第9話 神城影壊戦線⑦

 そして、雪南せつなさん対愛夢めぐむさんの組手が始まった。

「この後任務もあるから、あんまりゆっくりしてられないし。それに全力でやりすぎてもいけないから。それなりね。それなり」

「そうですね。それなり」

 と言いつつ、雪南さんは大分本気でやる気のようだった。

「清さん、大丈夫なんですか」

「まー、もし危なかったら僕が止めるし」

 それなら大丈夫……か?

「さて、雪南ちゃん。いつでも、どこからでもどうぞ。お姉さんが胸を貸してあげる」

「じゃあ――、遠慮なく!」

 雪南さんは、両手を合わせると、いつもの神山印ではなく、両手の親指を絡め、翼を広げるような手の形を取る。

「あれは――」

術式展壊じゅつしきてんかい――、壊獣術式かいじゅうじゅつしき

 道場の空気が、丸ごと凍り付くかのような、寒波。

氷蓮華ひょうれんげ

 何もなかった空間に、突如として出現した氷の華。それは、1輪、また1輪と連鎖的につながって咲いてゆく。そしてそのペースは徐々に早まり、まっすぐに愛夢さんめがけて猛進していく。

 ドガァアアアアン‼

 愛夢さんはその氷の華に押しつぶされてしまった。

「ちょ、清さん、アレ、大丈夫なんですか⁉」

 しかし、雪南さんの表情に油断は見られないし、清さんも「大丈夫」と頷いている。

 すると、美しい輝きを放っていた氷の結晶が、少しずつくすんでいき、やがて。

「――氷が、枯れた……⁉」

 朽ち果てるかのように、崩れ落ちた。

 そして、その中心には、無傷の愛夢さんが立っていた。

「ひゃあ、危ない危ない」

 口ではそう言っているが、全く余裕そうである。

「精度上がってるね。無駄がなくなってる。流石だよ」

 にやり、と不敵に笑う愛夢さんに、雪南さんは間髪入れず追撃を試みる。

「じゃあ――! これならどうですか!」

 再び印を結ぶ。そして、床に勢いよく両手をついた。

 すると、愛夢さんの足元から螺旋を描き、渦を巻くように氷の柱が何本も立ち上がる。

氷旋柱ひょうせんちゅう!」

 その氷の柱はすさまじい勢いで天井へ伸びてゆく。

「甘いね」

 バギィイン! と大きな音を立て、氷の柱達は崩れて落ちてゆく。よく見ると、その根元から同じように朽ち果てているのが分かった。

「螺旋を描くせいで、柱が完全に立ち上がるまでが遅い。それに、1本1本の距離感が広いから、根本を一気に崩されると全部まとめて倒れちゃう」

 当の愛夢さんはというと、解説までする余裕っぷりである。

「清さん、愛夢さんの壊獣って何なんですか? もしかして、SSランクの――」

 氷を朽ちさせるなんて聞いたことがない。もしかしたら、SSランクの壊獣、死壊しかい……。

「いいや。愛夢ちゃんの壊獣はBランク、樹の壊獣、樹壊じゅかいだよ」

「樹壊⁉ それがどうしてあんな、氷を枯らすことが出来るんですか?」

「それはまぁ、ひとえに愛夢ちゃんの使い方が上手いというか」

 すると、次は愛夢さんが雪南さんへ距離を詰めていた。

「じゃあ――、次は私のターンだね!」

 手を鳴らし、印を結ぶ。

「神山壊術式」

 基本印。汎用的な術式は全て使える代わりに、逆に特化したものがない、基礎的な術式。対して雪南さんが使う壊獣術式は、身に宿す壊獣の力を解放するもの。特殊能力に特化したものである。

