第3話 神城影壊戦線②
家に帰ると、玄関に、俺のでも、雪南さんのでも、清さんのでもない靴があることに気が付いた。
「誰だろう」
神宮家に来るのは大体壊術関係の術者か、近所のおばちゃんくらいだが。
玄関からすぐ右に、客間がある。普段は電気が消えているが、今日はついていた。何やら話声もする。すると、客間の中から清さんの呼ぶ声がした。
「あ、灯也君? ちょっとこっちきて」
障子戸を開くと、清さんと雪南さん、そして
「灯也。そこになおれ」
「えっ、あっ、はい」
拓矢さんに指を刺した場所に、座る。何となく正座で。
「今日俺が来た理由は2つだ。当ててみろ」
何となく想像は付く。
「えーと。昨日俺がやった被害の修復に関して、ですかね……」
すると拓矢さんはにこやかに笑って、「正解だ」と言った。
そして俺のこめかみに拳をあてがい、ぐりぐりと拳を回した。
「いだっ、いだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ⁉」
「ど・う・し・て・お・ま・え・は・い・つ・も・い・つ・も!」
「ごめんなさいごめんなさいご迷惑おかけしましたぁあああああ‼」
頭蓋を砕かんばかりの力でこめかみをえぐられ、俺は叫ぶ以外声を出せなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
拓矢さんは手を離し、鞄からエナジードリンクを取り出して一気飲みした。
「お前な、俺はお前のせいで徹夜してんだ。疲れさせんなよ、ホント……」
「さーせん……」
「で?」
「え?」
「え? じゃねーよ。もう1個。俺がここに来た理由を当ててみな」
「あぁ……」
脳みそぶっ潰されかけて記憶を失うところだった。
俺はちらりと清さんと雪南さんを見る。
「あ、僕らは知ってるよ」
「そうですか」
と、なると恐らく壊獣がらみのことか。
「まぁ、正解したら景品として俺が愛飲しているエナドリをやろう」
そう言って拓矢さんは鞄からエナドリを取り出す。1本、2本、3本、4本、5本、6本、7本――……。そこそこ大きい鞄の中から無限に湧き出している様だった。
そう言えば、いつこの人の研究室的なところに行っても、ゴミ箱も、机の上にも、同じエナドリの缶しかない。エナドリ以外飲んでいない可能性すらある。
「普通はわかるかもしれないが、お前じゃわからないかもな」
「えぇ……? ディスられてます?」
「まぁディスってはいるが、ただのディスじゃない」
「ディスられてはいるんですね」
「そんなことより早く答えろ」
その時ふと、学校で巧翔に見せられた動画のことを思い出す。
「もしかして、神城公園の影壊の話ですか?」
すると、拓矢さんは驚きの表情のまま固まった。
「え? 正解?」
「まさか、お前が正解するとは……」
「俺を何だと思ってるんですか」
「アホ」
「そんな⁉」
拓矢さんは気を取り直して、鞄から1枚の写真を取り出した。取り出すというか、エナドリの山の中から掘り出した。
「これは、
そこには、人型の黒いもやが写っていた。
「まさか、これが影壊だって言うのかい?」
清さんが驚いた表情で尋ねる。
「逆に、他の壊獣の可能性がありますか?」
しかし、拓矢さんの言う通り、黒いもやに包まれているのは、影壊にのみある特徴でもある。即ち、この人型壊獣は、人型の影壊、としか言えないのも事実だった。
「今日俺が来たのは、本部からの依頼のお使いだ。灯也と、雪南ちゃんのな」
「この影壊の調査、ですか」
雪南さんの質問に、拓矢さんは頷いて答える。
「ただ、この人型の強さがどの程度のものかわからない。土地が土地だしな」
故に神城公園は、現代においても非常によく壊門現象が起こる。
その為に、清さんの神宮家は神城公園の近くにあるのだ。
「とにかく調査を進めないことには対策も出来ない。それに、聞くところによると既に民間人の被害者が出ているらしい」
その話を聞いて俺は口を噤んだ。
「早急に対応しろ、とのことだ。そろそろ警察からの依頼もあるだろうしな」
ということで、俺は雪南さんと共に神城公園へ来ていた。
神城公園は、10時以降は門が閉められ、一般人は入ってこられなくなる。加えて、術で結界を張れば、基本的に一般人が巻き込まれることはない。
「さて。問題は件の影壊以外の敵もいるってことだよね……」
俺と雪南さんは、北門のところにいる。目指すは、公園の中を真っすぐ突っ切った先、南門である。しかし、そこは壊門しやすい土地柄、楽に真っすぐ行けるものでもないのだ。
「――! きた」
北門のすぐ近くにある、砂利の駐車場。その空中が、ゆらりと揺らめく。そして、音もなく空間にヒビが入った。
「行くよ、灯也。
「術式展壊!」
空間が割れて、中から黒いもやが姿を現した。
影壊だ。
「即行で終わらせる!」
雪南さんが、印を結びながら一気に駆け出す。
「
声と同時に、影壊を無数の鎖が取り囲む。そして、あっという間に縛りつけてしまった。
「――なに、こいつ……⁉」
「どうしました⁉」
「普通の影壊よりも強い――。縛鎖を引きちぎって逃げようとしてる!」
「⁉」
「灯也! 鎖ごと吹っ飛ばしちゃって!」
「了解!」
俺は、両手を合わせた後、いつもとは違った形で指を合わせた。両手の小指と薬指を手の上から組む。中指を立てて腹を合わせる。人差し指は折り、親指とあわせてハート型を作る。
「
そう唱えると、毛先だけ紅かった白髪が、一気に紅に染まった。そして、左目の上の額に、菱形のような紋章が現れ、鈍く光る。
にやり、と口角が上がった。
「
両腕を引く。すると、一瞬にして両腕を豪炎が包む。そしてそのまま、両腕を思いきり前に突き出した。突き出した腕の延長線上、全てが灰になるほど燃え尽きる。そしてその延長線上にいた影壊も、跡形もなく吹き飛んだ。
「ハッハァ! ザコじゃ相手になんねーなァ!」
俺は高笑いする。
「足りねぇ、足りねぇよ!」
身体の内側が燃えるように熱い。エネルギーが有り余っている。もっと、全力で――!
「灯也!」
名前を呼ばれてハッとする。
「……大丈夫?」
俺は頭を押さえて、ぶんぶんと思いきり横に振った。髪の毛の色は少しずつ白に戻っていき、額の紋章は消えていた。
「すみません、大丈夫です……」
術を使いすぎたり、一気に大出力の術を使おうとしたりすると、どうしてもこうなってしまう。まるで別の人間になったように気性が激しくなり、言葉が荒くなる。何故こんな風になってしまうのか、それはわからないらしい。
「気を付けてね」
「はい……」
「じゃあ、もっと奥へ行こうか」
「了解です」
大きく深呼吸をして、俺は雪南さんに続いて歩を進めた。
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