭の長さも長くなっている。

「すっげ」

「感心してない、ほら、行くよ!」

「あ、はい!」

 俺は基本術式、雪南さんは壊獣術式の印を結ぶ。

「愛夢さんがかく乱と捕縛してくれるから、あんたはさっきと同じように距離を詰めて物理で殴る。私は、ちょっと大技をかますから」

「了解――!」

 勢いよく跳んで化物へ迫る。

「喰らえ!」

 兎脚を使って、空中でもう一度踏み込む。その勢いと体重を乗せ、思いきり跳び蹴りを頭部に打ち込む。

 ドカァアアン‼

 即時距離を取る。

「――⁉」

 頭が潰れ、頭部だけが消えていた。しかし次の瞬間、あっという間に再生する。

「愛夢さん、あれなんなんすか?」

「うーん。一応、壊獣……、の、はず」

「はずって……」

「あ、ちょっとヤバイな」

 すると、化物を抑えつけていた杭が一気に外れ、化物が自由になった。

 見ると、杭が刺さっていたところが、再生していく。

「いやー、ダメだな」

「壊獣って、あれ、影壊ですよね?」

「うん。でも、詳しいことはわかんない。私が来た時にはもう、門からあの状態で出てきてたから」

 化物――、壊獣は、俺と愛夢さんめがけ、大口を開いて突進してくる。

 俺は跳んでかわそうとするが、愛夢さんはそこでそのまま待ち構えている。

「愛夢さん⁉」

 危ない、というより早く、壊獣の頭が愛夢さんへと到達してしまう。

 しかし、今度は俺が叫ぶより早く、壊獣の頭から首の付け根辺りまで一気に消滅した。

「⁉」

「――神山壊術式……」

 消滅した塵の中から、愛夢さんが何食わぬ顔で現れる。

十穿抗じゅっせんこう

 頭を失った壊獣は、勢いよくその場で回転して、尾で薙ぎ払う。

「おっと」

 完全な不意打ちのはずが、愛夢さんは容易にそれをかわしてみせた。

「危ない危ない」

 壊獣の頭が再生する。

 というか、よく見たら愛夢さんは無傷だった。

「……強い」

 なるほど、あの雪南さんが悔しがるはずである。

 1人で戦っている時から無傷だったということは、正直、俺と雪南さんはいなくてもどうにかなるということだろう。それはつまり、守るとか守らないとか以前に、もう、完全にレベルが違うということだ。

「すげえな……」

 感心していると、壊獣の尾が、2つまとめて俺の方へ振り下ろされる。

「‼」

 ズドン!

 重い音と共に、尾は、俺の目の前で止まった。

 否。厳密には、阻まれた。

「ふぃー。危ない。大丈夫? 灯也君」

 樹木。愛夢さんの力だ。

「ありがとうございます……」

 ガードできなかったわけではないが、確実に身体にダメージを負うことになっていただろう。身昇限壊は、神経感覚も鋭くする性質上、身体に受けるダメージも大きくなる。

「雪南ちゃん、準備は?」

 術力をコントロールして、印を結んでいた雪南さんに、声をかける。よく見ると、その周辺には樹木が見える。

「まさか、戦いながら雪南さんを完璧に守ってたっていうのか?」

「――、行けます」

「ぃよし。じゃあ――、少しだけ、本気だしちゃおうかな」

 手を合わせ、印を結ぶ。それは、さっきの組手で見せた印。

「壊獣術式」

 すると、公園の木々がざわざわと揺れ始める。

木人こびと

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