 即ち、壊獣術式に基本術式をぶつけるのは、不利、なはずだが。

兎脚ときゃく

 消える。

 そして一瞬にして、雪南さんの背後を取った。

「――っ! 氷連壁ひょうれんへき!」

 雪南さんもそれに反応し、氷の壁を作り出す。

 しかし。

「遅いね」

 愛夢さんは氷の壁に手を当てる。

壊波掌衝かいはしょうしょう

 次の瞬間、雪南さんは吹き飛ばされ、道場の壁に突っ込んだ。

「⁉」

 俺は思わず立ち上がる。

「なんすか今の!」

「本来の壊波掌衝だよ。灯也君みたいにビームになる方が珍しいの」

「え?」

「術力を短く、強く前に放つことで相手を吹き飛ばす。本来は崩しの技だね」

「いや、にしても威力! おかしいでしょ!」

「まぁ、そうだねぇ。あの威力は、壊獣の力が影響しているんだよ」

「壊獣の?」

 すると、雪南さんがガラガラと音を立てながら、瓦礫から姿を現す。

「まだやれそうだね?」

「当然です! というか手加減しないでくださいよ!」

「手加減なんてしてないよぉ?」

「嘘! さっさと木人こびとを使ってくださいよ」

 すると、愛夢さんは「よぉし、いいだろう」と言ってにやりと笑う。

「清さん、コビト、ってなんですか? 小さい人?」

「木の人、と書いて木人こびと。愛夢ちゃんの得意技、というか必殺技というか」

 愛夢さんが勢いよく手をならし、両手の人差し指と中指を立てて手を合わせる。そして、両手の中指で、前後から人差し指を挟んだ。樹に蔦が絡まるように。

「壊獣術式――」

 その時だった。

「「「「!」」」」

 その場にいた四人の壊術師全員が、同時に感じ取った。

 すると、ほぼ同時に道場に影法師が現れた。

神城かじょう公園にて壊獣出現。人型と見られます」

「――時間が早い」

 清さんが腕時計を見る。丑の刻まではまだ2時間ほどあった。

「これは、大分強いヤツが来てる可能性があるね――」

 壊門のセオリーに当てはまらないヤツほど、強い壊獣の可能性がある。このタイミングで出てくるということは、かなり危険度が高い。

 しかし、愛夢さんが清さんに親指を立てた。

「大丈夫ですよ、清さん。灯也君と雪南ちゃんのことはこの私にお任せを」

 愛夢さんは、俺と雪南さんを見て、「行くよ」と言って笑った。

「帰ったら続きですよ!」

「えー! 流石にお姉さんは寝たいよ⁉」

「とにかく行きましょう!」



 神城公園へ続く道。そこを進みながら、ひしひしと伝わってくる壊獣の気配に、俺は緊張感を全身へ迸らせる。

「ちなみに、前回2人が会った相手と比べて、どう?」

「前回よりも強い気がします」

「うーん、まぁ」

 雪南さんの返事は煮え切らない。

「どした? 雪南ちゃん」

「実は、前回のヤツの時は、壊門するときは、強い気配を感じるんですよ。でも、出てきたヤツはそうでもなくて」

「なるほど……」

「え? そうでしたか?」

 俺は全く分からなかったが。

「灯也はすぐどーんばーんだからでしょ」

「どーんばーんって」

「あはは。なるほど、どーんばーんか」

 すると、一瞬、強烈な気配を感じた。

「これ――」

「うん。こっち側に、出たね」

 俺たちが入ろうとしているのは北門。先日人型が出てきたのは南門だから反対側だが。

「2体いると思った方がよさそう、かな」

「――!」

「どうしますか。各個撃破するにしても、あまり時間はかけられませんよね」

 それに、さっきよりも明らかに気配が強い。手前の気配が強すぎて、奥の方の様子が分からない。

 要するに、今北門に出てきたヤツは、かなり強い。Bランク推定だけど、下手したら、A……、いや、Sにも相当する……。

「――ぃよし、雪南ちゃんと灯也君は真っすぐ南門に行って。北門のヤツは私が相手するから」

「そんな、危険ですよ!」

「大丈夫だよ、灯也君。私、これでも一級術師だぜぃ?」

 すると、雪南さんが俺の服の首根っこを掴んで、立ち止まった。

「わかりました。任せます」

「ちょ、雪南さん⁉」

「死なないようにだけ気を付けてください」

「もち」

 すると、雪南さんが勢いよく跳び上がった。俺は服ごと引っ張られ、そのまま南門の方へと一気に向かった。

 空から神城公園を見下ろすと、北門付近に明らかに異常な大きさの壊門が見えた。

「この高さから見える門なんておかしいです、愛夢さん1人じゃ――」

 すると、雪南さんが食い気味に答えた。

「大丈夫。あの人の術は、相手が強ければ強いほど効果を発揮する。……滅多なことがない限り、負けないよ」

「それって――」

「黙って。舌噛むよ」

「うわぁああああああああああああああああああああああ‼」

 そのまま、南門の近くにある草むらに着地した。俺は不時着した。

「いっって……」

 そこには、報告にあった通り、人型の影壊がいた。

 しかし、やはり放つ気配は北門のそれと比べると、大したことはない。

「昨日のヤツよりは強そうだけど」

「……ですね」

 それでも、昨日相対した人型よりは強い気配を感じる。

「灯也。あんたはオーバーヒートしないように。私が前に出る」

「でも、俺そんなサポートできるほど術のコントロールできないっすよ!」

「だから、暴走しない程度に全力で、身体強化して。肉弾戦でどうにかやってみよう」

「――! わかりました!」

 ふぅ、と短く息を吐く。目の前の影壊に睨みを利かせる。

「「術式展壊じゅつしきてんかい!」」

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