第3話 神城影壊戦線②


 家に帰ると、玄関に、俺のでも、雪南さんのでも、清さんのでもない靴があることに気が付いた。

「誰だろう」

 神宮家に来るのは大体壊術関係の術者か、近所のおばちゃんくらいだが。

 玄関からすぐ右に、客間がある。普段は電気が消えているが、今日はついていた。何やら話声もする。すると、客間の中から清さんの呼ぶ声がした。

「あ、灯也君? ちょっとこっちきて」

 障子戸を開くと、清さんと雪南さん、そして修術師しゅうじゅつしの拓矢さんがいた。

 安上やすがみ拓矢たくや。細身で長身、目つきが悪く、いつも眠そうにしている20代くらいの男性。普段は、本部がある芸術大学で文化財の保存修復について教えているとかなんとか聞いたことがある。昨日、報告の後行ったときも、死んだ魚のような目をしていた。

「灯也。そこになおれ」

「えっ、あっ、はい」

 拓矢さんに指を刺した場所に、座る。何となく正座で。

「今日俺が来た理由は2つだ。当ててみろ」

 何となく想像は付く。

「えーと。昨日俺がやった被害の修復に関して、ですかね……」

 すると拓矢さんはにこやかに笑って、「正解だ」と言った。

 そして俺のこめかみに拳をあてがい、ぐりぐりと拳を回した。

「いだっ、いだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ⁉」

「ど・う・し・て・お・ま・え・は・い・つ・も・い・つ・も!」

「ごめんなさいごめんなさいご迷惑おかけしましたぁあああああ‼」

 頭蓋を砕かんばかりの力でこめかみをえぐられ、俺は叫ぶ以外声を出せなくなった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 拓矢さんは手を離し、鞄からエナジードリンクを取り出して一気飲みした。

「お前な、俺はお前のせいで徹夜してんだ。疲れさせんなよ、ホント……」

「さーせん……」

「で?」

「え?」

「え? じゃねーよ。もう1個。俺がここに来た理由を当ててみな」

「あぁ……」

 脳みそぶっ潰されかけて記憶を失うところだった。

 俺はちらりと清さんと雪南さんを見る。

「あ、僕らは知ってるよ」

「そうですか」

 と、なると恐らく壊獣がらみのことか。

「まぁ、正解したら景品として俺が愛飲しているエナドリをやろう」

 そう言って拓矢さんは鞄からエナドリを取り出す。1本、2本、3本、4本、5本、6本、7本――……。そこそこ大きい鞄の中から無限に湧き出している様だった。

 そう言えば、いつこの人の研究室的なところに行っても、ゴミ箱も、机の上にも、同じエナドリの缶しかない。エナドリ以外飲んでいない可能性すらある。

「普通はわかるかもしれないが、お前じゃわからないかもな」

「えぇ……? ディスられてます?」

「まぁディスってはいるが、ただのディスじゃない」

「ディスられてはいるんですね」

「そんなことより早く答えろ」

 その時ふと、学校で巧翔に見せられた動画のことを思い出す。

「もしかして、神城公園の影壊の話ですか?」

 すると、拓矢さんは驚きの表情のまま固まった。

「え? 正解?」

「まさか、お前が正解するとは……」

「俺を何だと思ってるんですか」

「アホ」

「そんな⁉」

 拓矢さんは気を取り直して、鞄から1枚の写真を取り出した。取り出すというか、エナドリの山の中から掘り出した。

「これは、影法師かげほうしが撮った写真なんだがな」

 そこには、人型の黒いもやが写っていた。

「まさか、これが影壊だって言うのかい?」

 清さんが驚いた表情で尋ねる。

「逆に、他の壊獣の可能性がありますか?」

 影壊えいかいとは、昨日の夜、俺が戦っていた壊獣だ。しかし、本来影壊は、黒いもやの塊である。人型の影壊など、聞いたことも見たこともない。

 しかし、拓矢さんの言う通り、黒いもやに包まれているのは、影壊にのみある特徴でもある。即ち、この人型壊獣は、人型の影壊、としか言えないのも事実だった。

「今日俺が来たのは、本部からの依頼のお使いだ。灯也と、雪南ちゃんのな」

「この影壊の調査、ですか」

 雪南さんの質問に、拓矢さんは頷いて答える。

「ただ、この人型の強さがどの程度のものかわからない。土地が土地だしな」

 神城かじょう公園は、城跡公園である。古く、山形を治めていた武将が建てた城。しかし、その真の役目は、県内最大級の壊門かいもん現象発生地であった土地に、蓋をすることだ。

