第8話 神城影壊戦線➅

 他愛もない話をして、俺と愛夢めぐむさんは家に帰ってきた。

 途中気が付いたことだが、愛夢さんの目的は最初から俺と話すことだったんだろう。たまたま近くに神城公園があっただけで。

 その配慮に、俺は敬服せざるを得なかった。

「たっだいまぁ」「ただいまです」

 と、2人同時に家に入ると。道着に身を包んだ雪南さんが玄関で仁王立ちして待っていた。

「おや、雪南ちゃん。どうしたの」

「どうしたじゃないですよ! ウチの灯也をたぶらかして!」

「いや、雪南さん、別にたぶらかされてなんて。むしろ愛夢さんは俺の為に――」

「灯也は黙って!」

「はいい!」

「なんだいなんだい?」

「清さん、雪南さんと愛夢さんが――」

「あー」

 あー、ってあんた。そんな日常茶飯事みたいな。

「愛夢さん、ちょっと組手、付き合ってください」

 やはりそうか。道着を来た雪南さんはもう戦う以外ありえない。しかし、愛夢さんの力はわからないけれど、雪南さんがかなり強いことは俺もよく知っている。この勝負、少し見てみたい気もした。

「ふむ。仕方ない。可愛い妹弟子のためだ。ご飯食べたら、久々に相手してあげよう」

「あ、先にご飯食べちゃう? いいよ、もう出来てるから」

「やったー。何ですか、清さん」

「今日は愛夢ちゃんのリクエストでカレーだよ」

「いえーい!」

 清さんといい愛夢さんといい、術師として歴の長い人たちは戦闘が日常茶飯事になるのだろうか。

 とりあえず、俺も晩御飯を頂くことにした。


 晩御飯を食べた後、愛夢さんは「そう言えば荷ほどきしてなかった! 腹安めにもちょい待ってて☆」と言ってさっさと自分の部屋へ行ってしまったので、俺と雪南さんは一足先に道場で準備運動をしていた。

「そう言えば雪南さん。愛夢さんと姉妹弟子なんですって?」

 すると、雪南さんの身体がぴくりと動く。

「雪南さん?」

「そう、だね」

 妙な間。聞かれたくない過去だったのだろうか。しかしまぁ、師匠が死んでいるようだし、思い出したい記憶ではないのかもしれない。

神部かんべ早織さおり。天涯孤独になった愛夢さんを拾った人で、私と愛夢さんの師匠。灯也にとっての清さんみたいな」

 と思いきや、雪南さんは当時の記憶を懐かしそうに語りだした。

「愛夢さんを育てた家、神部家は術師界隈でも珍しい家なんだよ」

「そうなんですか?」

「うん。外部の、非術師の人間を術師に育てるの」

 壊術師は基本的に、「神」の字を苗字に関する家が代々継いでいくもの。それは、術師としての力が、陰陽道の術師の血に由来するからである。故に、血縁血族でなければ、はじめから術力を持っていない場合が多いらしい。

「早織さんも元々は外部の人で、神部家に嫁いできたんだ。でも、病気で子供が作れなくなっちゃったんだ。そこで、壊獣被害で親を失った子たちの居場所になって。非術師の人でも、術師の血を輸血することで力を得られるってわかったの」

「じゃあ、俺も?」

「まぁ、見つかった時は血まみれで死にかけだったしね」

「なるほど……」

「あとはその力と血が身体に馴染んできたら、壊獣を身体に宿して、戦えるようになるんだ」

「ほへー」

「早織さんが任務中に亡くなったことは聞いた?」

「はい」

「そっか。……私のお母さんもね、任務中に亡くなったの」

「――そう、だったんですか」

 雪南さんのお母さんが故人であることは知っていたが。何故亡くなったのかまでは知らなかった。

「私を産んで、すぐ。妊婦さんを守って死んだって聞いた」

「……」

「それ以降、お父さんはずっと本部にいるようになったの。それに、表情も険しいままになって。昔はよく笑ってた、って清さんが言ってたから。……多分、お母さんが亡くなったのを自分のせいだと思ってるんだと思う」

 空幻さんは、ずっとああいう厳しい人なのかと思っていたから、意外だった。

「私を自分から離したのも、私を危険にさらさないように、かなって。最初に私を早織さんのところへ預ける時、早織さんとそんな話をしていたのを聞いたから」

 どこか寂しそうな表情で、雪南さんは話を続ける。

「私は、絶対に誰も死なせないって決めた。お母さん、早織さんって2人とも任務中に亡くなって。私は、絶対に死なないし、灯也も、お父さんも、清さんも、愛夢さんも。誰も死なせない。その為に、強くなるって決めたんだ」

