第27話 奇跡の薬


皇妃の部屋の前に来ると、沢山の人がバタバタと行きかっていた。



その中の一人が気づきこちらに近づいて来る。眼鏡をかけ、白衣をまとった優しそうな人だ。



「私は筆頭医師のクレントと申します。皇妃は今、大変苦しんでおられます。お会いするのは暫く経ってからお願いしたいのですが・・・・・。」



アイリが言う。



「クレント。少しの間だけ、全員外に出て。皇帝陛下から許可をもらってます。」


「・・・・・そうですか。でも早めに用事を済ませて下さい。本当に今は危険な状態なのです。」


「分かったわ。レイ。あなた一人で?」


「ああ。ちょっと待っててくれ。」


僕は一人、皇妃の部屋へと入っていく。その後姿を心配そうな顔でアイリとエリアスは見送っている。



☆☆☆



中に入ると、広い部屋の奥に大きな天幕付きのベットがある。


そこには、目は生気を感じず、顔は真っ青で、体はやせ細り、苦しそうに息を吐きながら横になっている一人の女性がいた。


皇妃シャーリー=レンベルだ。



「貴方様は?」



僕が近づくと、シャーリーが弱々しく、でもしっかりと話しかける。


「僕は、レイ=フォックスといいます。」


「ああ!貴方がレイね。娘からよく聞いてます。そして、娘と息子の命の恩人ということも。この度は本当にありがとう。本当でしたら、ゆっくりとお話を伺いたいのですが、こんな寝ながらで・・・・・ゴホッ。ごめんなさいね。」


