第2話 彼視点 


 奏多裕カナタユウ。それが俺の名前だ。

 どこにでもいそうな科学者なのだが、どうにもここ最近は研究に行き詰っていた。研究内容によって世界中の施設を転々としている。今度は日本だとか。母の生まれ育った国。昔、妹が行ってみたいと言っていたを思い出して、少し複雑な気持ちになる。


 研究の成果が行き詰まっている原因としては、上司が行方不明となったからだ。そのせいで研究のスケジュールが大幅に狂ってしまった。仕事柄もしかしたら消されたか、恋人と駆け落ちして研究所を逃げ出したのかもしれない。


『人は誰かと出会うと、今までの景色が大きく変わる』なんて昔誰かが言っていたけれど、誰かを失っても、それは同じだと思った。


 俺が女口調なったのも、スイーツを食べるようになったのも妹が死んでからだ。妹を失ったと認めたくなくて、女口調とスイーツ巡りをする。

 周りからは痛い目で見られていたが、気にしなかった。爪を磨いて、透明なネイルを塗ると、妹がよくやっていたのを思い出す。そうやって妹の思い出を忘れないようにすることしか出来ない。

 スイーツを食べている時だけは、気が紛れた気がした。


 そんなある日、相席として席に現れた彼女を見て俺は息をのんだ。

 灰色の長い髪、空色の双眸、目を引く美女に誰もが視線を向けてしまう。俺もその一人だ。襟がピシッとした白のワイシャツに黒のネクタイ、ジャケットもズボンも黒。外見は十代後半──いや二十代だろうか。


「あら、アナタの髪、灰色でとてもきれいね。目も空色でとってもキュートだわ」


 彼女の表情は変わらなかった。けれど小さな声で「グラッチェありがとう」という声に、嬉しくなって言葉を続けた。表情の機微は乏しいが、それでも彼女はとても美しくて、愛らしかった。

 山盛りのパンケーキを頬張る姿は、小動物のようで可愛らしくて、思わずお持ち帰りしたいとさえ思った。妖精かと思うような彼女は研究材料として、

 これは直感だった。人間で何度か試したが、もしかしたら素体の質の問題だったのかもしれない。


 だから連絡先を渡すも、返事はなかった。まあ名刺にはGPSメモリーが付いている。そこから彼女の身元を割り出せばいい。そんなふうに考えていたが、甘かった。特定の住所はなくホテルを転々としており、渡すたびにホテルのごみ箱の中に入っている始末。

 慎重で警戒心が強い。

 野生の猫のようだ。

 ますます欲しい。背丈も小さくて、守りたいという庇護欲にかられる。けれど当の本人は孤高を生き抜く強い瞳をしていた。アンバランスな外見と中身。自分の研究は非人道的でも、世界の為になるものでもなくて、世界の均衡を崩す生体兵器を生み出している。人体の一部を人外のモノへと変える作り替える研究。


 最初は不治の病である妹や、救われない人たちを救うための研究だったはずが、今では人を殺すためのマッドサイエンティストになるとは皮肉なものだ。

 妹が死んだ今、目的などあってないもの。

 甘ったるい平和も、緩やかな時間も全て消え失せてしまえばいい。そんなつもりで研究に没頭していたというのに。

 今更。

 あの子、ソフィーと一緒のテーブルで食べる時間だけは、愛おしいと思えた。だからあの手この手を使って、彼女が生きそうなカフェへと先回りしていた。監視システムへのハッキングなんてのもお手の物だ。


「抹茶にあんみつも美味しいのに」

「日本の和に彩られた抹茶たっぷりパンケーキにする」


 頑なにパンケーキばかり食べるソフィー。

 彼女は気づいているのだろうか。パンケーキを頬張る彼女は幸せそうに笑う。ほんの一瞬だが、俺が見つけた変化。


「日本には春夏秋冬と四つの季節があるんだけれど、中でも春の桜スイーツは絶品よ」

「春……。サクラ?」

「薄紅色の花よ。春の一週間前後で散るんだけれど、儚くてとても綺麗なの」

「……そう」


 春までまだ時間がある。気づけば未来の話をしていた。


「もし、来年の春まで日本に居たらサクラのスイーツを食べましょう」

「……私は出来ない約束はしない」

「そう? じゃあ、私が勝手にするわ」


 そう言って小指で「指切り」をする。彼女は小首を傾げていた。彼女の文化には「指切り」は何かもしれない。温かい小指。熱が走る。

 被験体として彼女に惹かれているのか、それとも異性として惹かれているのか──わからない。それぐらい、今の関係が心地よい。

 もし、来年の春まで「ソフィーを解剖したい」「彼女で実験したい」と思わなかったら、異性として好きだと認めよう。そして気持ちを伝えるのはどうだろうか。それぐらいの時間はある。

 いつのなら一つの国に長居はしないのだが、今後の研究方針に上層部も意見が割れているようだ。この計画が漏れれば殺されるだろう。それなら、逃げのびる準備の片手間にはちょうどいい賭けだ。

 戯れ。

 気まぐれ。

 僅かに残った人間らしい部分と置き換えてもいいのかもしれない。

 もうすぐクリスマスだ。

 何を贈ろうか。

 そう考えている段階で答えが出ているだろうに。

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