 雪南さんの声は、表情は、強く、凛々しい。しかし、どこか悲しさを孕んでいる。俺にはそう感じられた。

「な! の! に!」

 すると、いい雰囲気をぶち壊さんばかりに雪南さんが大声を出した。

「私は! 未だに! 愛夢さんに勝てない!」

 悔しそうに地団駄ふむ雪南さんは、さっきまで立派な話をしていた人と同一人物とは思えないほど悔しそうだった。

「実は、清さんのところに来てからも何回か戦ってるんだけど。昔から1度も勝ててないんだよね……。だから悔しい。あんなちゃらんぽらんなくせに!」

「ちゃらんぽらんてアンタ」

 今日日そんなこと言わないだろう。死語だぞきっと。

「愛夢さんって、そんなに強いんですか?」

 すると、雪南さんから食い気味に「強い」と返答される。やはり悔しそうに歯噛みしているが。

「何度か一緒に任務にあたったことがあるけど、毎度毎度守られてばかり。悔しいったらない。あ! そうだ灯也! さっきの話、絶対愛夢さんにしないでよ⁉」

「えぇ、なんでですか」

「勝ててないのに守りたいとか恥ずかしいでしょ! それに絶対いじられるし! 勝ってから堂々と宣言したいじゃん! 「今度から私が守ってあげますよ」って!」

「そういうもんですかぁ?」

「そういうもん! だから、絶対に言わないでね。お願い!」

 雪南さんがここまで必死に頼み込むのも珍しい。余程嫌なんだろう。

「雪南さんって、愛夢さんのこと苦手じゃないんですか?」

「うーんまぁ、あのノリはちょっとついていけないかな。昔からああだし」

「昔からああなんですか」

 雪南さんは照れくさそうに視線を泳がす。

「うん。でもまぁ、……うん、尊敬はしてるし……。まぁ、好き、かな」

 こんなことを言う姿を見るのは初めてだった。

「あぁなりたいと思うわけじゃないけど、絶対にいつか超えてやりたいとは思う、かな」

 俺にとっての雪南さんが、雪南さんにとっての愛夢さんなのかもしれない。

「その気持ち、わかります」

「そう?」

「はい。俺にとって、雪南さんがそうですから」

 すると、雪南さんは急に顔を真っ赤にする。

「なっ、ななな」

「尊敬してますし、いつか超えたいと思ってますし。それに――」

 守りたい、と、思う。死んでほしくない、と思うから。今はまだ、直接は言えないけど。

「俺も負けません!」

 と、思ったら雪南さんは放心状態で立っていた。

「あれ? 雪南さん?」

 声をかける、とはっとした雪南さんは、俺の背中を勢いよく叩いた。

「なーにを言っとるんだお前は! 恥ずかしいこと言ってんじゃない!」

「雪南さんが先に言い出したんでしょーが!」

「だとしてもそれを本人に直接言うやつがあるか!」

「えー」

「もうちょいデリカシーを持ちなさいよ!」

 デリカシー難しい……。

 そうこうしていると、清さんと愛夢さんがそろって道場へやってきた。

「お? なになに? いちゃいちゃしてた?」

 愛夢さんはにやにやと茶化してくる。

「ちっ、違います! ホントにやめてください、昔から!」

 雪南さんは顔を真っ赤にして言い返す。

「雪南ちゃんは昔から変わらずウブだにゃ~」

 愛夢さんは軽く準備運動をしながら雪南さんを煽る。

「清さん、愛夢さんってどれくらい強いんですか?」

 俺と清さんは、2人から少し離れ、道場の隅に座った。

「うーん。大学周辺を1人で守って何とかなってるくらい、かな?」

「1人⁉」

「そうだよ。市内の術師はそう多くないからね。それぞれ担当範囲があるんだけど……。現役の術師の中じゃ1番広い範囲を守っている。それもこれも、彼女の努力と発想力の賜物だ」

「発想力、ですか」

「それは、まぁ、この戦いを見ていると、わかるんじゃないかな」

 いつの間にか、雪南さんと愛夢さんは向かい合って準備万端のようだった。

「じゃ、清さん。私はいつでもOKですよ~」

「私も大丈夫です」

「よし……。では、始め!」

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