第145話 絶望



ゴトゴトゴトゴト・・・・・。




晴天に恵まれた空は雲一つなく、気持ちいい風が吹いている。



その晴天の下、一台の馬車が進んでいた。


ゆっくりと走らせているその馬車の周りは木々が立ち並び、鳥の鳴き声が聞こえる。



二頭の馬を操っている執事の格好をした男がため息をついて言う。



「しかしセービット様・・・・・買いましたね。流石にこの量ですと重すぎてスピードが出ません。」



「ハハハハハ。まぁそうぼやくなメレン。最後とはいえ、一年以上家を空けてしまったんだ。私は商人でいて領主だからな。それなりに土産を買って行かんとメンツが立たんよ。」



隣にいるセービットは、後ろの荷台にこれでもかと押し込められている世界中から取り寄せた品々を見て笑顔で答える。




ここは大国アルメリア。


自然豊かなその大地の上を馬車は走らせながら、首都【キルギス】から少し離れた第三の街【マイン】へと向かっていた。


第三の街【マイン】は、商業の街と言われており、アルメリア国の重要な貿易拠点となっている。



そしてその街を治めて領地としているのが、

大貴族の一つ、ファースト家。


古くからある大貴族、ファースト家の娘でいてセービットの妻アルマが継いだ事で、セービットが領主としてこの街を任される事となった。



数十年前は普通の街だったが、セービットの類まれなる能力と人柄で、あっという間にアルメリア国にとって重要な街へとなった。


昔に比べ、街はうるおい、活気に満ち溢れてている。


その為、領民はあまりこの街にいないセービットを領主として尊敬し、敬っていた。



メレンは続ける。



「確かにそうですね。奥様と坊ちゃんには迷惑をかけっぱなしでしたからね。」



「ハハハ。メレンよ。坊ちゃんと言ってると、また息子に文句を言われるぞ。」



「私にとって、坊ちゃんは坊ちゃんです。」



「フッ。・・・・・まぁ私がいない時に妻の面倒と、領地を見てくれたのだ。そのおかげで、私は何の心配もなく使命を全うできた。帰ったら息子には礼を言わないとな。」



セービットはそう言うと、馬車に揺られながら青空を見て思う。



・・・・・この星を同胞が創って数えきれない程の年月が経った。


残った私が消滅する星々を周ってこの世界へと連れてきたのは、同胞が創った星を守りたいとの使命感からだった。



そんな私が、数十年前に初めて恋をした。



初めて感じたこの感情に戸惑ったのは今でも忘れない。



彼女と結ばれたい。そして家族を作りたい。



感情が心を支配し、私は止める事が出来なかった。



すぐに相談した。・・・・・親友のケイトに。



ケイトは心から喜び、祝福し、その感情を大切にする様に言われた。



私達は種を作れない。



しかし、ケイトは可能性を模索していた。・・・・・遥か昔から。



そして長い年月をかけて完成させていたのだ。



種を作る秘薬を。



しかし、ケイトは言った。



生まれてくる子供は、我々と同じ様にはならない。


ただの寿命の短いヒューマンとして生まれてくるのだと。



それでも構わなかった。



私にとって短い間でも、かけがえのない家族が出来る事の方の喜びは計り知れなかった。



そしてケイトのおかげで、妻と結婚し、最愛の息子、へーリックが生まれた。



息子は頭がよく、機転がきいて優しい子だ。



家を空ける事の多い私に文句の一つも言わずに、迎えてくれる。



そして今は、アルメリア国の将軍となって、妻や領地だけではなく、国まで支えている。



・・・・・前は同胞が創った星だからと守っていたが、今は違う。




家族といたい。




だから、この星を絶対に守る。




そう考えが変わったのだ。




「・・・・・これからは私がずっと妻と領地を守ろう。・・・・・へーリックには今までの分、自由にさせてやりたい。」



空を見上げながらセービットは呟いた。



隣で馬車をひいているメレンは、黙って笑顔で頷いた。










☆☆☆










「ふぅ。やっと着いたな。」



「あんなに買い込まなければ、もっと早く着いたんですけどね。」



メレンが小さく呟く。



商業の街【マイン】に着いたセービット達は、この街の検問所で馬車に乗りながら順番を待っていた。



すると、チェックをしている衛兵の後ろにいる一人の兵士が、セービットに気づき走ってくる。



「これはこれは領主様!今お戻りで?」



「おぉ!ハリーではないか!あぁ今戻った。」



衛兵隊長のハリーは、セービットが乗っている馬車をそのまま街の中へと誘導しながら言う。



「もう一年以上ですか?全然帰ってこなかったので心配していた所でした。」



「そうだな。街を空けてすまなかった。・・・・・所で、私がいない間に何かあったか?」



ハリーは一瞬暗い顔をしたが、またすぐに元に戻って言う。



「街は目立った犯罪もなく、問題なかったです。しかし・・・・・いえ、これは私が言うべき事ではないです。お屋敷に帰ってご報告を受けてください。」



「???・・・・・そうなのか?・・・・・分かった。引き続き、この街の警備を頼むぞ。」



「ハッ!」



ハリーは、敬礼をして領主の馬車を見送る。



街の中に入って去っていく馬車を見ながらハリーは呟く。



「領主様。お気を落とさず・・・・・これからもこの街をお願い致します。」








検問所の入口を通って一時間近く馬車を走らせると、ひときわ大きな屋敷が見えてきた。


この街【マイン】で一等地の場所にある、

アルメリア国の大貴族の一つ。

ファースト家の屋敷がそこにはあった。



馬車が広い庭を通り、屋敷の前まで着くと、玄関の大きな扉が開き、執事の格好をした男性や、メイド服を着ている女性達が領主を出迎える。



「皆。今帰った。」



「「「「「お帰りなさいませ。セービット様。」」」」」



執事の格好をした男性がメレンの前に来ると言う。



「執事長。今回は長かったですね。」



「えぇ。商談が長引いてしまいましてね。・・・・・いない間に、何かありましたか?」



メレンが言うとその男性は暗い顔になる。



「・・・・・領主様。それと執事長。長旅でお疲れでしょうが・・・・・大事なお話があります。まずはお部屋で報告をさせて頂いてよろしいでしょうか。」



一緒に出迎えたメイド長のオリビアが前に出て言う。



・・・・・オリビアの真剣な表情。

・・・・・何かあったという事か。



「分かった。・・・・・メレンも私の部屋へ来るように。」



「了解しました。」



セービットはそう言うと、メレンとオリビアを引き連れて、屋敷の中へと入って行った。










☆☆☆










セービットがいつもいる領主の部屋へと入ると、

すぐに振り向いて言う。



「それでオリビア。何があったのだ?」



部屋へと向かう途中、他のメイドや使用人達を見ると皆、暗く、沈痛な顔をしていた。



間違いなく何かあったのだろう。

・・・・・おそらく悪い事が。



だからこそ、はやる気持ちを抑えて、自分の部屋へとついてからオリビアに聞いた。



オリビアは、一瞬、躊躇した顔をしたが、すぐに真っすぐに私を見てはっきりと言った。



「セービット様。落ち着いて聞いてください。貴方様がいない間に、不幸な事が二つ起こりました。」



「二つ?」



「はい。一つ目は・・・・・・へーリック様が・・・・・へーリック様が・・・・・・。」



オリビアは声がつまり、次の言葉が出ない。



「息子がどうしたというのだ?」






「・・・・・・お亡くなりになりました。」










☆☆☆










「・・・・・亡くなった?」



「はい。」



セービットはオリビアの報告を受けて茫然として固まってしまった。





何?





うちの息子が・・・・・亡くなった?





オリビアは説明する。



数ヶ月前。



クリスタル帝国が他国に攻め入った事。



攻め入った国の一つ、アルメリアの友好国『ミーン国』を守るために、へーリックが軍を率いてクリスタル帝国と戦った事。



そして、その時に自分を犠牲にして部下を守った事を。




ドッ。





オリビアの報告を聞き終えると、セービットは両膝を床に落とす。





何故?




・・・・・何故うちの息子が?




セービットは出かける時に話をしたへーリックとの会話を思い出す。



「父上!前に父上が話してくれた様に、私にも友と呼べる者が出来ました。今度、紹介しますね。」



へーリックは父親に笑顔で言う。



「おぉ!そうか!友が出来たか!それはめでたい!・・・・・息子よ。商談から帰ったらゆっくり飲みながら話をしよう。」



セービットはへーリックが小さい時から言っていた事があった。



大勢の友達はいらない。



たった一人・・・・・たった一人でいい。



心から信頼できる友を作れと。



きっとその友が己の将来できっとかけがえのない存在になるのだと。



私にとってのケイトの様に。



だから聞いた時は、心から喜んだ。



帰ったら、その友の話や、将来の話を心ゆくまで話をしようと思っていた。





それが・・・・・死んだ?





しかも、クリスタル帝国?





・・・・・・私が最後の生き残りとして救った種族だ。





「・・・・・何故・・・・・何故なんだ?」



セービットは呟く。



そして、ハッと我に返り、両膝をついたまま、オリビアに言う。



「それでアルマは・・・・・妻アルマはどこにいるのだ?」



オリビアはいつの間にか、大粒の涙を流し、唇をかみしめながら言う。



「・・・・・二つ目の報告です。・・・・・アルマ様は・・・・・アルマ様は・・・・・へーリック様が亡くなってからは、ずっとセービット様の帰りを待ってました。毎日外の門まで出て・・・・・風の強い日も、雨の日も。・・・・・でも、ある日突然、外に出ないと思ったら・・・・・・」








「首を吊って・・・・・・・死んでました。」








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



アッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



アア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!








言葉にならない悲痛な叫びが。








ファースト家の屋敷中に響き渡った。



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