第108話 傭兵



一人の兵士が、駆け寄って報告をする。




「報告します!!【黄金回廊】の【マスター1】にビーリッシュ国の【獣人部隊】が迫っています! あと、大盗賊【盃】もいます!!」



「ちっ!またか。・・・・・毎回毎回・・・・・

 相変わらず忙しいな。」




百メートル近くはある高い防壁の上で、外を眺めながら将軍は舌打ちをする。



ここは北西にある国『ランス』。



人口は約6千万人。


世界のあらゆる流通の最大拠点であり、

「商人の国」と呼ばれている。



この国で初めて、世界を円で繋ぐ、世界一安全な交易路、【黄金回廊】を作った国であった。



【黄金回廊】とは、魔導の国『シャーフラン』と数百年の月日を使い、共同開発で作った特殊な緑色の結界で張られたトンネルの様な半円が、この『ランス国』を起点に、加盟国を繋いで世界をぐるっと一周した『道』であった。



外敵を完全に防ぐ安全な道の為、様々な流通や貿易に使われている。



その為、費用が高く、この回廊を使う事が、貴族や商人にとって一種のステータスとなっていた。



最近は、『アルク帝国』も加盟をし、更に拡がりをみせている。



その為、そんなに大きくない国でありながら、世界で1、2を争う資金力があり、世界中の物資が集まる為、【美食の国】とも呼ばれていた。



そして、流通の拠点である為に、様々な国や盗賊などに狙われる事も多く、金で雇われている傭兵がとても多い国でもあった。





将軍は、この国の国境の内側に建てられている高い防壁の上で、入口の門の横にある【黄金回廊】の起点である、何十もの硬い魔光石で覆われたドーム状の【マスター1】に目をやる。



「この国の反対側にある、【黄金回廊】の終点、【マスター2】は問題ないか?」



「はっ!【マスター2】には敵はいないそうです!」



「そうか・・・・・。しかし、盗賊はいいとして、獣人部隊か・・・・・。」




将軍は渋い顔をする。




【黄金回廊】の緑の結界は、どんな攻撃でさえ吸収し、跳ね返す特殊な術式が施されている。この世界でどんなにレベルの高い者でも破壊する事は出来ない。



しかし、その結界が発生させる場所。

マスター1とマスター2は別だ。

ここを破壊されると、【黄金回廊】の結界の機能が弱くなってしまう。



だからこそ、マスター1とマスター2には、外敵から守る為に、この国の将軍の一人が独自の大部隊をつけ、更に多くの傭兵を雇って警備していた。



結界を発生させる為に、国境の壁の中に設置できない事で、狙ってくる輩が多かったが、数万の部隊や、金で大部隊が作れる程の傭兵が守っている為、

最近では、戦争並みに部隊を動員しない限り、破壊する事は不可能な状態なので、敵対している国や盗賊も手出しする事はなかった。





隣の国、獣王が治める獣人の国『ビーリッシュ』。



この国は、他の国との共存を模索する穏健派と力が全てと主張する強硬派の二つに分かれていて、穏健派と『ランス国』は友好な関係を築いているが、

強硬派は、様々な国と紛争をしていて、

『ランス国』とも争いが絶えなかった。





将軍は、遠い場所が見える筒状の物を取り出して敵を見ながら思う。



・・・・・獣人部隊が約千人位。あの部隊の旗は・・・・【ビースト】か。

そして、隣にいるのは大盗賊【盃】。


最近は大人しかったが、何か考えがあるのか?

こちらの兵力はその倍以上はあるし、すぐに呼べば更に増やす事もできる。

が・・・・・厄介だな・・・・・



獣人部隊は、戦闘種族で身体能力が高く、強い。



1人倒すのに、こちらは数人の被害がでる可能性が高い。



・・・・・仕方ない。いつも通り、傭兵を先に向かわせるか?