「いえ。無理をなさらないでください。シャーリー様が少しでも良くなればと薬をもってきました。飲んでいただけますか?」



僕は真っ黒い液体の入った瓶を1本取り出した。



「わざわざありがとうございます。ただ、もう物を持つ力がないの。申し訳ないのですが、起こして飲ませてもらってもいいかしら?」


シャーリーの体の下に手をやり、ゆっくりと上半身を起こす。そして片腕で、その薬の蓋をあけて口にはこんだ。


「ゆっくりと飲んでください。」


シャーリーは黒い液体をゆっくりと飲んだ。



飲むと何か黒い蒸気の様な物が体から出ていく。そして、シャーリーの真っ青な顔に赤みが帯びる。生気を感じなかった目が大きく見開いた。



「どうですか?」



僕は心配そうな顔で聞いた。



「ずっとあった息苦さがないわ。そして体の痛みも・・・・・消えたわ。何も!何も苦しくない!」



シャーリーは興奮しながら乗り出して僕の両肩をしっかりと掴む。


「そうですか。良かった。良かった。」


僕は笑顔で答える。



すると、



「グゥ~。」



シャーリーのお腹が鳴った。



二人は顔を見合わせると笑った。



「アッハハハハ!お腹は正直ね!」



ベットの横にあるリンゴを僕は一口大に剥いてシャーリーに渡した。



「あまり食べられなかったでしょうから、ゆっくりと食べてくださいね。」



「ありがとう。」



シャリッ。



シャーリーはゆっくりとリンゴを食べる。



「ああ。美味しい!体にいきわたるわ。こんなにリンゴが美味しいと思ったのは初めてよ。」



僕は皇妃が食べているのを笑顔で眺めていると、部屋の扉が開いた。顔を出したのはアイリだった。



「・・・・・お母様?」



僕たちを見ると、目を見開き、信じられないような顔で近づいてくる。



「えっ?お母様?お体は?」


「あらアイリ。部屋に入る時はちゃんとノックをしないといけませんと言いましたよね。」


シャーリーは笑顔でリンゴを食べながら答える。


「お母様!!!」


アイリは、泣きながら母に抱きつく。


「良かった!ほんとうに良かった!」




扉が開いてたので声が届いたのか、外からクレントさんやエリアスさん、他の医師、女中達が入ってくる。





そこからは大騒ぎだった。


皇妃の病が治ったのだ。


いろいろな人が行きかっていた。


あまりの喧騒だったので、僕は部屋をでて、謁見の間へと戻って行った。


その途中に離れた所から皇帝がすごい顔をして皇妃の部屋へと向かって行くのがみえた。



戻ると、そこには白雪以外ほとんど居なかった。



「ただいま。」


「レイ。何をしたの?ここに居る人達、皇妃が治ったって大騒ぎして出ていったわ。」


「ハハハ。そうか。それじゃ~僕たちはもうお役御免だね。外に出て観光でもしよう。」



せっかく来たんだ。冒険者は入国禁止の国。どうせもうこの国には来れないから出来るだけ見ておきたい。


白雪の手を引いて、僕たちは城を後にした。





城は本当に広く、出てからも城門まで歩くとすごい時間がかかった。どんだけ広いんだよ。見ると魔法陣が付いた小さい乗り物に乗っている人もいた。


なるほど、それを使って移動するんだね。広いもんなぁ~。


城門まで来ると、兵士に止められる。



「中の者もちゃんと許可書がないと出られません。許可書は?」



あら。そんなのが必要だったのね。参ったな。



「その者はいい。お通ししろ。」



声の方を振り向くと、ティンクさんが居た。


「ハッ!」


兵士達は道をあける。


「もう謁見は終わったのですか?」


「う~ん。終わったというか。ちょっと立て込んでるみたいなので、僕たちは少し町を見てまわろうかと思いまして。」


「そうだったんですか。ただ、あなた達は来賓の方です。いつルーンへお送りするのかも、こちらで話をしますので、それまではこの宿で泊まるようにしてください。」


ティンクさんは宿の印がされている地図をくれた。


「ありがとうございます。それでは行ってきますね。」


「はい。楽しんできてください。」


僕たちは手を振ってティンクさんと別れた。





☆☆☆





城内はすごい事になっていた。


死を待つしかない大病を患わっていた皇妃が治ったのだ。


しかも、青年が持ってきた薬を飲んだだけで。




大騒ぎだった。




医師達も驚き、武官や文官達、城内にいるすべての人達が大慌てだった。


シャーリーは部屋に入ってくる皇帝ガイルズを見かけた。アイリ、クリスを抱きしめながら話す。



「あなた。ただいま。」



ガイルズはシャーリーのベットまで来ると息子、娘を下がらせ、やさしく抱きしめた。



「ああ。おかえり。」


ガイルズの瞳に涙がこぼれた。




しばらく経ち、シャーリーはお腹が空いてるからと、料理人に作らせ食事している。


落ち着きを取り戻し、謁見の間に皆が戻ると、皇帝が言う。



「レイ殿はどうした?」


「ハッ。我々が居ない間に、外を観光してくると城下町へ出ていったと報告がありました。」


「!!。お前たちは何を考えているのだ!命の恩人をほったらかしにするなど、言語道断!すぐに探し出すのだ!」


「ヒッ。はっはい!」


もの凄い剣幕で皇帝が怒鳴る。ここまで怒る皇帝は今まで誰も見たことがなかった。


武官や文官達が慌てて謁見の間から出ていく。



「何をやっているのだ。ほんとに・・・・・。」



そこへエリアスがやってきて、皇帝へ進言をする。



「ガイルズ陛下。レイ殿は私の副官が見かけたと聞きました。泊まり先は指定してあるそうですので、レイ殿達も旅で疲れてるでしょうから謁見は少し後でもよろしいのでは。シャーリー様も改めて体力を戻してから、ちゃんとお礼を申したいと仰っておられました。」



「ふむ。そうか・・・・・。分かった。ではその旨を皆へ伝えよ。」



「ハッ。」


エリアスが去っていき、ガイルズは一人呟く。



「シャーリー。クリス。アイリ・・・・・。本当に良かった。我が家族を救った御仁には相当に報いれねばな。」





その顔は、一国の皇帝ではなく、一人の父親の顔だった。












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