第11話 幕間:刹那に燃ゆる

 時は遡る。

「これは、お前にしかできない任務だ」

 父は言う。

 私が呼ばれたのは、壊術師協会の重役のみが集まる会議。

 実父も同席しているが、それは協会側の人間としてであって、私の味方としてではない。故に、この状況は、些か居心地が悪い。

「母と同じ、氷壊を身に宿したお前にしか、な」

 氷壊ひょうかいしゅう。氷を司る、Sランク壊獣。

 私の亡き母も、同じ壊獣の力を使って戦っていたらしい。

「君に、この世界の命運がかかっている」

 重役の一人が言う。

 そんな重大な役回りを、私に――。

 ――誰も死なせない為に、私はこの力を手に入れた。で、あれば。引き受けないという選択肢は、最初からなかった。

 私が、世界を守る。


 炎壊――、炎懐えんかいりゅう。自然現象の壊獣でありながら、SSランクに分類される、壊獣界きっての暴れん坊。その力は強大であり、その気になればあっと言う間に世界を滅ぼすことすらできるという。

 かつての術師たちは、苦労の末にその力を封印した。

 しかし。

 現代に、その炎壊を身に宿した存在がいるというのだ。


 術には、相性がある。自然現象を司る術に主に働くものであるが。

 私の力は、この炎壊を抑え込むことが出来るという。しかしそれはあくまでも完全な復活を遂げなかった場合に限る。壊人、壊物となった場合はまず対処できない。

 しかし、それでも、私に出来ることがあるのなら。

 必死で術を磨いた。

 最初に極めた術は、全身の血液を瞬間的に凍結させる技。人の仕組みに則っている以上、人が動けなくなれば壊獣も動けなくなる。

 全ては、守りたい人を、守る為に。


「紹介するよ。彼が、灯也君。あぁ、僕の養子になるから、神宮じんぐう灯也とうや君、だね」

「よろしくお願いします」

 白髪の彼は、イメージしていたよりずっと礼儀正しかった。

 上層部曰く「今は炎壊を抑え込んでいる」と。しかし同時に、いつその力が暴走するかもわからない、とも。

 即ち、予定通りであるのだ。

 炎壊を身に宿した神宮灯也を、壊術師として育て、利用する。しかし、もし任務中やその他の状況下で暴走の危険性があると判断した場合。

 私が、彼を殺す。


「俺は、俺のような目に合う人を一人でも減らしたい。なんでこの力を授かったのかはわからないけど、でも、その力があるなら、って、戦うことを選んだんです」

 彼は言う。

 己の命が、まさに今も脅かされているとは知らずに。

 その眼差しに曇りはない。

「雪南さん。もっと俺に色々教えてください」

 誰かの為に、強くなろうとする。誰かの為に、命を投げ出そうとする。

 彼は紛れもなく、正義であった。

 彼と日々を過ごしていくうちに、私の考えはだんだんと変わっていった。

 炎壊と灯也は別、だと。もちろん、身体を共有してはいるけれど。でも、心まで同じではない。神宮灯也という人物は、紛れもなく正義の術師である、と。

 ならば。

 可愛い弟弟子を守ってやりたいと思うのも必然だった。


「灯也! 灯也!」

 初めて、灯也が暴走した。

 私は、躊躇った。その力を行使することを。

 その時は、なんとか清さんの力を借りて止めることに成功した。

 その後に召集された上層部会議で、私は問い詰められる。

「何故殺さなかった」

「早急に術を使えば、被害を抑えられたのではないか」

「これが街中で起きたらどうする」

 なにも言い返せなかった。

「やはり君には荷が重かったか。他の者に変わろう――」

 思わず、声を上げた。

「待ってください!」

 誰が担当になっても、灯也の身の安全は保障されない。

 それだけは、納得できなかった。

「いや、もういっそのことここで殺してしまおう。空幻君の力を使えばどうとでも――」

 出来るかもしれない。

 術師最強と謳われる父なら。炎壊を殺せるかもしれない。でも。

「お願いします! もう一度、チャンスをください」

 灯也を守りたい。

 私は一心不乱に額を地にこすりつけた。


 それから。私は灯也が暴走する度、迷いなく術を行使するようになった。

 迷えば、守れない。躊躇ってはならない。

 

 私が最初に極めた術は、灯也を殺す為のものだった。

 私が今、最も極めている術は、灯也を守るために、灯也に使う術。


 ――だからもう。私は迷わないよ。

「術力壊放」

 氷塊を目隠しにして、炎壊の視界から消える。そして、そのまま背後を取る。それは、ついさっき蟲壊がやったことと同じ。片方の身体に身を隠し、背後を取る。

 炎壊の周囲には、高熱の膜がある。下手に近づいて触れれば、人間の骨すら灰になる。

 だが、私なら。

「――ごめんね」

 ちょっとだけ、眠ってて。

氷守棺ひょうしゅかん

 瞬間的に炎壊の全身を覆う。それと同時に、多重で氷を張り続ける。

 術力を壊放した私の力は、炎すら凍てつかせることができる。

 何度も組手をした灯也が、唯一知らない技。守るために、その全力を注ぐと決めた決意の証。この氷の棺は、誰にも破れない。

 空気も凍らせながら、その棺は月光を受けて煌めいていた。

 そして、すかさず術式を解除させる。

 灯也は、完全に意識を失っていた。しかし、死んではいない。

「ふぅ」

 灯也は私を超えると言っていた。しかし、超えられるわけにはいかないのだ。

「絶対、守るから」

 灯也を安全なところへ寝かせ、周辺に護身用の結界を張る。そして、姉弟子の元へと向かう。彼女もまた、私の守りたい人なのだ。

 最近、ふと考える。

 誰もかれも守りたいなど、欲張りすぎだろうか。

 その度、思う。

 欲張れるだけの力を、そして、己の欲を己で満たせるくらいの力を、手に入れる。

「誰も、死なせない――!」

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