考えていると、魔法で出来たエレベーターの様な物で壁の上にあがった部隊長が駆け寄る。




「将軍!報告があります。じつは・・・・・。」



部隊長が将軍の耳に小声で伝える。




「!!!・・・・・そうか。応じてくれたか!!!ありがたい。」



将軍は安堵の顔をする。




そして部隊長に指示をだす。



「我々の部隊と控えている傭兵達はそのまま待機だ。」



「はっ!」




そう言うと将軍は向かってくる獣人部隊と盗賊を見ながら呟く。




「たまたまこの国にいてくれて助かった。

すぐにいなくなる方達だ。依頼料は張るが、それに見合うだけの働きをしてくれる。・・・・・獣人、盗賊よ。・・・・・運が悪かったな。」





将軍が下を見ると、国境の門がゆっくりと開いた。










☆☆☆










「結構いるな。」



マスター1を守っている一番先頭にいる傭兵の一人、コーマンがこちらに向かっている獣人族を見て言う。



「そうだな。・・・・・だいたい俺達と同じ位か?」



隣にいる傭兵のザックが答えながら考える。




マスター1の防衛依頼を受けている俺達傭兵は約2千人。あちらさんもざっと見て同じ位だ。



なら、後ろに控えているこの国の兵士を入れれば、4千人位にはなるからなんとか防げるか。



しかし・・・・・。



「まぁどうせ、この国の兵士達は温存だろ。俺達は金で雇われているからな。その分はしっかり仕事しねぇと。」



諦めた口調でザックは言う。



「・・・・・だな。お互い死なない様にな。」



コーマンとザックはお互い拳を合わせる。



すると、後ろに控えている兵士の部隊長が叫ぶ。



「今回は!我々ランス兵も傭兵達も一旦待機だ!!!!このマスター1を守る事だけ専念しろ!」



「何だって?・・・・・どういう事だ?」



ザックは不思議そうな顔をしながら後ろを見ると、近くにある国境の門がゆっくりと開いた。



そこから出てくる者を見て、大きく目を見開き、驚きながら言う。



「・・・・・なるほどな。この国にいたのか。・・・・・『ランス国』も随分奮発したもんだ。・・・・・まぁ俺達より確実か。おい、コーマン。今回の仕事は楽になりそうだぞ。」



少しホッとした顔をしながらザックは自分達の配置についた。










☆☆☆










「ゴルドルン隊長!マスター1を守っている兵士や傭兵に動きがありません!」



「何だと?・・・・・ちっ!舐めてくれる。」



獣人部隊【ビースト】の隊長、ゴルドルンは舌打ちをする。



今回、獣王の側近、三獣士の命を受け、隣の国『ランス国』の重要施設【マスター1】を守る兵士達を出来る限り殲滅し、獣人族の脅威を示す為にやってきた。



案の定、金にものを言わせて、多くの傭兵達がいる。



その傭兵達には、最近、友好関係を結んでいる、大盗賊【盃】をぶつけて、その隙に我々【ビースト】がランス兵を出来るだけ倒し、あわよくば、【マスター1】の破壊までもくろんでいた。



我々が近づけば、傭兵達が向かってくると思っていたのだか、一向に動こうとしない。




何故だ?




すると、『ランス国』の国境の門がゆっくりと開いた。



見ると、その門からは二人の男女が出てくる。



日光に当たって、髪が輝く。



この世界では珍しい銀の髪の二人組だった。










☆☆☆










♪・・・♪~♪・・・♪・・・♪~



「フ~フフ~ン♪」



僕は歩きながら音楽を聴き、鼻歌を歌っている。



耳にはヘッドホンもどきの物を付けている。



数日前、冒険者の国『オロプス』で売っていたので思わず買ったしまった。



まさかこの世界に来て音楽を聴けるとは思ってもみなかったんだ。



さすが生産系プレイヤー!



魔光石のエネルギーを使って、ここまでうまく開発するとは!



『オロプス』からちょうど反対側の国なのに、ここまでクリアに音楽が聴けている。



ここ最近の中では一番いい買い物をしたな。



「おい・・・・・おい!ゼロ!!!」



歩きながら気持ちよく、ビートを感じながら体を揺らしていると、一緒に隣で歩いているエメが不満そうに声を上げる。



「ん?どうした?エメ。」



「どうした?・・・・・じゃないわ!その付けている物、随分と良さそうじゃないか。・・・・・我にも聞かせてくれ!」



そう言うと、物欲しそうに背伸びしながら腕を伸ばして僕のヘッドホンを取ろうとする。



当たってる!当たってるよ!胸が!!!



「オイオイオイ!僕が買った時、『音楽???そんな軟弱な物、我はいらん!』って言ってたじゃん。」



「ウム。確かに言った。・・・・・だがな。そんなに気持ち良さそうにしているのを見ていると、気になるんじゃ!!!」



なるんじゃ!じゃないよ。おじいちゃんか!



「はぁ~。分かったよ。実は、どうせ欲しがると思ったから、もう1つ買ってあるんだ。この仕事が終わったらあげるよ。」



「本当か!約束だぞ!!!」



「ああ。約束だ。」



エメは美しい銀の髪をなびかせながら、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。



新しもの好きのエメだ。



絶対に欲しがると思ったんだよな。



あの時は、プライドが邪魔したのか、頑固だったけど。



前を見ると、大勢の武装した盗賊がこちらに向かっている。そして、その後ろには獣人族が。



「・・・・・さて。サクッと終わりにしようか。」



僕はエメに聞こえる様に呟くと、盗賊の方へと歩いて行った。










☆☆☆










馬を走らせながら、大盗賊【盃】の頭。

ボルドが手下に大声で叫ぶ。



「相手はたかが二人だ!さっさと殺して

 【マスター1】へ向かうぞ!」



「オオオオオオ!!!」



千人近くいる【盃】の盗賊達は、銀の髪をした二人組に真っすぐに向かって行った。




その盗賊達の後ろで、第二陣として馬を走らせている獣人部隊の隊長ゴルドルンは、胸騒ぎがしていた。



・・・・・銀の髪。・・・・・二人組。・・・・・どこかで聞いたことがあるような気がしていたのだ。



銀の髪の男の方は、体を揺らしながら楽しそうに歩いている。殺そうとしている敵が向かっているのにまるで二人だけで散歩でもしているかのように。



すると、銀の髪の女の方が男の前に出る。



その女はとても美しく、見た事のない長い銀の髪が更にその容姿を際立たせている。



女は背中にある、自分と同じ位ありそうな長く美しい剣を取り出すと、ゆっくりとその長剣を横にし、構える。



第一陣の盗賊達の先頭が、その女の数十メートルに近づいた時だった。



女が構えていた長剣を横に薙ぎ払った。





ズッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!





