第146話 地獄
「何だこのふざけた絵は!」
王座に座っているルービックは、絵を床にたたきつけて踏みしめる。
そして右隣に立っている女性の従者から酒を奪うと飲み始める。
商品価値のかなり高い絵が無残にも傷つけられたのを見る商人は片膝をつき、頭を垂れながら唇を噛みしめていた。
「ちっ。この酒もあまりうまくないな。・・・・・おい!代わりの酒を持ってこい!旨い奴だぞ!」
そう言うと、飲んでいた酒を放り出し、待機している男の従者が慌てて酒を取りに料理場へと駆けていった。
ここはクリスタル帝国ファースト。
その帝都の謁見フロアに皇帝代理、
ルービック=クリスタルがいた。
左に立っている大将のアダンが顔をしかめながら思う。
・・・・・何故、オーシャン様は弟にこの本国を任せたのか理解に苦しむな。
クリスタル帝国皇帝バルテミス=クリスタルが暗殺された後、第一皇子のオーシャン=クリスタルは、すぐに皇位を継がず、保留にしたのだ。
そして本国を弟、ルービック=クリスタルに任せ、オーシャンは生き残った【7星】を連れて、占領した大陸の『ミーン国』と『マイカ国』をみている。
・・・・・オーシャン様は政治、経済、武力どれをとっても我々では足元にも及ばない程、とても優秀な方だ。
支配した国を立て直そうとするのは分かる。
しかし、この本国を任せた弟が問題だった。
この弟、ルービック=クリスタルは、我がままで利己的、そして種族意識や階級意識がとても高く、我々クリスタル人以外はゴミだと考えているお方だ。
急いで料理場から違う酒を取りにいった従者は、
ルービックの目の前でグラスに注ぐ。
そのグラスを持ち、一気に酒を飲み干す。
「・・・・・よし。これは旨いな。」
ルービックは満足気だ。
他国から来た商人を下がらせると、代わりに財務大臣がルービックの前に立って言う。
「ルービック様。『クリスタル帝国セカンド』の住民税をもう少し低く設定する事は出来ないでしょうか。このままいくと、貧富の差が拡がる一方です。」
ルービックは興味なさげに言う。
「大臣。そんなつまらない事を私に聞くな。セカンドは、最初に支配した島国で我々クリスタル人じゃないんだ。そんな下等種族は、住民税位で生きられないなら、勝手に飢え死にすればいい。」
アダンはそのやり取りを見ながらため息をつく。
・・・・・本当にこの弟は分かっていない。このままだとセカンドは暴動が起きるぞ。・・・・・やはり私が動いてオーシャン様に戻ってもらわないといけないか・・・・・
しかし・・・・・今日はやけに静かだな。
耳についている通信機をアダンは触る。
大将の為、日中は様々な所から通信機で報告や相談がはいる。
しかし、今は何も連絡がなかった。
そんな事は今までで一度もなかったのだ。
「・・・・・気になるな。」
アダンは呟くと、ルービックに声を掛ける。
「ルービック様。少し外してもよろしいですか?気になる事がありますので・・・・・」
「おい!貴様!どこから入って来た!今日の謁見は終わったはずだ!」
入口にいた兵士が大声をだした為に、アダンの言った言葉がかき消された。
見るとそこには二人の男が立っていた。
一人は40代後半位だろうか、身だしなみがとても良く、服も高価そうに見える。どこかの貴族か大商人の様だ。
そして後ろに控えているのは執事の格好をしている男が一人。
その二人が自然とそこにいた。
そこにいたのだ。
誰にも気づかれずに。
ここは皇帝の謁見フロア。
セキュリティは厳重で、まずこのフロアには入れない。
そして謁見が叶うのは何人もの許可と審査をし、一日数人のみが謁見できる。
そんな場所に、今ここにいる誰もが気づかなかった。
入口の兵士はもちろん。ルービックの周りにいる大臣達や実力者である大将アダンでさえも。
すると貴族の様な格好をしている男が言う。
「フム・・・・・やはりバルテミスは死んだのか。しかし、お前は見た事があるぞ?確か・・・・・バルテミスの息子だな?」
ルービックは侵入者を見た時に不機嫌そうな顔をしていたが、男の言った言葉を聞くと、思い出した様に立ち上がり警戒をしている周りを手で制し、その男に言う。
「貴方はセービット殿ではないですか!この世界に転移させたら今後、我々とは干渉はしないと言っていたはず・・・・・どうされたのですか?」
入口にいた複数の兵士達、そして隣にいたアダンが剣を抜く。
