第60話 殺し屋

「フフフ~ンっと。」




その男は、鼻歌をしながら地面に手を触れていた。


そこは広い草原で、周りには木々が立ち並び、近くに小川が流れている。とても緑豊かな場所だった。




すると、男の後ろに音もなく一人の女性が現れた。




「・・・・・ジョアン様。周りには誰一人いませんでした。」


その女が言う。



「そうですか。ありがとうございます。ミューズ。」



「しかし、ジョアン様がわざわざなさらなくても・・・・・。」



そのミューズという女性は不満な顔で話しかける。



「フフフフフ。まぁまぁ。たまたまこの地にいたんですから、協力しようじゃないですか。」



「はぁ。」






この男の名は、ジョアン=キング。



世界一の殺し屋と謳われている男だ。



依頼料はもの凄い額だが、一度狙われたらまず助からないと言われている。



いつもは助手2人を連れて世界各地を自由気ままに渡り歩いている。そして、もう一つの肩書があった。



「でも、アイリ=レンベルの暗殺って、あのチャーチ。簡単に丸投げしてくれましたね。」



「フフフ。そうですねぇ。」






今、アイリ=レンベルは学園都市『カラリナ』にいる。



前に一度、別案件で行ったことがあったが、世界一安全な場所というだけあって、まず中に入っての暗殺はジョアンでも不可能だった。



そしてこの間の『天武祭』も警備がとてもあつく、リスクが高かった。



「しかし、ジョアン様。どうするのですか?」



「ミューズ。いつも貴方に教えているでしょう。暗殺で一番重要な事はなんですか?」



「・・・・・リスクでしょうか。」



「ええ。そうですよ。」



この世界一の殺し屋は、その実力もさることながら、絶対にリスクを負うような事はしなかった。



綿密な計算。綿密な計画。少しでも自分に危害が及ぶ確率があれば、絶対に実行には移さない。



彼が実行に移す時は無傷で99%成功する時。



それは美徳であってポリシーだった。



もちろん実力がないわけではない。彼の強さなら、あのエリアス=ノートと戦う事もできるだろう。同じ土俵に上がることはないが。






彼はしばらく地面に手を触れていたが、ゆっくりと立ち上がる。



「なぜ私がここに居ると思いますか?」



「えっ?・・・・・分かりません。」



「学生達は年に一度だけ、あの『カラリナ』から外へ出る時があるのを知っていますか?」



ミューズはハッとした顔でジョアンの顔を見て言う。



「・・・・・野外講習ですね。」



「フフフ。あたりです。」






・・・・・たまたま南の国でバカンスをしていたのですけどねぇ。いい仕事が舞い込んだ事です。あのチャーチ達ではこの依頼は難しいでしょう。・・・・・北の大国『ギリア』にいる将軍エッジ。・・・・・前の作戦に失敗した弟の不始末をやってあげるのも兄のつとめでしょうからね。






「さぁ。もう準備は終わりました。もう一人の助手も仕事を終えて戻ってくる頃でしょうから帰りましょうか。」



ジョアンは助手のミューズを引き連れて宿へと戻って行った。






ジョアン=キング。



世界一の殺し屋。そしてもう一つの肩書は、3人しかいない『スマイルスケルトン』最高幹部の一人、【闇夜のスケルトン】その人だった。










☆☆☆










今は午後の休み時間。



暖かい日差しの中、僕は緑豊かな庭園で正座をしていた。



その前に二人が仁王立ちしている。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!レイ君?どういうことなのかなぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


へーリックが真っ赤な顔して言う。



「うぉいうぉいうぉいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!レイ君??どういうことなのかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうぇい!!」


サイクスがめちゃめちゃ顔を近づけて言う。



「レイくぅぅぅぅぅん?分かってんのかぁぁぁぁぁぁ?あのランキングトップ10の内の4人にプレゼントを貰ったんだぞ!!!今、お前は学園中で話題の的だぞ!!!」



「・・・・・えっ。そうなんですか?」



へーリックが続ける。



「そうなんですかじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!先に贈り物をあげた方は求婚を申し込んでいるというサインなんだよぉぉぉぉぉ!・・・・・し・か・も!それを受け取って同じように贈り物をあげるのは同意したという事なのぉぉぉぉぉぉ!」




はぁ?




