第4話 幕間:影に灯る

 神城公園で任務にあたる灯也と雪南を見つめる影。

 影法師かげほうし、と呼ばれる壊術師である。彼らは、低級壊獣である影壊をその身に宿し、文字通り影の法師となって、様々な任務にあたる。

 本来その役目は見習い壊術師が行う。見回りや情報収集、索敵など様々なことを通し、術式を使うことを覚える。

「――灯也君……」

 しかし、2人を見ていたのは見習い壊術師ではない。

 影法師特別顧問にして、影法師最強の男。神宮じんぐう清悟郎しょうごろうだった。

 本来低級壊獣であり、術力もそう多くはない影壊。しかし清悟郎はその力で何度も上級の壊獣を倒してきた。そしてその力が認められ、今や神山空幻の右腕としての地位を手に入れた。そして、その力の特異さから、隠密性の高い任務を任されることになる。

 そんな清悟郎に現在与えられている任務は、一つ。

 ――特SSクラスの、神宮灯也の監視である。


「SSクラスの壊獣、炎壊えんかいをその身に宿した青年だ」

 空幻は嘘をいう人間ではない。それはわかっているが、清悟郎にはにわかに信じられなかった。目の前で、死んだように眠っている青年は、壊獣最高ランクのSSを超える、特SSランクの「壊獣」だというのだから。

「彼は通常の壊術師とは異なる。彼自信の人格と、壊獣の人格が混同している状態なんだ」

 高ランクの壊獣には、自我があり、会話が出来るものがいる。SSランク、炎壊もその1体だった。それは基本的に、概念の壊獣である為だ。命の壊獣、命壊めいかいや、死の壊獣、死壊しかいなどがそうである。

しかし、炎壊はそうではない。炎、という自然現象を司る壊獣。だが、その気性の激しさや、破壊衝動の強さから、SSランクに分類された危険因子。

「現在上層部では、この青年の扱いに困っている」

 不安定な状態で壊獣を宿した人間は、壊獣に乗っ取られ壊人かいじんとなるか、もしくは壊獣も人間も混ざり合い、崩壊し、破壊の限りを尽くすだけの壊物かいぶつに成り果てる。しかしそれは、中途半端に壊獣をその身に宿した状態で人間が死んでも、そうなる。

 そしてそうなった壊人や壊物は、往々にして元の壊獣よりも強く、厄介になる場合がほとんどだった。

 即ち、今この青年を殺しては、より厄介なことになるという話だった。

 加えて、きちんと滅されなかった壊獣は、壊門したところから再び現れることも確認されている。つまり、青年を殺すということは、結果的に状況を悪化させるだけでなく、危険指定で封印されていたSSランク壊獣を再び野に放つということを意味していた。

「そこで、彼を壊術師にしてしまおう、という話が上がった」

「壊術師に……⁉」

「炎壊の力は底知れない。もしこの青年が目覚めた時、炎壊の力を使えるようになっているのであれば。いずれ来る百鬼夜行ひゃっきやこうや、その他の高ランク壊獣との戦いに役立つかもしれん」

 清悟郎は、素直に頷けなかった。

 壊術師としての戦いが如何に危険なものであるか、清悟郎はその身を以て知っている。故に、壊術師として戦うにはまず何より、覚悟が必要であると考えている。

 この青年は、偶然強大な力を手に入れた、というだけで果たして戦い抜けるのか。

 そう、空幻に話す。すると、空幻の口からさらに驚きの事実が語られた。

「――それは――」

「上層部は、この青年をお前に預けると言っている」

「え?」

「お前の実力を買ってのことだろう。目が覚め、暴走する気配がなければ、お前が彼を術師として鍛えろ、ということらしい」

 清悟郎は、服の内のロケットペンダントを握る。

 ――それは、大切なものに寄り添えなかった、己の罪の証。

「わかった。その任、引き受けよう」

 

 目が覚め、今まで。灯也に暴走の兆候はない。

 術を行使する際、髪が紅く染まり、人格が荒くなることは確認されている。

 灯也は、通常の壊術師と異なり、行使する術力に比例して、壊獣とのシンクロ率が上がるのであろう、という想定がされている。つまり、基礎の術や、瞬間的な術であれば、暴走の心配はないということだ。

 しかしそれは同時に、強力な術を長時間行使する場合、人格が乗っ取られ、暴走する危険性があるということに他ならなかった。

 もし、今回の影壊が想定以上に強力な相手であった場合。

 それこそ、雪南の実力を以てしても太刀打ちできず、灯也が長時間全術力を以て戦闘に挑まなければならないような相手の場合。

 清悟郎に出されている指示は2つ。

 ――神山雪南の安全の確保。

 ――そして、場合によっては、神宮灯也特SSランク壊獣の抹殺。

「要するに、灯也君はさっさと見捨てろ、ってことか……」

 清悟郎は嘲笑混じりにこぼした。

 ペンダントを握りしめる。

 それは、何故、なんのために自分が壊術師になったのか、を思い返す時のクセだった。

 そして、決意をするときのクセ。

 あの日、彼を死なせない。もちろん、暴走もさせない。そう決めた。

 

 月光が照らす神城公園に、木々を撫ぜる風が吹く。

 そして、空間が割れ。

 門が、開かれる。

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