「よせ。これは皇族だけの秘密だったのだが・・・・・この御方は我々をこの世界へと転移して頂いた恩人だ。」
その言葉を聞きアダンは驚き、セービットの方を向く。
「あなたが・・・・・。」
しかしアダンは何故か分からない。
今までの培った勘だろうか。
この男は危険だ・・・・・と、体全体が言っていた。
黙ってその様子を見ていたセービットは、無表情で・・・・・とても冷たい顔をしていた。
セービットは、ルービックとその周りの者達に向かって静かに言う。
「・・・・・お前達を救って連れてきたばかりに妻と息子は・・・・・だが、これも全て・・・・・全て私のせい。」
アダンは改めてルービックに言う。
「ルービック様。少し外が気になります。外してもよろしいですか?」
「外?・・・・・・今、外と言ったか?」
セービットが聞く。
「言ったが・・・・・何か?」
「私がこの地に降り立った時に、順応できる者は全てこの世界で言う魔物に代えておいたが?」
「・・・・・は?」
アダンはこのセービットという紳士の言っている意味が分からなかった。
すぐに兵士に言う。
「おい!すぐにスクリーンに映し出せ!」
「ハッ!」
兵士が持っている機械を操作すると、謁見フロアの壁に取り付けてある巨大スクリーンが起動し、外の様子を映し出す。
「これは・・・・・・。」
アダンは言葉を失う。
そこに映っていたのは、見た事のない凶悪そうな魔物達ばかりだった。
その魔物達は、逃げまどっている住民達を襲って食べている。
スクリーンに音声は出ないが、生き残っている住民は逃げまどい、悲鳴を上げているのが分かる。
「何て・・・・・何て事を・・・・・貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
アダンは、剣を抜くと、一気に踏み込み、セービットの前に瞬時に現れると、胴を真っ二つに斬ろうと横から一刀を入れる。
ザッッッッッッッッッッッッッ!!!!!
???
アダンの剣は、セービットの胴に届く・・・・・が、服は斬れたが、胴でピタリと止まった。
なっ?・・・・・・斬れない?何だ?この体は?
セービットは胴で止まっている剣を気にもせずに、ゆっくりと右手でアダンの顔を掴む。
「フム・・・・・お主なら順応できるだろう。」
そう言うと、右手から黒い靄が出て、アダンの体を覆う。
「ぐっ!・・・・・やっやめ・・・・・がっ・・・・・がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
黒い靄に覆われたアダンは、暫くの間苦しんでいたが、その靄が晴れると、そこにいたのは一回り大きな凶暴でとても強そうな魔物だった。
「グォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
その魔物は両手を広げて吠える。
その様子を茫然と眺めていたルービックはハッと我に返って叫ぶ。
「おっお前達!!!全員でその男と魔物を殺せ!!!!!」
ルービックが周りに指示を出すと、複数の兵士達が剣を抜く。そして大臣達も携帯している銃をとって構える。
セービットは、魔物になったアダンを後ろへと待機させると、前に出てニヤリと笑って言う。
「・・・・・さぁ
・・・・・・・・・・・地獄の始まりだ。」
この日。
クリスタル帝国ファーストは滅び。
この島を覆うように真っ黒い靄が包み込んだ。
☆☆☆
「オーシャン様。様子を見にトリックが行きましたが、帝国民は誰一人おらず・・・・・おそらくファーストは滅亡したとの事です。」
「そうか。」
【7星】の一人、エルビスがクリスタル帝国皇帝オーシャン=クリスタルに報告する。
エルビスは続ける。
「トリックが言うには、島にはこの世界で見た事のない高レベルの魔物が大勢いたそうです。トリックの予測ですとその魔物達は帝国民ではないかと言っておりました。」
「・・・・・・。」
ここは大陸にある小国『旧ミーン国』。
今は、クリスタル帝国サードとしてオーシャンが陣頭指揮をとって復興中だった。
・・・・・ファーストが滅亡した?という事は愚弟も死んだ・・・・か。
ファーストを失ったのは大きいが結果オーライという事か。
しかし・・・・・原因が分からないのが問題だ。・・・・・前に来た傭兵?別の敵対している国?それとももっと別の・・・・・。
オーシャンは手を顎に触りながら考える。
