第5話 神城影壊戦線③

「――! 灯也!」

「はい!」

 件の人型影壊が現れた、南門付近。壊門の気配を感じた。

 お互いに背中を預け、周囲を見回す。

「見つけた! あそこ!」

 雪南さんが声を上げる。指さす方向を見ると、公園をぐるりと囲う土手の上、空間がひび割れているのが分かった。

 神城公園には、周辺の壊門現象を無理やり公園内に引き込む術式が敷かれている。即ち、弱い壊獣ほど、公園の中心部に現れる。逆に言えば、公園の外周をなぞるようにある土手の上で壊門するということは、余程の相手であるということ。

 恐らく、例の人型。

 俺と雪南さんは、言葉を交わすことなく、目線のみの合図でその門へ走った。

「「術式展壊!」」

 土手へ一気に迫る。ばっと上へ跳び上がり、門に狙いを定める。

「先手必勝!」

 印を結ぶ。それは、以前この公園で影壊を倒すときに使ったものと同じ。

壊波掌衝かいはしょうしょう!」

 思いきり右腕を突き出す。すると、猛烈な勢いの光線が門を埋め尽くさん勢いで放たれる。

 壊門しかけていても、壊獣が出現していなければ、多量の術力で無理やり塞ぐことが出来る。俺の狙いはそれだった。

 どうやら、俺の術力は並の術師のそれを優に超えるらしく。ひとたび術式展壊しようものなら、内から無限に力が溢れ出る。

 であれば、強い壊獣の門でも、無理やり塞ぐことが出来るかもしれない。

「――ぐっ!」

 しかし、掌を通して、俺の術力が押し返されるのを感じる。

「灯也!」

「雪南さん! こいつ――、かなり強い――っ!」

 ばん!

 大きな破裂音。それと共に、強制的に術力が弾かれる。そして、空間のヒビが一気に広がった。その大きさは、直径2メートル近い円形。

「来ます!」

 びりびりとしびれる右腕を2、3回振って、もう一度印を結ぶ。

「全力でやらないとキツいか……!」

 組んだ印に合わせて、髪の毛が紅く染まる。

壊獣術式かいじゅうじゅつしき!」

 身体の内が燃えるように熱い。血管に炎が巡っているような感覚。

 そして、空間が揺らぎ、歪み、ひび割れから黒いもやに包まれた腕が姿を現す。

「――人型!」

 そのもやは、確かに影壊のもの。しかし、その姿はいつもの影壊とは異なり、確かに人の形を取っていた。

 空気を伝って、そのただならぬ雰囲気、そして強さを感じる。

「こいつぁ――」

 対峙した瞬間、一筋縄ではいかない。普通にやるだけでは勝てない。そして、最悪死ぬ。それら全てを同時に悟る。しかし、それ以上に、心の内は沸き立っていた。

「やってやろうじゃねぇか」

 修行では散々言われるが、結局は一番シンプルかつ、己の性に合っている戦法。

「会敵、即、最大火力だァ!」

 腕を引き、両腕に炎を纏わせる。そして、全身の術力を一気にその両腕へ集中させる。

「炎爆・灰燼ノ風穴かいじんのかざあなァ!」

 今度は、両腕の炎を一点に集中させ、前方へ勢いよく放射する。

 空気を割く音と共に、放射された炎は人型の影壊めがけて一直線に空を焦がす。

 直撃する寸前、影壊は突然その姿をくらませた。

「ちィ、影に潜りやがった」

 影壊の基本的な術、影潜り。しかし、これが基本なのはあくまでも人間がその技術と頭脳を用いて行うことが容易だからである。本来、壊獣は術を使わない、はずだが。

「神山壊術式」

雪南さんがパパパ、と素早く複雑な印を結ぶ。

術式併合じゅつしきへいごう

そして、両手の人差し指の腹を合わせ、人差し指の爪に中指の腹を合わせる。そのまま、人差し指の先で、地面に触れる。

表播探査ひょうはたんさ上衝伝波じょうしょうでんぱ

 ばちん、という音と共に、影に潜っていた人型影壊が無理やり引きずり出される。

「――……?」

「おっしゃ、チャンス!」

「あっ、ちょっと!」

「壊獣術式――」

 空中にいるのなら、影に潜ることはできない。大チャンスだ。

「炎爆・灰燼ノ柱かいじんのはしら!」

 勢いよく地面に両手をつける。すると、宙を舞う影壊の真下から、巨大かつ猛烈な勢いで炎が噴き出た。

 その火柱は、あっという間に影壊を飲み込んだ。

 そして人型の影壊は、あっけなく塵になって霧散してしまった。

「あぁ⁉ どういうことだ、まったく手応えがねぇぞ!」

 全く抵抗なく、あっさりと消えてしまった。

「おい、どういうことだ、氷女こおりおんな

 術の行使を終えても髪色も、口調も戻らない。

「……わからない。でも、もう周囲に壊門する気配は感じないし、ひとまず今日は凌いだ、と考えていいのかも」

「ちっ。クソが。まだまだ俺は暴れ足りねぇんだよォ‼」

 ボァッ! と咆哮と共に自分の周囲に無差別に炎を放つ。

「あぁあああああ! 誰でもいい、さっさと出てきやがれ! じゃねぇと、ここら一帯全部灰にしちまうぞオラァ‼」

 内から湧き出る力が、抑えられない。吐きだし足りない。

 まだだ。もっと、もっと、もっと、もっともっともっと――!

 

 その時、炎も凍てつくような冷たく鋭い風が吹いた。


「――はっ!」

 気が付くと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。

「気が付いた?」

 声の方を向くと、雪南さんが俺の部屋で漫画を読んでいた。

「雪南さん」

 上半身を起こす。すると、雪南さんは漫画を机に置いて、俺と額を合わせた。

「うん。下がってるね」

「――毎度、すみません」

「ううん。なんともないなら、大丈夫。それにほら、もう慣れたもんだしね」

 

 壊術師として戦うに当たって、通常は低ランク壊獣、大体は影壊をその身に宿す。そうして、身体を壊獣と、その力に慣れさせる。そして、二級に上がるタイミングで、AかBランクの壊獣を身に宿す。

 しかし、どういうわけか、俺は目が覚めた時点で既に身体に壊獣がいたらしい。

 空幻さんが言うには、恐らく家族を襲われた際に、無理やりその身に入り込まれたのだろう、ということらしかった。そして、この壊獣が些か強いものらしく、本来見習いの俺では手に余るものだという。

 本来であれば取り出してしまえばいいのだが、どうやらこの壊獣は、俺の身体の生命維持にも一役買っているらしく、下手に取り出すと、死ぬ可能性すらある。

 結果、俺はこのまま、どうにかしてこの力を制御するしかないという状態になった。

 しかし、未だに二級になれていない俺では、まだこの力を制御しきれず、術力を使いすぎると、オーバーヒートを起こしてぶっ倒れてしまうのだった。


 雪南さんはああ言ってくれたけど、やはり俺としては不甲斐なさを感じずにはいられなかった。

 あの日の俺のような経験をする人を1人でも減らすため、この道を選んだのに。

 成長できているのか、自分では全く分からない。

「ぬはぁー!」

 しかしまぁ、思い悩んでいても仕方ない。

 俺は思いきり両頬を叩いた。

「いっっっ…………て……」

 うじうじ考えていても強くなるわけじゃない。

「よし」

 俺はベッドから出て、着替えをした。

「雪南さん! 組手! 組手しましょう!」

 

 その後、いつものように俺は木に吊るされることになったが。

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