第2話 神城影壊戦線①
鳥のさえずりで目を覚ます。清々しい朝の香りが鼻をかすめる。
「おはよう」
目の前には、昨夜俺をボッコボコに打ち負かした末、ここに吊るし上げた張本人がいた。
「おはようございます、雪南さん」
身体を動かそうとする。しかし、何かで縛り付けられているようで、動けない。
見てみると,俺の身体は鎖で無理やり幹に縛り付けられ、頭が上を向いて固定できるようになっていた。
「毎度あんたは器用なんだか不器用なんだか……」
そう言われ、なんで自分がこんな状態なのか思い出す。
昨夜、流石にこのまま寝るのでは頭に血が上って死にかねないので、壊術の内の一つ、「
雪南さんに足の縄を外してもらい、俺は晴れて自由の身となった。
「ほら、早くしないと学校遅刻するよ」
「やっべ」
雪南さんは既に制服姿だった。
「じゃ、私は先に行くから。ちゃんと遅刻しないで来るんだよ?」
俺も急いで自分の部屋へ駆け込み、制服に着替えた。時計を見ると、もう遅刻ギリギリアウトくらいの時間である。
「やっぱりか……!」
あちこち痛む身体に鞭打って、俺は玄関へ急いだ。
「あれ、灯也君。起きたの?」
すると、台所から男性が顔を出した。
「
「朝ごはんは?」
「いやっ、もう遅刻寸前なんでいいっす。すみません! いってきます!」
俺は駆け出した。
しかし、時間はもう既に遅刻5分前。徒歩でも自転車でも、車でも間に合わない。
「ええい、ままよ!」
勢いよく両手を合わせる。ぶわっと身体の内側が熱くなる。毛先が少しだけ紅くなる。
「
印を結び、俺は思いきり上に跳び上がった。すると、俺の身体は一気に空中へ放り出される。眼下には家が見えた。顔を上げると、直線上に高校が見える。
空中で膝を曲げる。狙いを定めて、その両脚を思いきり伸ばした。すると、何もないはずの空中で俺は踏み切ることが出来る。
「いっっっっけぇえええええええええええ!」
風を切る轟音が耳を襲う。とてつもない風圧で、まともに目を開けられない。
そしてそのままの勢いで、俺は学校の屋上に不時着した。
ズドォオオ――ン……!
屋上にめり込みながら、俺はとっさに時間を確認する。家からここまで約1分。遅刻のタイムリミットまでは残り4分。
「セーフ……」
俺は仰向けに空を眺めながら、息を吐いた。
「セーフじゃない!」
すると、頭の上の方から声がした。足音が近づいてくる。
「やっぱりこうなった! 予め消音の術を使っておいて正解だったよ! まったく!」
それは、雪南さんの声だった。雪南さんは、つかつかと歩いてきて、上から俺を見下ろす。
「遅刻しそうだからって術を使うのはダメって何回も言ってるでしょ!」
ぎりぎり、見えそうで見えない――っ。
「灯也? 聞いてる?」
「えっ、あっ! はいっ!」
うーん、惜しい。
「壊獣のことは、一般人には知られちゃダメなんだからね」
「はい、すみません……」
壊獣及び壊術師の存在は一般には公表されていない。何しろ、壊獣の力は理を壊す力。そんなものの存在が公になったら、どうなるかは想像がつく。
故に壊術師の多くは、一般の人々と同じように学校へ通い、同じように会社に通勤していたりする。
何とか遅刻を回避した俺は、雪南さんと別れ、自分の教室へと向かう。すると、背後から猛烈な殺気を感じた。
慌てて振り向くと、そこには柱の陰に隠れてこちらを窺う人が――。
「何してんだ、
俺にはその正体は一発で分かった。同じクラスの
「お前、今の……。3年の神山先輩だよな……?」
「ん、あぁ」
「あんな仲睦まじそうに誰かと話をしてるの初めて見たぞ……? お前――、神山先輩と付き合ってて、あまつさえ同棲しているんだってなァ⁉」
「――はぁ?」
血涙を流す級友に、俺は困惑を隠せない。
「あんな――ッ! 美人で巨乳な彼女を持てて幸せですかって聞いてんだよォ‼」
「まてまてまて、ただの誤解だ」
「ほう? あくまでとぼけるか。ならばこちらにも切り札があるぞッ!」
すると、巧翔はおかしなポーズでバァァーン! とスマホを俺に見せてきた。
それは俺と雪南さんのツーショット写真だった。背景からして、俺の家から出てきたところだろう。
「
「あー……」
確かに、雪南さんと一緒に暮らしているのは事実だ。神山家は本部の近くにあり、空幻さんは緊急事態に備え、基本的にずっと本部にいる。
そして、雪南さんの母親は故人。
結果、空幻さんは信用できるところに雪南さんを預けた。
「なぁ? 俺が納得できる言い訳が出来るならしてみろよ?」
が。こんな状態の巧翔に事実をそのまま伝えたら状況が余計ややこしくなるのは明白。
「いや、普通に家が近所だから、漫画とか借りてるだけだって」
「――……ふぅん?」
こちらの発言の真意を探るような表情。
「まぁ、証拠もないしな。今回はこの辺で勘弁してやるか……」
納得はしていないらしいが、どうやら許されたらしい。首の皮一枚つながったか。
「そう言えば、これ見てみろよ」
巧翔はスマホを軽快に操作して、俺にまた別のものを見せてくる。
切り替えの早いヤツだ。
「最近、
――壊獣の仕業だ。
壊獣が現れる現象を「
この壊門現象が起こりやすい土地、というものが県内にいくつか存在するのだが。
動画を見ると、誰かがスマホのカメラを起動して、走っている様だった。風景が激しく揺れていて、どこを走っているのかはわからない。しかし、動画越しに息が上がっているのが分かる。そして、どこかの陰に身をひそめ、今まで走ってきた方をカメラで振り返る。
「――はぁ、はぁ、はぁ……。どこ行った――?」
何かを探しているように、カメラはあちこちを写す。
「――ぅあっ」
すると、突然カメラが落下した。持ち主が、消えたのか。
「これは、神城公園の南門の辺りでスマホが見つかって。それを交番に届けたら、行方不明になっている人のだった、っていうのが判明したっていう」
なんでそんなことまで知っているのかはわからないが、もしそれが本当なら、一般人が壊獣の餌食になったと見ていいだろう。
俺は胸の内で歯噛みした。
「なぁ、さっき行方不明事件が多発してるって言ってたな」
もしそれらが全て壊獣の仕業なら、止めなくてはならない。
「あぁ。一か月くらい前からかな。これで3件目くらいか」
「3件も――」
「お前はなんか知らないか?」
「え? あぁ、いや。初耳だよ。家近いからな、気をつけなきゃ」
何かが起きている。
――近々招集がかかるかもな……。
そして、その予想は見事に的中することになる。
しかし。
「人型の影壊――⁉」
帰宅した俺が聞いた話は、想像していたよりもはるかに重大な事件の発端であった。
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