先頭の盗賊達の動きが止まる。




「どうした!!!何故止まる!!!」



【盃】の最後尾にいる頭のボルドが馬を急いで止め、叫ぶ。



「・・・・・え?」



「あ・・・・・。」



先頭を走っていた盗賊は、またがっている馬の首が鋭利な刃物で斬られたのか、なくなっているのに気づく。



そして、自分を見ると、ゆっくりと視界がずれていき、胸から上の上半身が体から離れていった。



「なっ!・・・・・なんだと???」



ボルドは茫然としながら見ていた。



前方にいる半数近くが、体を真っ二つに斬られていた。




一振りだ。・・・・・あの女が剣を一振りしただけで、一瞬の内に半分の500人近くが死んだ。




「何が起きたというんだ?・・・・・あ?」



ボルドが言った途端に、視界が馬から地面へと落ちた。



最後尾にいたボルドの馬の上に、女と一緒にいた銀の髪の男が立っている。ボルドの首が飛ぶと同時に、その姿が消えた。




「うっ!うわぁぁぁぁぁぁ!お頭ぁぁぁぁぁぁ!!!」



ボルドの周りにいる盗賊達はパニック状態に陥っていた。




「止まれ!止まれぇぇぇぇぇ!!!!」




その様子を見ていた獣人部隊の隊長ゴルドルンは、部隊に命令する。




・・・・・思い出したぞ!!!銀の髪の二人組。

あれは確か二年前に急に台頭してきた二人組の傭兵。・・・・・名は【シルバーアイ】。



男の方は「銀の左目」のゼロ。

女の方は「銀の右目」のエメ。

傭兵でも、少数の実力者しか与えられない二つ名を持つ者。



たった二年で、傭兵では世界で10本の指に入る程の実力者となった有名人・・・・・



金の為なら何でもする傭兵など興味がなかったが、たまたま前に部下が言っていたのを思い出した。





リーダーを失った盗賊達を見ると、女がもう一振りして残りの大多数が斬られていた。





・・・・・何が世界で10本の指に入るだ。有名な傭兵達と戦った事はあるが、あれは次元が違いすぎる。




「・・・・・化け物が・・・・・ランス国め・・・・とんでもない傭兵を雇ったな・・・・。」



ゴルドルンが呟くと、後ろに気配を感じる。




「動くな。」



馬上で振り向こうとしたゴルドルンは、動きを止める。



右の肩に、白く美しい刀身が輝いている。



「隊長!!!」



「皆、動くな!!!!!」



異変に気付いた周りの兵士達が動こうとしたが、ゴルドルンが止める。



「・・・・・お前は【シルバーアイ】か?」



「当たり。・・・・・知っているなんて光栄だね。」



「ハッ!傭兵に興味のない俺でも知っている有名人だ。・・・・・で?ここにいるという事は、ランス国に雇われたか。」



「ご名答。『ビーリッシュ国』のグランドには何回か依頼を貰っているお客さんだからあまり事を荒げたくはないんだ。・・・・・で、どうする?このまま僕達と戦うかい?」



グランドとは、獣人国の獣王の次に偉い、三獣士の一人だ。



「フッ。戦うと言ったら、その剣で、すぐに俺の首は飛ぶだろうな。・・・・・俺達の負けだ。」



すると、肩の上にあった剣がなくなる。



後ろで、剣を鞘に戻す音が聞こえた。



「では、獣王かグランドに言っておいてくれ。・・・・・『ランス国は僕の拠点の一つだ。』ってね。」



「・・・・・ああ。伝えておこう。」



振り向くと、後ろにいたであろう男は、風の様に消えていた。









☆☆☆









「殺らなくていいのか?」



隣に戻った僕に、エメが言う。



「ああ。『ビーリッシュ国』も僕達のお客さんだ。・・・・・殲滅して遺恨を残したくはないからね。」



「そうか・・・・・。」



エメは、残念そうに長剣を鞘に戻す。




すると、獣人部隊の隊長が叫ぶ。



「・・・・・この戦いはこれで終わりだ!!!帰るぞ!!!」



そう言うと、獣人部隊は、踵を返し、帰っていった。




「よし!依頼達成だ。帰って美味しい料理と酒でも飲もうか。」



僕が言うと、不満そうだったエメの顔が喜びに変わる。



「料理と酒!!!!・・・・・よし!すぐに行こう!行くぞ!!ゼロ!!!!」




ハハハ。ほんと、チョロいな。




僕は笑顔で、エメと雑談をしながら門へと戻って行くと、マスター1を守っている兵士や傭兵達が僕達に向かって歓喜の声を上げる。






「ウォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!」





僕達が門の中へ入るまで、その歓声は止むことはなかった。



























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