第62話 憎悪





彼はうつ伏せで倒れていた。






見るも無残な状態で。






こんな状態で、彼はアイリと白雪を刺客から守り、そして白雪を救ったのだ。






「何でこんな事に・・・・・。」



アイリは茫然と立ち尽くしていた。




白雪はすぐに彼の状態を確認する。



・・・・・このままだと、彼は死んでしまう。今、彼を救えるのは一人しか考えられない。






白雪は【心の腕輪】を使う。




ピロン。・・・・・ピロン。




・・・・・なに?




キリア?お願い!レイを助けて!!




・・・・・?!・・・・・何があった?




白雪は話した。事のなりゆきを。




・・・・・分かった。すぐ行く。・・・・・場所教えて。





白雪は、唱える。



「煙の精。」



すると煙が吹きあがり、空へと昇っていった。





煙が上がった瞬間。空からもの凄いスピードで人が一直線に飛んできた。





キリアだ。





キリアはすぐに、白雪の元へと降りて尋ねる。




「・・・・・レイは?」



白雪は視線をアイリのいる所へとやる。






・・・・・!!!






そこには、うつ伏せになって倒れている彼がいた。





・・・・・どいて。





キリアは心配そうに見ているアイリを遠ざけ、彼の背中に手をやる。



すると彼の周りに大きな緑色のあたたかい空間が包み込んだ。



しばらくすると彼の背に変化があった。



焼けた肌は治り、体も徐々に元に戻っていく。



数分後には完全にもとの体に戻っていた。



キリアは立ち上がり言う。




「・・・・・これで体は治った。・・・・・。」



「キリア!!」



「キリア!!」



白雪とラフィンがキリアに抱き着く。



アイリは、その場に膝をついていた。ホッとして腰が抜けたのだ。



「・・・・・良かった。」



キリアが続ける。



「・・・・・でも、治ったのは体だけ。・・・・・【奇跡の薬】と違う。・・・・・だから体力は戻ってない。・・・・・いつ意識が戻るか分からない。・・・・・絶対安静が必要。・・・・・」