「いやいやいやいや。ちょっと待ってください。僕はいつもお世話になっているからあげたのであって・・・・・。多分あげたあの子達も同じじゃないかなぁ~。」



「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?何を言っちゃてるのかなチミは!!!そう思ってたとしても周りはそうは思ってないの!!!」




・・・・・まじか。




「はぁぁぁぁ。しかも、あの皇女アイリ様まで・・・・・。何でお前なんだ!!!この、ふ・つ・う・顔がなんでそんなにモテるんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!・・・・・何かもってんのかぁぁぁぁぁぁ???」




へーリックとサイクスが僕の顔をぐりぐりしている。




「・・・・・分かりません。・・・・・なんか、ほんと。すみません。」



「お前なぁぁぁぁぁぁぁ!!!これであの4人を娶ったら全世界から恨まれるぞ!!!」



「へっ?いやいやいやいや。ないですよ。ないない。ハハハ。」




「ちょっと!ヒッキ!!何か言ってくれ!!」



へーリックが隣でぼ~と空を眺めているヒッキに声をかける。



「んんんんんん~~~?レイ君?まぁ~いいんじゃぁぁぁぁぁないかな?ハンサムより普通の方が飽きないって言うしのぉぉぉぉぉぉぉ。」



完全に上の空でヒッキは言う。



「なっ!!!何を言っているのかね。ヒッキ君!どうした???いつもの覇気は!!!いつもなら一番に言うだろ!!!」



へーリックがくってかかる。



「ハハハ。まぁまぁ。君達も大人になりたまえ。」



喋りながらヒッキは、正座をしている僕の肩を叩き、一言。








「ねぇぇぇぇぇぇ。お・に・い・さ・ん♪」








「その言い方は、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」






僕は心の底から叫んだ。





ヒッキが妹のカザミにプレゼントを渡したら、何とカザミは受け取ったのだ。



ビックリして尋ねると、



「お兄ちゃんの友達だもん。絶対にいい人でしょ。でも、まだヒッキさんの事そんなに知らないので、まずはお友達から初めて、お互いに納得したら・・・・でどうでしょうか!」



「はっ!はぃぃぃぃぃぃぃぃ。よっよろしくお願いしますぅぅぅぅぅぅぅぅ!」



「はい。よろしくお願いします。」






・・・・・前のお兄ちゃんは私の為に、働いてばかりで恋人なんかつくってられなかった。そんな兄を見ていたからこそ自分だけ彼氏をつくるのなんて考えられなかった。でも、今なら私達も一歩踏み出していいよね。お兄ちゃんが前向きになれるように先に私が動こうと思ったんだ。・・・・・






はぁ~。そんな感じで、付き合い始めた2人。カザミは分かっているのだろうか。



この世界は、付き合う=結婚という事に。



オッケーをだした次点でフィアンセになっているという事に。



しかし、カザミが決めた事だ。



相手が何も知らない男なら文句の一つも出るのだが、友達の一人とはね。



兄として、あたたかく見守りましょう。・・・・・まぁ~何かあったら、ヒッキは地獄に落とすけどね!!!






そんな学生達の長い一日。『女神の祝福デー』は終わった。










☆☆☆










「お~!空気もいいし!広いなぁ~!!」




数日後、僕達は学園都市『カラリナ』から東に数キロ離れた所に来ていた。



そこは広い草原で、周りには木々が立ち並び、近くに小川が流れている。とても緑豊かな美しい場所だった。



年に一度の恒例行事の一つ、『野外講習』だ。




1年は初心者なので、1年だけのグループ。2年・3年のグループ。4年・5年のグループに分けて、学園都市の周りのさまざまな場所に行って、集団で学ぶ。



野外というだけあって、自給自足しながら、二泊三日、過ごすという内容だ。



その為、少しは危険が伴うので、皆、腰には学園から支給された剣を携えている。ごく普通の剣だ。そして、武器や危険なアイテム以外はこの3日間のみ携帯を許された。



食事も何もかもその場で調達をしなくてはならない。



まぁ~簡単に言うとミニサバイバルみたいなものだな。



キャンプみたいで結構面白そうだ。色々と勉強にもなるだろう。



そして僕は3年生なので、2年・3年のグループにいた。



そこから更に細かくグループ分けされる。



それでも200人程はいるだろうか。



友達だと、ヒッキが一緒になった。へーリックとサイクスはまた違うグループで違う場所でやっているみたいだ。



あと、運のいい事に、2年生のアイリと白雪、そしてラフィンも一緒のグループになった。



時間があったら一緒に話ぐらい出来るといいな。






200人程の生徒の前で先生が話す。



「皆さん~。いいですかぁ~!ここで三日間、ここにいる全員で過ごしてもらいます!テントは支給しますが、他は全て自給自足です!みんなで考えて生活をしてください!・・・・・以上!」



先生は言うと、どこかへと行ってしまった。



皆ざわついている。



へぇ~。あとは全て生徒任せか。結構スパルタだなぁ。とりあえず、仕切るリーダーがいない場合は細かくグループを組むしかなさそうだな。



僕はあまり目立ちたくないので大人しくしていると、聞きなれた声が響き渡った。



「皆さん!私はアイリ=レンベルと言います。せっかく皆さんで集まってますから、皆さん全員で役割を決めて過ごすというのはどうでしょうか。」



「さんせ~!」



「アイリ様に従います~!」




ワーワー!!




