第7話 神城影壊戦線⑤

 と、いうことで俺は愛夢めぐむさんと共に神城かじょう公園へ来ていた。

「デートっていうから何かと思ったら。現地調査ですか」

 夕暮れ時の神城公園は、まだ人が結構いる。公園の木々は、春が散って、青葉が芽吹きはじめていた。

「まぁ、実際ほら、デートみたいなもんじゃん?」

「うーん」

「それに、私個人としては灯也君ともっと仲良くなりたいわけよ」

「なるほど?」

「これから、もしかしたら死地で背中を預けることになるかもしれないし」

「――まぁ、それは確かに」

「だからさ、お姉さんに灯也君のこと色々教えて欲しいな」

 愛夢さんは屈託のない笑顔で俺の方を見た。

「俺には、記憶がないんです」

 壊獣に襲われ、両親を殺された。しかし実は、俺にはその記憶しか残っていない。

 自分の本当の名前。両親の顔。どこに住んでいて、何をしていたか。

 俺の過去の記憶は、惨殺され、血まみれに果てていく両親の姿だけ。

「考えても仕方ないことだし、考えないように十年間修業し続けてました。その内、わかるかなと思って。でも、結局何も」

 自分が何故この力を得たのかも、よくわからない。

 考えないようにしても、ふと問われてしまうと、如何に自分が得体のしれないモノか、突き付けられるような気がした。

「だからまぁ、教えられることなんて――」

 すると、愛夢さんが俺の両頬をぎゅっと両手で押した。

めふむふぁんめぐむさん?」

 すると、顔をずいっと近づける。

「いい? 灯也君。私は、今の灯也君のことを聞いているのです」

 両手を離すと、そのまま後ろに組んで、愛夢さんは歩き出した。

「今の灯也君の好きなものとか。友達の話とか。そういう他愛もないこと。そういうのを聞きたいのです」

 てくてくと歩く愛夢さんの後に続いて、俺は歩く。

「お姉さんの好きなものは、カレーと、絵を描くことと、人の笑顔を見ること。芸術大学って面白くてね。壊術師とちょっと似てるなーって」

「似てる?」

「色んなところから、色んな人が来る。でも、皆何かを創り出したいという志は同じなんだよ。それって、色んな人が色んなところを守ってるけど、壊獣を倒したい、誰かを守りたいって気持ちは同じな壊術師と似てると思わない?」

 空幻さんも、清さんも、雪南さんも、愛夢さんも、俺も。性別も年齢も違うけど、確かに壊獣から人々を守りたいという気持ちは一つだと思う。

「――なんとなく、わかる気がします」

 愛夢さんは、にへらっと笑った。

「ね? だからいいんだよ、過去なんて」

 すると、愛夢さんは近くのベンチに腰掛けた。

「君が今、私と同じように誰かの為に戦おうとしている。それだけでお姉さんの好感度はマックスだし、信頼できるのです」

 優しい、けれども、ものすごく強い信念を感じる眼差し。

「まぁ、だから知りたいな。今の、君のこと。ね、お姉さんに教えてよ」

「――はい!」

 俺は、自分がどんな人間だったか、はわからない。

 でも、自分が今、どんな人間か、はよくわかっている。

「好きなものは――、肉ですかね」

「ほう、やっぱり男子高校生だねぇ。何肉?」

「一番は鶏肉です。牛肉とかも好きですけど」

「いいねぇ。じゃあ今度お姉さんが焼肉に連れてってやろう」

「お! マジすか!」

「あんまり高いのは無理だけどねぇ」

「はは、じゃあ寿々苑じゅじゅえん食ってみたいっす!」

「高いじゃん‼ っていうか山形に寿々苑ないよ」

「え! マジすか⁉」

「ないよー」

 俺的にはちょっとショックだった。

「いやぁ、それにしても、雪南ちゃんもついに先輩だもんねぇ」

「愛夢さんと雪南さんって、お知り合いだったんですか?」

「うん。昔、同じ師匠のところで修行したの」

 俺と会う前の話だろうか。確かに、雪南さんは、俺と一緒に修行を始めた時点で大分術を使えていた。それは、基礎が出来ていたからだろう。

「でもまぁ、お師匠が任務中に死んじゃって。で、私はそのまま二級になって、雪南ちゃんは清さんのところで修行、という形になったワケ」

「なるほど」

 さらりと言われたことだが、少し実感する。

 壊術師として壊獣と戦うことが、死と隣り合わせであるということに。

「そう言えば、なんで愛夢さんは術師に?」

 愛夢さんは「んー」と唇を尖らせた。

「感覚かな」

「感覚……⁉ フィーリングでなったと……?」

「にゃはは、まぁ、言ってしまえばそうね。いい反応するね、灯也君」

「あ、どうも。って、そうじゃなくて。どういうことですか、フィーリングって」

「いや、私さ、家族を皆殺しにされてるんだよね、壊獣……、あれは壊人かもしれないけど」

 その話を聞いて、俺は思わずドキリとする。

「家族を……」

「ずっと昔の話。4歳とか、5歳とか。で、お姉ちゃんがいたんだけど、お姉ちゃんと両親が私だけは必死で守ってくれて。私だけ生き残ったの」

「……」

「遠い記憶だけど、はっきり覚えている家族の記憶があってね。私の描いた絵を、両親もお姉ちゃんも、すごく褒めてくれるの。笑顔になってくれるの」

 愛夢さんは、右手をぎゅっと固く握る。

「だから、この手で笑顔になってくれる人の為に、生きようと思ったんだ」

「それで、術師に?」

「うん。それに、だから芸大で絵を勉強してるんだ。いつか、私の絵で沢山の人に笑顔になってもらうために」

「それは、夢、ですか?」

「そうだね。うん。私の、将来の夢」

 愛夢さんが輝いて見えた。

 それと同時に、自分が少し情けない。

「すごいですね。ちゃんと、夢があって」

「灯也君は何で術師に?」

「……俺も両親を殺されて。だから、俺は自分のような人を1人でも減らすために」

「あるじゃん、夢」

「え?」

「自分のような人を1人でも減らす。立派な夢だよ」

「でも別に、愛夢さんみたいに具体的な目標があるわけじゃないし……」

 すると、愛夢さんは首を横に振って、笑いかけた。

「むしろ、灯也君は今まさに夢を叶えている最中だよ。夢叶えイングだよ」

「えぇ?」

「今、君が術師として戦うこと。それで助かる命は、絶対にある。お姉さんが保証する。だから、君が術師として壊獣を倒すこと、それ自体が誰かを守っていることになるってこと」

 考えたこともなかった。

「そう、なんですかね」

「うん。絶対にそう。だから、顔を上げて?」

 にっと笑うその笑顔に、俺はなんだか勇気をもらった。

「何があっても、それだけは忘れちゃいけない。見知らぬ誰かの明日を守ったっていう事実は、見えないけどそこにあるんだから。戦うと決めたなら、前を向き続けなくちゃ」

「――、はい」

「いい顔になったね。お姉さんが撫でてやろう」

 愛夢さんはそう言うと、俺の頭をわしわしと撫でた。

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