「・・・・・レイ?」


すると、もう一人、白雪達の所へ近づく者がいた。


全身水濡れになったヒッキだ。


「おい!どうしたんだよ!レイ!!!」


すぐに、レイの元へと駆け寄る。





「とにかく、すぐに彼を休ませる場所へ移動しましょう。」



白雪が真っ白い羽を広げ、レイを抱え学園都市『カラリナ』へと飛び立っていった。





キリアはそれを見届けた後、周りを見渡すと、何かを見つけ、転がっていた生首の前へと歩んでいた。





チャーチの部下の死体だ。





「・・・・・お前か?」



キリアの周りに黒いオーラがほとばしる。




「キリアさん?大丈夫?早く行きましょう。」



アイリが声をかける。



すると、キリアの周りの黒いオーラはすぐに消えた。



「・・・・・分かった。・・・・・皆は一緒に連れていく。」



キリアは浮遊魔法で3人を連れて『カラリナ』へと戻って行った。










☆☆☆










学園は大騒ぎだった。



今まで一度もなかった事が起きたのだ。



狙われたのだ。



学生達が。



世界一安全と言われている学園内ではなく、唯一園外へとでる『野外講習』を狙って。



学園長のリーネはすぐに『野外講習』を行っている全生徒を学園内へと戻した。



被害が出ているグループの所にはアラン先生やレイモンド先生達が被害状況と生存者を探索に行っている。





リーネは学長室で指示をだしながら、頭を抱えて嘆いていた。





「・・・・・何という事をするのでしょうか。未来を担う若者たちに・・・・・。」



いけない。私は学園長。しっかりしなくては。



リーネは椅子から立ち上がると、被害があったグループの数少ない生存者達に会いに救護施設へと向かった。










「レイ・・・・・。」



白雪がつぶやく。



救護室のベットにレイは寝ていた。



すぐに医者が駆けつけて見たが、外傷は一切なく、治っているという事だった。ただ、体力の消耗が激しく、目を覚ますのはいつになるかは分からないと言われた。



キリアの言う通りだった。



すぐに後から追いついたアイリ達が。



そして他の所で『野外講習』を行っていたカイトやへーリック、サイクス、妹のカザミが駆けつけて、この病室にはレイの仲間達でいっぱいになった。





「お兄ちゃん・・・・・。」



カザミがつぶやく。



「レイ!お前何やってんだよ!早く目を覚ませよ!」



「覚ませよ!」



へーリックとサイクスが涙をためながら言う。



「・・・・・クッ。」



ヒッキはずっと涙を流しながら下を向いている。





すると病室の隅にいたキリアが白雪の袖を掴んで黙って外に連れ出した。



キリアが言う。



「・・・・・白雪。・・・・・レイをいじめた者達。・・・・・場所分かった。」



「!!!・・・・・ほんとに?」



「・・・・・こいつに聞いた。」



そう言うと、キリアは黒い空間から髪を掴んだ生首を取り出して見せる。








・・・・・キリアはレイと約束をしていた。



「いいかいキリア。僕達は仲間だ。何かあっても絶対に一人で行動はしない事。もし僕がその時にいなかったら、白雪に聞く事。いい?分かったかい?」



「・・・・・うん。・・・・・分かった。・・・・・でも・・・・・もし破ったら?」



「ハハハ。キリアがそういう子じゃないのは知ってるよ。・・・・・でもそうだなぁ。もし破ったら僕はキリアが少し嫌いになるかもね。」



・・・・・キリアにとって、どんな事があっても、レイに嫌われる事だけは死んでもやだった。居場所が分かった時はすぐにでも行きたかったが、がまんした。








「・・・・・白雪。・・・・・私行く。」



キリアの周りに黒いオーラが出始めていた。



「キリア。場所を教えて。私も行くわ。」



白雪は冷たい声で答えた。



「待って。・・・・・僕も行くよ。」



いつも間にいたのか、ラフィンが後ろから声をかける。



「・・・・・分かった。じゃ、他の皆に言ってくるから待ってて。」





白雪は病室に戻り、カイトに声をかける。



「カイト。ちょっと私達出かけてくるわ。その間、レイをお願い。」



カイトは何かに気づいたのか白雪に話しかける。



「ちょ。待ってくれ。僕も行くよ!仲間だろ!」



「仲間だからよ。私達がいなくなったら誰がレイを守るの?貴方しか頼れる人はいないでしょ?」



「・・・・・分かった。そういう事なら僕は残るよ。・・・・・でも、無茶だけはしないでくれよ。」



「ええ。」



すると、涙を流しながら寄り添っているアイリに声をかける。



「アイリ。少しの間、レイをお願い。手を握っててやってね。」





アイリは黙って頷いた。





白雪が外にいる仲間達の所へと戻ると、ちょうど学園長と鉢合わせした。



「学園長。私達は冒険者『ホワイト=フォックス』として、少し出かけてきます。その間だけ、武器、防具を開放して頂けないでしょうか。」



「・・・・・分かりました。開放しましょう。何をするのかは聞きませんが、あなた達も生徒です。無茶だけはしない様に。」



「はい。」



白雪は笑顔で答えた。






「・・・・・行くよ。」



準備を終えた白雪とラフィン、キリアは黙って空へと飛び立った。






誰も見たことのない冷たい顔をしながら。










☆☆☆










「なんだと?失敗した?」



ここは『スマイルスケルトン』第5支部の本拠地がある島の本館の最上階。



「はい。監視に一緒に行った部下は殺され、殺し屋はどこかへ消えました。」



ナンバー2のトロイが報告をする。



「チッ!」



チャーチは舌打ちする。




予想外だった。




たまたま南の大国『ナイージャ』に『スマイルスケルトン』お抱えの殺し屋がいると情報を聞き、すぐに出向いて依頼した。



その殺し屋は組織の命令には従わない事で有名だった。そしてとても自由で、自分が面白くない殺しはしない。



しかし、ひとたび受けると必ず成功させていた。



どんな難しい殺しでも。



だからこそ、まさか失敗するとは思わなかったのだ。





「あれだけの大金をはたいたのに、使えない奴だ・・・・・。」


チャーチは独り言の様につぶやく。





仕方ない。ならば予定通り、我々でやればいいだけの事。



ターゲットはすぐに国には戻るまい。



国に帰るタイミングを見て、そこで襲う。



当初の計画に戻すとするか。





「ふぅ~。」





チャーチは、椅子にドカッと座り、テーブルにある酒を飲んだ。






ズズンッ!






すると、館が揺れた。



テーブルにある酒瓶が落ち、割れる。





「なんだ?!!」



チャーチが立ち上がると、窓を見ていたトロイが声を上げる。





「なっ?なんだあれは?!」



チャーチはトロイが見ている窓までいくと、ありえない風景が広がっていた。



この島の木々は燃えさかり、街々が破壊されている。



「・・・・・ドラゴン?」



その燃えさかる炎の中心には一匹のドラゴンがいた。



ドラゴンごときでチャーチが驚くことはない。過去にドラゴンを倒す事もあったからだ。しかし、今回のドラゴンは見たことがなかった。



鱗は金色に輝き、一回ブレスを吐いただけで、数百メートルは一瞬で焼ききっている。



今までのドラゴンとは次元が違った。





「頭!俺も応援に行ってきます!」



そう言うと、トロイは部屋から急いで出ていった。










☆☆☆










「よし!通っていいぞ。」



島の入口にある大きな門の前には人が並んでいた。



並んでいる者達は、誰もがまっとうな仕事をしていない風貌をしていた。裏取引をしようと他国から来ている者達だった。



『スマイルスケルトン』第5支部の検問所だ。



この島は特殊な結界で守られていて、入口からしか入ることが出来なかった。それは世界各地にある各支部も同様の作りになっている。



そういったことも、敵対している犯罪ギルドが簡単に攻める事が出来ない要因の一つだった。





「ん?」





検問をしている構成員がふと見ると、仮面をかぶった女が2人こちらに向かって歩いている。見た感じは若い女だ。





「おい見ろよ。」



隣の仲間に話す。



「あん?なんだあれは?・・・・仮面?・・・・・女か?」



すると、一人の女がフッと消えた。



そして、もう一人のショートカットの仮面の女が歩いてくると、並んでいる人達を追い越し、検問をしている二人の所まで来た。



「おいそこの女。仮面を取れ。なにしに・・・・・」





バンッ!!





バンッ!!





並んでいた人達は何が起きたのか分からなかった。



一瞬にして、検問の二人の顔が吹き飛んだのだ。





「うっ。わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



そこにいる人達は叫びながら離れていく。




同時に、鐘の音が鳴り響いた。





敵襲の合図だ。





入口で立っている女の周りに、続々と構成員が集まってくる。





その中の一人が凄む。





「おい。仮面の嬢ちゃんよぉ。一人でこんな事をして、ただですむと思ってねぇよな。」



そのショートカットの仮面の女は、ゆっくりと喋り始めた。





「・・・・・僕はね。生まれてから、こんなに憎しみを感じた事はないよ。・・・・・現界では、いや、彼のいる世界や見ている前では絶対にならないと心で誓ったんだ。・・・・・でも・・・・・お前達。・・・・・・・・・・死ねよ。」





女の体が光った。見てられない程の強い光だ。



光がゆっくりと収まると、構成員たちはその光景を見て愕然とした。



目の前には、今まで見た事がない、体長10mもある黄金のドラゴンがいた。






「ん~。なんじゃなんじゃ?」



百人近くは入口に集まっただろうか、その集団に遅れて老人が現れた。



「ゴブ爺。あれは何だ?」



通称、ゴブ爺。最年長の構成員だ。様々な犯罪ギルドを渡り歩き、今年、『スマイルスケルトン』へ経験を買われ、入団した。



ゴブ爺は、そのドラゴンを見て呆気に取られていた。



「なんじゃ?・・・・・黄金の鱗?・・・・・あれは・・・・・天竜?」



「はぁ?天竜?」






天竜。



それは、この世界には存在しないとされている伝説の生き物。そしておとぎ話。



ドラゴンや竜と呼ばれている種の頂点に君臨しているとされていた。



吐くブレスはどんなものも焼ききり、簡単に消滅させると謳われている。





「ハハハ。なんと。この歳で本物に出会うとはの。・・・・・とうとう年貢の納め時という事かのぉ。」



「なっ。何を言って・・・・・」





ゴォッ!!!!!!!





1人の構成員がゴブ爺に何か話そうとした時。



天竜と呼ばれたドラゴンがブレスを吐いた。





ドラゴンが吐いたブレスは、簡単に島の結界を破り、頑丈な入口の門、そしてその後に続く木々が数百メートルは何もかもなくなっていた。





ゴブ爺含む、百人以上いた構成員たちも。










☆☆☆









チャーチは、黄金のドラゴンが暴れている惨状を窓から眺めていた。



・・・・・何だあの怪物は?本当にドラゴンなのか?こんな強い生き物、見た事ねぇぞ。



どうする?この第5支部の島には1万人以上の部下達がいる。全員向かわせれば何とかなるか?



考えていると、ふと後ろから殺気を感じた。



広い部屋を見渡すと、座っていた自分の椅子に、仮面をつけた女が1人座っていた。



髪は白く、両手には美しい剣を持っている。





「・・・・・何者だ?」





その女は答える。





「貴方がここのボスでいいのかしら?」



「ああそうだ。・・・・・しかし、どうやって入った?」





ここは、最上階のチャーチの部屋だ。扉の外には見張りはいるし、沢山の部下達がこの屋敷にはいる。



普通に入れるわけがない。





「外にいた人達?もちろん、全員殺したわよ。」



「!!!・・・・・何だと?」





ありえない。何人いると思っているんだ。しかも、普通に城を守っている兵士達ではない。常に戦闘や殺し合いをしている『スマイルスケルトン』のメンバー達だ。



レベルが違う。



チャーチは腰にある2本の剣を抜いてゆっくりと近づく。



奇しくも座っている女と同じ二刀流だった。





「・・・・・なんて事をしたの?・・・・・彼が何をしたの?・・・・・彼の目、彼の唇、彼の腕、彼の体・・・・・全て私にとって、この世で一番大事なの!!!!!!!!!!!」





仮面の女が金切り声で叫ぶ。





彼?・・・・・何だこいつは?何を言っているんだ?





「はぁ~・・・・・・・・もういい。」





座っていた仮面の女が、言った瞬間に消えた。






えっ?






「あれ。ラフィン。竜になったんだ。」





チャーチが振り向くと、その女は窓から外を眺めていた。一瞬にして移動したのだ。



そして次の瞬間、右手に激しい痛みが走った。





「はっ?はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」



見ると、右手がなかった。





なんだと!!・・・・・いつ切った?





俺は第5支部の頭で幹部だ。



レベルは200位あるし経験もある。それなのに女の動きが見えなかった。



特殊な技を使ったのか?・・・・・それともレベルの差が違いすぎるのか。・・・・・そんなのありえない!!






「痛い?でも、そんな痛み。たいした事ないでしょ。」



「ふっ。ふざけんな!!」



チャーチはもう片方の剣を、鋭い速さでその女に切り込んだ。





ザシュ!





瞬間。





もう片方の腕も剣を持ったまま飛んだ。





「がっ!がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



言葉にならない声が響き渡った。





その女はゆっくりと、両腕を切り落とされたチャーチの元へと近づき叫ぶ。





「・・・・・腕2本位でなにを騒いでいるの?・・・・・・・・彼の様に・・・・・・・・あの爆破を2回生身で耐えてみなさい!!!!!!!!」



「まっ、待て!ここにある宝ならなんでもあげよう。だっ、だから助けてくれ。」






何だ?何があったんだ?何でこうなった?何で失敗した?この俺が。・・・・・この俺がこんなところで!!!






「・・・・・うるさい。」






チャーチが思った時は、首が飛んでいた。






すると、女の腕輪が震えた。



「・・・・・わかった。こちらは終わったわ。すぐに行く。」





転がる生首を見るその仮面の女の目は、氷の様に冷たかった。










☆☆☆










白雪は途中、入口付近にいた人間に戻ったラフィンと合流して空を飛んでいた。






・・・・・。






飛びながら二人とも黙っていた。



気持ちが全然晴れない。



モヤモヤとした暗い気持ちしかなかった。



少し島から離れた所まで行くと、上空にキリアが黒い翼を広げて浮かんでいた。





キリアが話す。



「・・・・・どう?・・・・・あそこのボスは?」



白雪は仮面を取りながら言う。



「ええ。殺したわ。」



「・・・・・そう。・・・・・後、ラフィン。・・・・・引き付けて時間を稼いでくれて・・・・・ありがとう。」



キリアは仮面を外したラフィンに言うと片手を上にあげた。



「・・・・・準備は終わった・・・・・レイをいじめた者ども・・・・・絶対に許せない・・・・・全部・・・・・全部消えてしまえ。」









キリアは片手を振り下ろしながら一言唱えた。










「黒い雨。」









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