さすが、一国の皇女様。ここにいる200人をうまくまとめている。やっぱり国を治めている皇族や王族はすごいなぁ。



感心していると、自然と皆の役割が決まっていった。



僕とヒッキは食料班の中の【狩り】グループになった。動物を狩ってこいって事だね。






うん。なんか面白くなってきたな。






「それじゃ~ヒッキ。早速狩りにでも行って・・・・・。」






ん??






隣にいるヒッキに話しかけながら、この広い草原とその周りの木々を見渡すと、その少し先に高い丘があった。



その頂上付近に人影が4つある。



なんだ?人か?



でも、流石にここからだと小さい人影くらいしか分からない。



ん~。一応『天眼』を使ってみるか。






スキル『天眼』。


これは相手のレベルが見れるだけじゃなかったのだ。使っている最中は、意識を向ければ遠い所でも良く見る事ができるし、ダンジョンとかで隠された扉やトラップなども見破る事が出来る優れたスキルだった。






・・・・・天眼を使ってみた。






「・・・・・なっ!?」


思わず声が出てしまった。




「ん?レイどうしたんだよ?」


ヒッキが不思議そうな顔で言う。






・・・・・スキル『天眼』を使って見ると、はっきりと見えた。男が3人と女が1人、丘の上で何やら話している。



それはいいとして、僕はそのまま今いるこの広い草原を見て愕然とした。



何とこの広い草原の地面の所々に、大きな魔法陣が浮かんでいたのだ。






なんだ?これは??



スキルを解除すると何も見えなくなる。



もう一度発動させて、丘の上の人達を見ると、ふと1人の男が片方の腕を前に出して、指を鳴らそうとしている。






・・・・・ザワッ。






悪寒が走る。






これは・・・・・ヤバい!!!!!






僕の仲間とアイリは確か【身代わりの指輪】を付けているはず!・・・・・ならば助けるのは・・・・・










☆☆☆










「フフフ~ン。」



ジョアンは鼻歌をしながら丘の上で佇んでいる。



丘の下を見ると、学園都市『カラリナ』の生徒達が大勢いた。






「さすがジョアン様。狙い通りでしたね。」


助手の一人、クリストが言う。



「フフフ。クリスト。君がよく下調べしてくれたおかげですよ。」



「いえ。私は言われた事をしたまでです。」



そこの場所には狙い通り、アイリ=レンベルがいた。



もちろん偶然ではない。



この場所に、アイリがいるグループが野外講習をすると事前に知っていたのだ。



するともう一人の助手が音もなく現れた。



「・・・・ジョアン様。下の学生以外は周りに不審な人物はいませんでした。」



「そうですか。ミューズ。分かりました。・・・・・フフフ。これで舞台は整いましたね。完璧です。」






すると、もう一人少し離れた所にいる男が声をかける。



「殺し屋さんよぉ~さっさとやろうぜ。俺はそれを見に来たんだからなぁ。」



そのふてぶてしい男は、チャーチの部下だった。



ちゃんと仕事をこなすのか、見に来たのだろう。



「・・・・貴様。ジョアン様に何て口を・・・・。黙ってろ。殺すぞ。」


クリストがもの凄い殺気を放つ。



「ヒッ!」



チャーチの部下もそこそこ実力がある男だが、クリストに比べると劣っているのが分かる。



その男は黙って後ろに下がった。



「まったく。ジョアン様が何者なのか分かっているのか。」



クリストがため息をつく。



ジョアンが世界一の殺し屋で、『スマイルスケルトン』最高幹部の一人というのは、ごく少数の幹部しか知らない事だった。



所属する者達は、ジョアン達の事を組織のお抱えの殺し屋くらいしか見ていない。



だからこそ、たまにこういう風に舐めた事を言う輩が出てくるのが、クリストは我慢ならなかった。



「まぁまぁ。クリスト。彼は監視役として来ているのでしょう。気がはやるのもしょうがないですよ。」



「しかし・・・・・。」



クリストはまだ不満顔だ。



「ところで、ギリア国の第2王子はいないという事でいいですか?」



「はい。ロマン=ガーイッシュは5年生でこのグループには入っておりません。」



「そうですか。依頼主の国の王子を巻き込むわけにはいきませんからねぇ。」




ニヤリと笑う。




「フフフ・・・・・さぁ!楽しいショーの始まりです!特等席で見る景色はとても格別ですよ。」



そう言いながらジョアンは前に出て、右手を前に出し指を鳴らした。








パチン!










☆☆☆










・・・・・ならば助けるのは・・・・・








「ヒッキ!!!」



「へっ?わっ!」






僕は隣にいるヒッキにすぐに覆いかぶさりながら、ルネ師匠との修行で学んだ、ダメージを出来るだけ抑える事が出来る【防御波動】を展開した。














ドンッ!!!!!!!!!!!!!














もの凄い爆発と衝撃が響き渡った。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る