分からないと対処が出来ない。・・・・・・だが、これで終わる感じもしない。・・・・・まずは我々の安全を確保してから・・・・・か。
オーシャンは顔をあげるとエルビスに言う。
「エルビス。おそらくこれで終わらないだろう。次はセカンド。そしてこの大陸に来るかもしれない。【7星】全員と幹部達を呼んでくれ。すぐに対策を練るぞ。」
「ハッ!」
そう言うと、オーシャンはマントをはためかせながら会議室へと歩いて行った。
☆☆☆
「えっ?滅んだ?うそでしょう?」
「本当です。本部からの報告ですから間違いありません。」
部下のペレニスがノアに報告をする。
「クリスタル帝国ファーストって・・・・・この間、僕達が潜入した所?」
僕はエールを飲みながらペレニスに聞く。
「はい。ゼロ様がこの間潜入した場所です。」
「何でまた・・・・・あっ、ノア。とりあえずペレニスさんにも椅子に座ってもらって。せっかくだから一緒に飲みましょう。」
「あら。いいのぉ~?流石ゼロちゃんねぇ~。ほらペレニス。私の隣に座って。」
「あっ。はっはい。それでは失礼します。」
ペレニスはまさか一緒に飲むとは思わなかったのか、拍子抜けした顔をしながら、いそいそと座る。
「はい。エール。・・・・・で?どうしてそんな事になったのかな?」
「あっ。頂きます。」
ペレニスは僕に注いでもらったエールを一気に飲み干すと、うまかったのか、満足そうな顔をしながら言う。
「クリスタル帝国ファーストには偵察隊が海側で諜報活動をしていました。海側だったのが良かったのか、黒い靄にその島が覆われる前に脱出できたそうです。ただ、数十人いた偵察隊が生き残ったのは3人だけでした。」
「たった3人ですって?」
ノアが驚く。
「はい。ノア様も知っている通り、我々【天使と悪魔】の偵察隊は皆、腕利き揃いです。それでも逃れられたのが少数でした。その一人の報告によると、住民達が次々に凶暴な魔物に変わっていった・・・・・との事です。しかも、かなりの高レベルの魔物に。」
「何故そんな事に?」
僕は続けて聞く。
「本部も原因はまだ掴めていないそうです。すでにファーストは黒い靄に覆われてしまって潜入するには非常に危険との事で、イール様の指示で、その島の周りを警戒しながら情報を集めているとの事です。」
「そうですか・・・・・。」
クリスタル帝国ファーストが滅んだ・・・・・あの島はとても大きい。
前いた日本の北海道並に大きな島だ。・・・・・それを数日で滅ぼしたという事になる。
「レイ・・・・・どうするの?」
白雪が聞く。
周りの仲間も黙って僕の返事を待っている。
・・・・・だけど、今回は僕には関係のない事・・・・・か。
僕は変わらない笑顔で言う。
「ハハハ。僕達が関わるレベルじゃないさ。・・・・・さぁ!どんどん飲もう!」
皆にそう言うと僕はエールを一気に飲み干す。
そしてまた賑やかな飲み会が始まった。
近くで黙って聞いていたエメがもくもくと食べながら独り言の様に呟く。
「・・・・・あのバカが・・・・・狂いおって。」
・・・・・この世界もやばいかもしれんの。しかし・・・・・わしはレイがいれば他はどうでもよい。レイだけは絶対に守る。・・・・・後はケイトが何とかするじゃろう。
エメは少しだけ食べるのを止めて考えていたが、すぐにまた食べ始めた。
☆☆☆
「・・・・・・。」
山頂にある立派な城の一室に、一人の美しい女性が部屋の窓から紅茶を飲みながら外を眺めている。
コンコン。
すると部屋の扉からノックの音がする。
「どうぞ。」
「失礼いたします。」
入って来たのは執事のロイージェだった。
ロイージェは部屋に入り、温めた紅茶のポットを片手に持ち、主人のケイトへと近づくと、ほぼ飲み終えたカップに紅茶を注ぐ。
「ありがとう。」
「いえ。・・・・・・それでどう致しますか?」
ロイージェが聞くと、ケイトは悲しそうな顔をしながら言う。
「気が重いわね。でも・・・・・このままにはしておけないわ。・・・・・彼に会いに行きましょう。」
「承知いたしました。」
ロイージェは会釈をすると部屋から出ていった。
一人になったケイトは、温かい紅茶を飲みながら窓の外を見て独り言の様に呟く。
「・・・・・セービット。貴方にまだ人の心が残っている事を願うわ・・・・・。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます