美人な先輩とひとつ屋根の下、全力ブッパで化物を灰にする生活

鈴龍かぶと

神城影壊戦線編

闇影蠢動・焚灯咲雪

第1話 美人な先輩とひとつ屋根の下、全力ブッパで化物を灰にする生活

 深夜。暗黒に飲み込まれた、宵闇の城跡公園。

 俺は、誰もいなくなった公園を、全力で駆けていた。

「見えたっ!」

 闇の中、黒い雲のようなものが、びゅんびゅんと奔る。俺はそれを追いかける。しかし、この状況では、如何せん見えづらい。視認しては見失い、を繰り返すばかり。

「くっそ、狙いが……!」

 相手は影壊えいかい。壊獣の中でも最弱の存在。一人前の術師であれば、苦戦するような相手ではない。

「ちょっとー? 灯也ー? もう10分経過してるよー!」

 どこからともなく、声がする。

「いや、だってこいつ! 速いんですよ!」

 攻撃を仕掛けてくることはないが、逆にこちらの攻撃を食らわせる隙もない。

「言い訳しないの! ほらほら、早くしないとまた罰トレだぞー!」

 俺は今までの記憶から罰トレの記憶を引っ張り出して、震える。

「それだけはっ……!」

 避けねばならない。

 雪南さんの罰トレは冗談抜きで死にかねない。

「かくなる上は――!」

 小さくてすばしっこい。今の俺では正攻法では倒せない。なら、やることは一つである。

術式展壊じゅつしきてんかい!」

 走りながら、木をよけて影壊を追いながら。俺は両手を勢いよく合わせる。そして素早く手を離し、今度は手の甲を合わせて両指を組み、そのまま握り込む。両手の人差し指を立て、その腹を合わせた。

神山壊術式かみやまかいじゅつしき

 そう唱えると同時に、俺の中に熱いモノがこみあげてくる。白い髪が、毛先から紅に染まっていく。自然と口角が上がり、走る脚に力が入る。ぐんぐんと加速する。

 組んでいた手を解き、右手を下にして、両手を右脇に構えた。すると、右掌に黒い炎のような光が、どんどんと集まっていく。

壊波掌衝かいはしょうしょう円舞えんぶ!」

 掛け声と共に、右手を勢いよく前に突き出す。すると、右手に纏っていた黒い炎が一気に前方に放射された。それは、凄まじい勢いとスピードで、目の前の影壊へと迫る。

 しかし、影壊はぎりぎりのところでその光線をかわす。

「そう来ると――、思ったぜ!」

 俺は、そのままその場でぐるりと横に回った。同時に、右手から放たれていた光線も、同じように円を描く。威力は全く衰えぬまま、俺は自分を中心に周囲の木々をなぎ倒した。そして、その円放射に巻き込まれる形で影壊も消滅する。

 俺はそれを確認し、ガッツポーズをした。

「よっしゃあ! 任務完了!」

「この馬鹿灯也!」

 すると、バシィン! と勢いよく後頭部を平手打ちされた。

「いっっってぇ⁉」

 ひりひりする後頭部を抑えながら振り返ると、やはり俺を叩いたのは雪南さんだった。

「なーんで獣縛鎖じゅうばくさで捕らえて封印するだけで済む相手にビームで全方位攻撃するの!」

 辺りを見回すと、俺がまとめてなぎ倒した木々が倒れ伏していた。かなり遠くの方の木まで倒れている。野原や外灯にも傷がついたり折れていたり。

「しょーがねーだろーが!」

 俺は吠える。髪の紅が徐々に抜け、また白髪になっていた。

「あいつ速いんですもん。普通にやってたらなんぼ時間あっても足りませんよ!」

 何が何でも罰トレを避ける為だ。やむを得ない。

 雪南さんは腰に手を当てて、ため息をつきながら俯いた。

「はぁ。まぁ、確かに時間は制限時間内だったけどさ」

「お! 本当ですか⁉ じゃあ罰トレは――」

「で! も!」

 俺が全部言い切るよりも先に、雪南さんが顔を上げてぐいっと詰め寄った。その豊満な胸が微かに当たる。俺は一歩後ろに下がった。

「あんなパワープレイは認められません! それにこんなにしたんだからね! マイナスポイントの方が大きいです! よって、本日も帰宅後罰トレを実施します!」

「ええ⁉ 勘弁して下さいよ、雪南さん! この間もだったのに、またですかぁ⁉」

「当たり前でしょーが! いくら修術師の人達が直してくれるからって、こんなに公園めちゃめちゃにしたらダメでしょ!」

「そんなぁ……。これじゃいつまで経っても二級術師になれないですよ!」

「これ直すのも大変だよ?」

「うぐっ……」

 それを言われてしまうと俺はもう何も言い返せない。

「ということで今回の討伐ポイントもゼロです! なんならマイナスなんだからね?」

 そう言うと雪南さんは、死屍累々の有様の公園に、手を合わせた。

「すみませんでした……」

 木は全部真っ二つだから直すこと自体は簡単だろう。しかし、如何せん被害範囲が広い。

「甘んじて罰を受けますぅ……」

「よろしい」


===

 壊獣かいじゅう

 古来より日本各地に存在していた、この世ならざるモノ。

 人の世の理は通じない、壊す獣。この壊獣の存在はずっと確認されており、各地の妖怪伝説、怪奇、怪異の類、そして未解決事件・事故の原因だったりする。

 遥か昔には、陰陽術を操る術師がこれらを退けていた。

 しかし、時の流れと共にその陰陽術は廃れ、術師の力も、数も減る一方であった。


 このままではならないと、とある陰陽師が立ち上がった。

 後の壊術師の開祖 神形かみがた明曉めいぎょうである。

 明曉は、足りなくなった術力の補強に壊獣を使うことを思いつく。そして、壊獣をその身に宿し、最適化した術式を用いれば壊獣に対抗できるのではないか、と考えた。


 その企みは見事に成功する。

 かくしてかつての陰陽師は、「壊」獣の力で戦う「術師」、『壊術師かいじゅつし』と名を変え、現代までその力と、技と、心を受け継いでいくことになる。


 やがて時は流れ。

 多くの犠牲を払いながらも、壊術師たちは壊獣の出現場所をここ、山形県のみに絞ることに成功する。開祖の生まれた地であり、術力が豊富にある山に囲まれた盆地という地形が、この結果を生んだ。


 そして現代。

 神宮じんぐう灯也とうや神山かみやま雪南せつなは壊術師であった。

 ===

 

「――以上が、今回の報告になります」

 一仕事終え、俺は雪南さんと共に、あるところへやってきていた。そこは山形市の、とある芸術大学の地下。日本における壊術師たちの要。壊術師協会、その本部。

 任務を終えた後は、本部へ報告に来る必要があるらしい。理由はわからないが。

「あとで修術師のところへ行け」

 会議室にいたのは、一人の男性。

「はい」

 それは、雪南さんの実父にして、現代壊術師最強の男。神山かみやま空幻くうげん

 その見た目から、いかにも厳格な雰囲気を感じる。その声も、耳にするだけで鳥肌が立つ。

「それにしても……。灯也」

 空幻さんは俺をじろりと睨みつける。その目と声だけで、殺されそうだ。

 ひぃっ、という声を押し戻し、「はい」とかすれた声で絞り出す。

「お前は毎度毎度周辺を破壊しすぎだ。加減というものを覚えろ」

「はいっすみません」

 死ぬほど怖い。父親に怒られるっていうのはこんな気分なんだろうか。

 ふと、雪南さんと空幻さんの親子関係はどうなんだろうか、と考えた。

「もういい。下がれ」

「はい。失礼しました」

「あ、はい。失礼します」

 雪南さんが空幻さんと接するときは、いつも上司と部下のような関係性に見える。

 俺には、それが酷く悲しかった。


 10年前。俺の目の前で、両親が殺された。俺は、ただ無残に殺される両親を眺めていることしかできなかった。あまりのショックで、その時の記憶は酷く朧気。

 次の記憶は、病院で目覚めた時だった。そこで俺は、壊獣の存在を知る。

「君には、二つの道がある。記憶を消して、平和に暮らすか。それとも、自らの力で戦うか」

 

 月を眺め、俺は過去を回想する。

 両親を殺した壊獣に復讐するために。

 そして、もう二度と、両親のような被害者を出さず、俺のような存在を生まないために。

 俺は、戦う道を選んだ。

「でもまさかこうなるとはなぁー」

 戦う道を選んだはいいものの、一人前の壊術師である二級術師への道は遠かった。

 目が覚めた時から、10年近く修行に明け暮れ、最近、やっと見習いとして壊獣と戦うことを許された。壊獣を倒し、その討伐ポイントを一定数貯めることで二級へ上がることが出来る……のだが。

 ぶらんぶらん、と俺は揺られる。

脚を縄で縛られ、逆さまの状態で木に吊るされていたのだ。

「雪南さん、生粋のバーサーカーだからなぁ……」

 罰トレとは、要するにただの組手。しかし、負ければこうして罰ゲームが待っている。そして、俺は修行を開始してから10年間、一度も雪南さんに勝てたことはない。

 曰く、「会敵、即最大火力ぶっぱしか知らない奴に負けるわけにはいかない」とのこと。

「明日も学校遅刻だな、こりゃ……」

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