 故に神城公園は、現代においても非常によく壊門現象が起こる。

 その為に、清さんの神宮家は神城公園の近くにあるのだ。

「とにかく調査を進めないことには対策も出来ない。それに、聞くところによると既に民間人の被害者が出ているらしい」

 その話を聞いて俺は口を噤んだ。

「早急に対応しろ、とのことだ。そろそろ警察からの依頼もあるだろうしな」

 

 ということで、俺は雪南さんと共に神城公園へ来ていた。

 神城公園は、10時以降は門が閉められ、一般人は入ってこられなくなる。加えて、術で結界を張れば、基本的に一般人が巻き込まれることはない。

「さて。問題は件の影壊以外の敵もいるってことだよね……」

 俺と雪南さんは、北門のところにいる。目指すは、公園の中を真っすぐ突っ切った先、南門である。しかし、そこは壊門しやすい土地柄、楽に真っすぐ行けるものでもないのだ。

「――! きた」

 北門のすぐ近くにある、砂利の駐車場。その空中が、ゆらりと揺らめく。そして、音もなく空間にヒビが入った。

「行くよ、灯也。術式じゅつしき展壊てんかい!」

「術式展壊!」

 空間が割れて、中から黒いもやが姿を現した。

 影壊だ。

「即行で終わらせる!」

 雪南さんが、印を結びながら一気に駆け出す。

神山壊術式かみやまかいじゅつしき 獣縛鎖じゅうばくさ!」

 声と同時に、影壊を無数の鎖が取り囲む。そして、あっという間に縛りつけてしまった。

「――なに、こいつ……⁉」

「どうしました⁉」

「普通の影壊よりも強い――。縛鎖を引きちぎって逃げようとしてる!」

「⁉」

「灯也! 鎖ごと吹っ飛ばしちゃって!」

「了解!」

 俺は、両手を合わせた後、いつもとは違った形で指を合わせた。両手の小指と薬指を手の上から組む。中指を立てて腹を合わせる。人差し指は折り、親指とあわせてハート型を作る。

壊獣術式かいじゅうじゅつしき

 そう唱えると、毛先だけ紅かった白髪が、一気に紅に染まった。そして、左目の上の額に、菱形のような紋章が現れ、鈍く光る。

 にやり、と口角が上がった。

炎爆えんばく灰燼ノ轍かいじんのわだち

 両腕を引く。すると、一瞬にして両腕を豪炎が包む。そしてそのまま、両腕を思いきり前に突き出した。突き出した腕の延長線上、全てが灰になるほど燃え尽きる。そしてその延長線上にいた影壊も、跡形もなく吹き飛んだ。

「ハッハァ! ザコじゃ相手になんねーなァ!」

 俺は高笑いする。

「足りねぇ、足りねぇよ!」

 身体の内側が燃えるように熱い。エネルギーが有り余っている。もっと、全力で――!

「灯也!」

 名前を呼ばれてハッとする。

「……大丈夫?」

 俺は頭を押さえて、ぶんぶんと思いきり横に振った。髪の毛の色は少しずつ白に戻っていき、額の紋章は消えていた。

「すみません、大丈夫です……」

 術を使いすぎたり、一気に大出力の術を使おうとしたりすると、どうしてもこうなってしまう。まるで別の人間になったように気性が激しくなり、言葉が荒くなる。何故こんな風になってしまうのか、それはわからないらしい。

「気を付けてね」

「はい……」

「じゃあ、もっと奥へ行こうか」

「了解です」

 大きく深呼吸をして、俺は雪南さんに続いて歩を進めた。

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